「また君?」
「それはこっちのセリフよ!」

 暗殺現場で鉢合わせたのは、長い髪を靡かせた男だ。眉一つ動かさない、能面のような顔をした奴。
 今年に入ってから十件中十件、コイツと遭遇している。それはつまり、十件中十件、私の依頼失敗を意味する。

「なんでいっつも依頼主が違うのに対象が同じなわけ?
 あんた私のストーカーでしょ!」
「自意識過剰もほどほどにしたら?金持ちにとって、暗殺したいと思うライバルが被ることなんてよくあることだよ。
 そんなことも知らないの?」

 すでに事切れた暗殺対象から奴はお得意の針を引き抜くと、その先に滴る血を払うように大きく振り抜いた。ビュッと飛び散った血液が私の靴にへばりつく。これは今朝新調したばかりだ、クソッタレ。

 この男はあの名家ゾルディックの長男、イルミ=ゾルディック。由緒ある家の名に恥じぬことない実力をもって、依頼をこなし、ついでとばかりに私の評価を落としていく。
 対して私は、新参者の暗殺者。名を上げるためになりふり構わず仕事を請け負っている。しかし、コイツのせいで私の名は別の意味で名を上げ始めていた。「名前という暗殺者は使えない」と。なんと不名誉な!

「次があれば確実に私が先に殺るわ!」
「どうぞお好きに。出来るものならね」

 このままでは廃業必至。
 私はなんとしてでもこの低評価を覆し、この男に一矢報いなければならない。



「まさか君が相手?」
「こっちのセリフよ!」

 私の金切り声にギョッと目を剥く通行人どもを睨み付けた。苛立ちに任せて足踏みをすれば、わざと尖らせたヒールの音が響く。武器を隠すために丁寧にセットしたこの重たい頭を掻きむしりたい衝動を必死で抑えた。

 依頼主が告げたのは、「午後6時に時計台の下へ」。余裕を持って行動した私がそこにたどり着いたのは午後5時45分ーー現れたのは、私が一矢報いたい相手。
 なんでコイツと、と奥歯を噛みしめる。依頼内容をもっと吟味すべきだった、と私は数日前の依頼主とのやりとりを思い返していた。

ーー暗殺していただきたいのは、こちらの方です。
 す、と差し出された写真の中でふくよかな男が笑う。この暗殺対象は、今じゃメディアに引っ張りだこの知らない人はいないほどの人物だった。私が過去請け負った依頼の中でも最上級にあたるビッグネームだ。思わず心が踊った。

ーーなるべく大勢の前で殺していただきたいのです。
 殺し方の注文をされるのはそう珍しいことではない。これを、と差し出された招待状に目を通す。"新製品お披露目パーティー"と題されている。つまりは、注目の集まるお披露目の瞬間に殺せということだろう。

ーー相手役はこちらで見繕いましたので。
 今宵開かれるパーティーに招かれるのは招待された者のみ。そして、招待客は皆、"お相手"を連れてくるのがマナー。
 別段相手役を聞くことはなかった。他の暗殺者など、普段はライバル関係なのだ。今までもこういった依頼は何度かあったが、その場だけのペアとして割り切って行動すればいいだけだった。それに、ある程度相手に合わせられる自信も実力もある、とたかをくくっていた。

ーー名前さんは、相手役として側にいていただけるだけで結構ですから。
 そう言って、私の手から招待状はスルリと抜き取られた。相手役とやらに渡しておく、とのことらしい。
 まるで「お前は添え物だ」と言わんばかりの依頼主の言動に眉をひそめた。
 その時は、私よりも"できる"奴が相手役なのか、と一瞬この男が頭を掠めたが、まさかそんなわけあるまいとその考えを振り払ったのだ。
 どちらにせよ、私が暗殺し、名を上げてみせる。この私を"添え物"扱いした目の前の依頼主に実力を見せつけてやる。そう思っていたのに。

ーー最悪なことに、そのまさかだったわけだ。

「参ったな。こんなことなら執事の一人でも引っ張ってこればよかった」

 いつもの妙ちくりんな格好を脱ぎ捨てスーツを着こなした男は、全くもって「参った」だなんて思ってもないような涼しい顔をして、自身の連絡ツールをいじりだした。その様子を観察している私などいないもののように、それを耳に当て話し始める。

「今すぐ女を一人呼んでくれない?アマネ?ダメ、若すぎる。恋人役なんだから、オレの隣に立っても遜色ない奴にして」

 どうやらこの男、私の代わりを呼んでいるようだ。それは私に対して"添え物としての役割すら果たさない"と言われていることと同義で、思わず眉間にシワが寄った。「オレの隣に立っても遜色ない奴」だって?ドレスを着込んだ妙齢の女性を前にして言うことがそれか。馬鹿にしている。
 そっちがその気ならこっちだって、と私も負けじと電話をかけることにした。

