「今日はおつかれさま!さあさあ、売れ残った商品持って帰って!」
「わーい!ありがとうございます!」

 出勤を終えた私に労いの言葉をかけると、店長はコロッケにハンバーグ、チキンナゲットに白身魚のフライと惣菜をいっぱい詰めたパックを店のビニール袋に入れて私に手渡した。ズッシリとした幸せな重みを感じながら、私は帰りの挨拶を済ませ、帰路につく。

 今日はどれを食べようか。少しずつ全部つまもうかな。毎食一つずつ食べてもいいし、チーズを買ってきてチーズコロッケやチーズハンバーグにしても美味しそう。

 献立を考えながら、鼻歌交じりに歩く。いつものように大通りから、アパートへと続く路地を曲がろうとしたが、足を止める。もう少し先へ行ったところに重厚感のある大きな建物の存在に気づいた。目を細めて掲げられた看板に目を通す。歴史を感じさせる石版には、『市立図書館』と彫られていた。

「図書館なんてあったんだ‥‥‥」

 引っ越してきてからは、アパート周辺とスーパーくらいしか歩いてなかったから、こんな近くに図書館があったなんて知らなかった。腕時計を確認すればまだ閉館時間にはなっていない。特に読書家というわけではないけれど、探検気分で行ってみるのもいいかもしれない。

 入り口には『近隣三市の中で一番大きな図書館です』と印刷されたパンフレットが何枚も置かれていた。その言葉通り、中は広く、三階まであるらしい。図書館なんか久しぶりだ。すうっと息を吸うと、埃臭い古書の匂いがした。

 図書館の中は当たり前だが静観としている。パラパラと本をめくる音や、極力小さく司書に話しかける声と本を整理する音が聞こえるくらいで、外のざわめきなど知らないような空間だった。

 なんとなしにハードカバーのミステリー小説に手をかける。どんな内容だろう、面白ければ借りてみようかな。気になって中をパラパラとめくれば、ある登場人物の名前にマーカーが引かれてあり、そこから線を引っ張って「犯人!」と汚い字で書かれていた。

「へえ、ローレンスが犯人なのね……」

 ネタバレを知ってしまったミステリーほど読み応えがないものはない。もう借りる気力が無くなってそっと本棚に戻す。

 二階に上がり、カテゴリーを確認する。『歴史』『民族』『宗教』‥うーん、興味はそそらない。子供向けの本が置かれている『絵本』『児童』とプレートの掲げられた三階の方が面白そうだ。そう思って階段を登り始めた時、見知った顔が階下の机に座っていることに気づいた。

「……お隣さん、だ」

 窓際から離れた奥の机の上で、沢山の本を山積みにしながら、彼は広げたノートの上に突っ伏していた。傾いてきた夕陽が直に当たっているのに、眩しそうにもせずにその金髪を輝かせている。

 彼のことはあまり知らないが、図書館で寝るなんてキャラじゃないはずだ。

 どんな寝顔をしているんだろう。ふと興味が湧いた。怖いもの見たさで、そっと近づいてみる。相変わらず痩せ細った腕を枕にして、横に向けている顔を覗く。

「あ……」

 ーー泣いている。

 前髪の隙間から見える眉根はギュッと寄せられ、何かに耐えるように固く閉じられた瞼の端には涙の跡があった。
 
 見てはいけないものを見てしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。興味本位で覗き見したことを後悔した。
 居心地の悪さを誤魔化そうと、さっと逸らした視線は山になった本たちへ向かった。

 『なぜクルタ族は狙われたのか』、『流星街の成り立ちから今に至るまで』、『消えた緋の目とその行方について』、『流星街の手口〜流星街出身の悪党偏〜』……山になった本のタイトルのごく一部だ。他にも各地様々な新聞が置かれていて、そのどれもが同じニュースのページで開かれている。

「『クルタ族虐殺!死体に目無し』……」

 限られた文字数で表現された大見出しを小さな声で読み上げる。半年ほど前に起きた悲惨な事件だ。世界七大秘宝とされるお宝を奪うため、極悪非道の限りを尽くして殺された民族。いまだ犯人は見つかっていない。事件からしばらくは、連日どのテレビ局も躍起になってとりあげていた。

 この事件の詳細を読んで泣いた?あまりにも酷すぎて?
 それとも別の理由?

 泣いている理由を詮索しようとする下世話な思考を頭を振って遠ざける。それはあまりにも失礼だ。
 棒立ちになっていた体をどうにか動かした。彼が起きる前に早くこの場を去って、何も無かったふりをしなければ。だって私たちはただの管理人とその住人で深い事情を知り合う仲ではないのだから。
 帰ろう、そう決めて階段へ歩き始める、そのとき。

「ーーーー」

 思わず聞こえた弱々しい声にパッと振り返る。彼が何か呟いた。けれど、私の知ってる言語ではないようで聞き取れなかった。
 起こしてしまったかも、と内心ヒヤヒヤしながらそろりと確認に向かったが、杞憂に終わった。相変わらず瞳は固く閉じられている。その顔をじっと見つめる。

 陽の光は彼を照らして、金色の髪は透けるみたいにキラキラ輝く。
 肉付きを感じさせない体、悲壮な顔、消え入りそうな声。肌は白いを通り越して青白い。
 それらの要素が彼をこの世のものでない神秘的な何かに思わせて、同時に死を身近に感じた。

 この子、このまま死ぬんじゃないか。

 なぜそんな風に思ったのかはわからない。だけどあながち間違いでない気がした。
 私が動くとビニール袋が揺れてカサカサと音がなり、今更ながら惣菜の存在に気づく。

 手入れの行き届いてない金髪頭の横にそうろりと惣菜の袋を置いた。ノートとペンを拝借して矢印を引っ張って「お裾分けです」と書く。

「誰からかわからない食べ物なんて、怪しすぎるかな‥‥‥」

 ストーカー被害ぽいのにあってるもんなあ、と一見"普通"を服に来た105号室の彼女が思い浮かんだ。ちょっと悩んだ末、「管理人より」と後ろに付け足した。


2017.7.4


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