「久しぶり、名前よ。急に悪いけど、今すぐ来れない?……えっ!もう別の国にいるですって?……わかったわ、残念ね」

 次から次へとアドレス帳を広げては電話をかけるも、所詮ライバル関係にある暗殺者。ほとんどの電話は繋がらなかった。連絡のついた者すら、今すぐこの場に来れるものはいないという。
 諦めにも似た気持ちで男を見る。

「今すぐ市内の時計台。6時から受付だから。間に合わない?……そう、わかった。こっちでなんとかする」

 どうやら向こうも同じ状況のようだ。二人して時計台を見上げる。時計の針は、もうすぐ6の数字を刺そうとしていた。
 無表情だからといって、無感情というわけではないらしい。男はめんどくさそうにため息を吐いた。考えることは同じなようだ。私は私で、気合いを入れるために息を吸い込んだ。

「一言言わせてもらうわ。私、ただの付添人で留まるつもりはないわよ」
「そう。オレの足引っ張ったら殺すから。好きにすれば?」
「はあ?こっちのセリフだっての!」

 動きにくいことこの上ないドレスを翻し、男の腕に手を回した。六時の鐘が響き渡る。この瞬間から私たちは"恋人同士"だ。



 次から次へと話しかけてくる招待客たちに当たり障りない笑みを浮かべて相づちを打つ。

「あらやだ、ご存知なくって?」
「ええ、あまりその筋には詳しくなくって」
「まあ、十になる私の娘でも知ってましてよ」

 やあねえ、と嘲笑う貴婦人の横に立った娘とやらが、母と同じ笑みを浮かべる。
 親が親なら子も子だ。女というのは、金を持っていようが若かろうが常にマウンティングをして生きている。もっと心に余裕を持てばいいのに。つまりは、クソッタレってことだ。
 箸にも棒にもかからない話に私一人でお愛想するのも、そろそろ限界だった。それもこれも、私がしな垂れている男が愛想のかけらもないからだ。「では、失礼しますわ」会話が途切れたのをいいことに男の腕を引いて、その場を離れた。
 使いすぎて疲れた頬をマッサージしながら、この疲れを思い遣りもしない男を睨みつける。嫌味の一つでも言わなければ気が済まない。

「もう少し場に馴染もうとしたらどうなの?」
「さっきの会話が仕事をこなす上で関係あるとは思えないけど」
「うまく周りに溶け込まないと、怪しまれるでしょ!」

 男はふーん、と興味なさげに相づちを打ち、ウェイターからワインを受け取った。私にも同じものを手渡そうとしたウェイターに、「結構よ」と首を振る。彼はスマイルを崩さずに一礼をして去っていった。
 私たちのすぐそこには和洋折衷問わず揃えられた美味しそうな料理の数々が並んでいる。目の毒だ。そっと視線をそらす。
 本当のところ、喉は乾いているし、お腹も空いている。だからと言って我慢出来ないほど私の胃は聞かん坊じゃない。
 しかし、横を見れば、嗜むというよりも喉の渇きを潤すように豪快に飲む男。

「……仕事前にアルコール摂取するなんて舐めてるの?」
「アルコールなんか効くような柔な身体してないから」

 そう言って男は料理の並んだテーブルへ足を運ぶと、空いたグラスと引き換えに皿に乗ったチキンを持って戻ってきた。
 メインであるチキンの横には、申し訳なさそうに添えられているパセリ。その鮮やかな緑のお陰で、皿はより華やかに、チキンの照りはより艶やかに彩られる。男はそんなパセリを指で端に弾いて、チキンにかじりつく。
 美味しそう、とつい出てしまいそうな台詞を唾を飲んで抑え込む。

「こっ、心構えの話よ!」
「二人して飲まず食わずでこんなとこにいるほうが不自然だと思わない?」
「それは……!そうだけど……」

 男の指摘は、意外にもその通りだった。正論で返されては何も言い返せず、思わず口をつぐんだ。私と違い、男は遠慮なしにチキンを食していく。

「そっちこそ、さっきのおばさんのこと適当にあしらってたよね」
「当たり前じゃない!あんな嫌味ったらしいババアの話なんてまともに聞いてられますか!」

 思い出すだけでも腹が立つ。あれは親子揃って人を馬鹿にすることに長けている笑みだ。自分の力でなく、金持ちの旦那がいてこその地位のくせに。
 毒を吐く私を尻目に、男は綺麗に食べきったチキンの骨をプラプラと揺らすと、ある一点を指した。その先を思わず目で追う。そして男はとんでもないことを言ってのけた。

「あの人、ターゲットの妹」
「え?」
「操作するなら絶好のタイミングだったのにね」

 君、操作系でしょ。しれっと私の能力を言い当てる男に、言い返す余裕はなかった。お披露目のために壇上へと上がったターゲットの隣に、さっきの親子が並んでいたのだ。

「……なっ!なんで早く言わないの!」
「そもそも"殺し"はオレの依頼だからね。そっちはただの付添人。自分の手柄にしたいなら頭を使いなよ。それとも、商売敵の手助けが必要?」
「はあ?誰があんたの手を借りるかっての!」

 ようやく文句を言えるくらい余裕が出てきたが、私にはなす術がない。依頼された暗殺のタイミングであるお披露目の瞬間は、もう始まろうとしているのに。ちくしょう。どうする。
 思考を巡らせる間にも、徐々に照明が落とされていく。壇上の大きなモニターが、そこに立つターゲットを映した。「皆様、本日はお忙しいなかお集まりいただきありがとうございます」そこかしこにあるスピーカーから、進行をはじめるターゲットの声が響く。この地位までのし上がったその話術が繰り広げられると、場内は笑い声と拍手で包まれる。
 悔しいことに、男の言う通り私は操作系だ。対象に接触して必要な条件を満たさなければ発動しない。だからといって近づいたところで、条件を満たせるとは思えない。
 いっそ壇上に駆け上がって私自らターゲットに手を下すか?いや、そんな無様な暗殺、暗殺者としての名が廃る。
 だめだ、何も出来ない。詰みだ。

「……あんたはどうするの」

 余裕こいて私に指摘するわりには、男は動こうとしない。既に能力を発動しているのかと思ったが、ターゲットの隣に立つおばさんがモニターにチラチラと映っているところを凝で見ても、怪しいところは何もない。

「かのゾルディック家とあろう人が、まさか失敗かしら?」

 もしやこいつも下手打ったな、と自分のことを棚に上げて鼻で笑ってやった。こうやって相手を下げる以外自分の気持ちをなだめる方法を思いつかなかったのだ。
 しかし、男はいつものしらっとした目で私を見下ろすと、私に皿を押し付けた。パセリの緑が目につく。男はお得意の針を指先で捏ねるようにくるりと回した。

「特別サービスで教えてあげる。オレも操作系なんだよね」
「え?」
「とっくに刺し終わってるってこと」
「どういう……」

 その瞬間、「キャアア!」とおばさんが叫ぶ声がスピーカーを通して場内に響き渡った。何事かとすぐさま舞台へと視線を戻すと、そこにはターゲットに抱きつく娘がいた。
 モニターに大きく映し出されたターゲットの顔は青く、唇が震えていてーー娘の手から、血に塗れたナイフが落ちていく。

「まさか……!」

 凝をすれば、娘の後頭部からオーラが放っていた。男が持っていたものと同じ針が刺さっていたのだ。

ーーいつも持っている針は物理攻撃用ではなく、操作系特有のアンテナだったのか!

 今更気づいてももう遅い。
 パーティーの主役が新製品のお披露目の瞬間に刺された。それも、幼い姪っ子に。巨大なモニターとマイクによってその一部始終を会場にいる全ての人が目撃している。あまりにもセンセーショナルな出来事に会場は騒然となった。
 全て依頼通り。男は依頼を忠実にこなしたのだ。

「残念だったね。オレの勝ち」

 男はパニックに陥った場内に背を向けて歩き出す。騒ぎに乗じて消えるつもりだ。

「ま、待ちなさい!」
「一緒に帰る気なんてないよ」
「そう言うつもりで言ってるんじゃないわよ!」
「面倒くさいね、君。なに?」

 武器を詰めた重たい頭も、歩きにくいヒールも、私の能力も。何にも役に立たなかった。悔しいが、今夜は完敗だ。

「次こそ!次こそは私が勝つから!」

 キョトンとした男はーー相変わらず表情に変化はないので私の主観だけれどーー、笑うこともせずに私の台詞を払うかのようにひらりと手を振った。

「どうぞお好きに。負ける気はしないけどね」

 長い髪を靡かせて、男は再び背を向けた。慌てる様子も見せずゆっくりとこの場から離れていく男の背中をぎっと睨みつけた。
 さあ出口だ、というところまで来て、男はなにか思い出したように振り向いた。「そうそう」間抜けな拍子でぽん、と軽く手を打つ。

「君、"添え物"としては役に立ったよ。ご苦労さま」

 "暗殺者"の私が今一番言われたくない台詞をいけしゃあしゃあと述べると、男は今度こそこの場を後にした。
 蓋を開けてみれば、依頼主の注文通りの結果となった。暗殺はあの男が行った、一番注目を集める瞬間に。そして私は"暗殺者"としてではなく、"添え物"として役に立った。役に立ってしまった。
 残されたのは、ターゲットの死体、混乱する会場、行き場のない怒りを抱えた私と、居心地悪そうに端に追いやられているパセリ。
 その瑞々しい緑はまるで自分を見ているようで、潰すように摘んでやった。そのまま口に放り込む。

「おえ、まっず……」

 青臭い苦味をかき消すために、そのあたりに置いてあったビールを流し込んだ。アルコール摂取がうんぬん?今更そんなの知るか!

「イルミ=ゾルディックめ。次こそは一矢報いてやる……!」

 今度は私が奴の裏をかいてやる。そして、あの殺風景な顔をひどく歪めてやるのだ。


2018.3.24


  back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -