「あんたバカなの?」
「はあ?オメーの方がバカだろ!」

 ホテルのフロントにて、私たちは揉めていた。争点は、キルアの持つ札束だ。

 私たちのーー正確にはキルアの現在の所持金は136,010ジェニー。
 当初の札束は、キルアが散財した後のものだったようで、封はとっくに切られ百枚どころか二十枚もなかった。そこから、ジュース代と私の着替え、その他日用品、もう一つおまけにさっきスーパーでキルアが大量に買い込んだお菓子代をしょっぴいたのが現在額だ。
 前提として、私たち二人は、この金額でこれからの家出生活をやりくりしていかなければならない。

「普通に考えて、同部屋でしょ」
「はあ?普通に一人一部屋だろ!」

 シングルルーム素泊まりコース、5,500ジェニー。つまり、部屋を二つ借りるだけでも11,000ジェニー。
 対して、ツインルーム素泊まりコース、6,000ジェニー。二つを比べると、5,000ジェニーも"浮く"のだ。

 私たちには、毎日の食費、移動代、諸々の出費がかかる。追っ手がくることを考えると、逃走費やダミーのホテル代もかかってきそうだ。
 私の考えでは出来る限り節約するに限る。少なくとも、ハンター試験までは。
 しかし、キルアは何が何でも一人部屋を主張する。

「お客様、そろそろ決めて頂けませんと、他のお客様がお待ちですので……」

 後ろに列を背負った私たちに、ニッコリと笑みを作る受付のお姉さんは青筋を立てている。それを見て、私は一つの提案をした。

「ここは、ジャンケンしかないでしょ」

 はてさて、どちらの主張が通るのでしょうか。



「マジでありえねー」

 頭を抱えるキルアを横目に、私は指先で鍵をくるりと一周させた。勝者の余裕ってやつだ。
 靴箱の上に鍵を置き、照明のスイッチを入れる。パッと明るくなる部屋に並ぶのは大きなベッドが一つーーそう、ここはツインではなくダブルルームなのだ。

「いつまでもグダグダうっさいなー。キルアの負けなんだから仕方ないじゃん」

 キルアは負けたのだ。文句を言う権利はない。

 ジャンケンで勝敗が決まったのはいいものの、受付のお姉さんは、「現在、ツインルームは満室でして……」というさっきまでとは打って変わって、申し訳なさそうな顔を作った。ほらな、とどこか安堵したように、「じゃあシングルで」と言おうとしたキルアを遮り、お姉さんは続けた。「同額のダブルルームなら空いております」さっと見せられたルーム料金表に付け加えられた、「お二人の体格ならば、十分広々とお休み頂けるかと」の一言に私は即決で、「じゃあそっちで」と宿泊名簿にサインした。もちろん、名前は偽名だ。

「早く来なよ」
「マジでこれはないだろ。ありえねー」

 未だ廊下にいたキルアは、ブツブツと文句を零しながら重い足取りで室内に入ってきた。私は広いベッドの上に買ったばかりの服や日用品を放り投げ、荷ほどきを始める。
 タグを噛み切り、値札シールを剥がし、包装ビニールを破り、着々と新品を我が物にする行程を辿る私とは対照的に、キルアはお菓子の袋を四袋も提げたまま靴箱辺りに突っ立っていた。

「つーか名前は本当にこれでいいのかよ?」

 その表情は、納得がいかない、と書かれている。スーパーでお菓子を買い込むときは、あれほどはしゃいでいたくせに。私は呆れてため息をついた。

「別に。昔よくお泊まりしたし、そんな感じじゃん?」
「全然ちげーだろ……」
「一緒だよ。お泊まり会の延長戦」
「違うっつってんだろ」
「もー、キルアしつこい」
「……もういい。お前と喋るのめんどくせー」

 受付から続く私との言い争いに疲れたのか、諦めたように首を振ったキルアは肩を落として歩くと、クローゼットを通り過ぎ、化粧台に袋を置いた。ドサ、と重そうな音がして、中からいくつかお菓子が零れ落ちたが、拾う気はなさそうだ。
 この争いに多少なりとも私もイライラしていたので、足元まで転がってきたチョコレートを拾ったついでに食べた。甘さが身に染みる。毒が入っていない市販のお菓子は本当に美味しい。

「ねえ、シャワーどうする?」
「先行けば」
「そ、わかった」

 空気を和らげるために振った会話の糸口も、キルアは素っ気なく返した。つい、私も同じように返してしまい、空気は和らぐどころか更に硬化してしまった。だからってこの空気は私だけのせいじゃない。

 買ったばかりの下着を引っ掴んだ。そういえば、この下着を買うとき、キルアはどこかへ行っていたな。そんなことを思い出した。
 そうだ、奴は思春期なのだ。そして、私も。
 結局チョコレート如きではイライラは治らなかった。

「そこ、どいて」

 キルアは化粧台の横に置かれたクローゼットの前に立っていた。クローゼットの中にはタオルと寝間着が置かれている、とお姉さんから説明されていたのだ。
 キルアは何も言わずにクローゼットの前から窓際まで移動した。私の持った下着に一瞬視線を寄越した後、気付かれないように視線をズラして。残念ながら、私にはその視線の動きがバレているぞ。馬鹿キルア。

 新品のようにきっちりと並べられたタオルと寝間着を一組取って、少し悩んでからもう一組取ってベッドの上に投げた。私なりの歩み寄りだ。それにどんな答えが返ってくるかわからないけれど、私はそのままシャワー室へ向かった。

 シャワーを浴びながら思ったのは、疲れたなあ、ということ。そして、今日二度目のお風呂だな、という今更なことだった。汚れたので仕方ないか、とシャンプーを髪の毛で泡立てる。
 それから思うのは、キルアの態度だ。なんとなく、そう、なんとなく向こうの言いたいことはわかる。だからといって、私からそのサインを拾ってあげるなんて優しいことはしたくない。だって奴は思春期なのだ。そして、私も。

 色々浮かんでくる考えを落とすように洗い流してる最中、「あーもう!くそ!」と唸るように呟く声が聞こえた。どんなに小さくても、シャワーの最中でも。薄いこの壁越しの、更に鍛えた私の耳にはちゃんと聞こえているんだよ、馬鹿キルア。

「ガキ」

 それはきっと、どちらにも当てはまる言葉。


 濡れた髪をタオルで乾かしながらシャワー室内を出た私が目にした光景は、ベッドに広げられた沢山のお菓子の山だった。広げた本人は、点々と散りばめられたお菓子のパッケージの隙間を縫うように横になって、テレビを見ている。
 私が風呂から上がったのにとっくに気付いていたクセに、今気付いたとばかりにこちらに顔を寄越して、「ん」とお菓子の箱ーーまたチョコロボくんだーーを私に見せつけた。その顔は、ちょっと気まずそうだ。

「今から食べるの?」
「わりーかよ」

 キルアは拗ねたように唇を突き出して、「じゃあオレだけで食べる」とチョコロボくんを掲げていたその手を引っ込めた。
 私はチョコロボくんがそんなに好きじゃないし、夜遅くにお菓子だって食べたくない。ついでに言えば、シャワーのついでに歯も磨いた。
 断る理由は一通り揃っている。でも、と足元を見渡す。ベッドの上にはあれだけお菓子の山が出来上がっているのに、さっき床に転げていたお菓子はもう無い。きっとあの山の一つとなるよう、キルアが拾ったのだ。
 これがキルアの出した答え。そして、向こうからの歩み寄りを無下にするのはどうかと思えるほどに、私は人間が出来ている。といえば自意識過剰かもしれないけど、その通りなのだから仕方ない。

「いる!食べる!」
「な、急にでけー声出すなよ!ビビっただろ!」
「うるさいなあ、そっちも声でかいよ」

 そう言ってる間にキルアの手から取り上げたチョコロボくんを、私はやっぱり全部食べ尽くした。唖然とするキルアの顔を見て、ニタリと笑う。

「ゴチ」
「あーもう!また!ほんっとお前マジで意味わかんねー!」

 いつもの調子を取り戻したキルアはそう言って怒るけれど、これは最後の一つでなくて、山になったチョコロボくんのうちの一つなのだから、本当は全然怒ってないことくらい私はわかっている。

 「うるせー」と文句を言われながらも、化粧台に備え付けられたドライヤーで髪を乾かしつつ、二人でテレビを観る。もう深夜になろうとしていた。ニュースを終えて、次のバラエティのコマーシャルが始まる。

「あ、やべー次のやつ面白いやつだ」
「今のうちにシャワー浴びてきなよ」
「そーする」

 キルアは、私が投げ置いたタオルと寝間着を持ってシャワーへ向かった。いつのまにかキルアが詰めていたリンゴジュースを冷蔵庫から取り出して、まだ冷え切っていないそれで喉を潤す。毒の入っていないジュースも、やっぱり美味しい。
 すぐにお風呂から出てきたキルアは駆け足で、「始まった?」とポタポタと水を垂らした髪を乱暴に拭いていた。よっぽど急いでいたのだろう、寝間着のボタンも掛け違えている。歩くたびに濡れる床を見て、やっぱりガキだな、と思った。

 結局その日は二人で夜通しお菓子を食べては深夜番組を観るという、当初私が言った"昔よくしたお泊まり大会"と同じメニューをこなした。

「わたし……そろそろ、限界……」
「ん……おれも……」

 朝日が眩しいころ、私たちは互いに目を擦りながら大きなあくびを漏らした。徹夜の訓練はしているが、訓練でもなんでもない我慢の必要がない日は、普通に眠くなるものなのだ。
 私たちはのっそりと亀のように動いて、歯を磨いたあと、またのっそりと動いて、ベッドにダイブした。二人分の重みで軋んだ音を立てるベッドに、眠いはずの二人で顔を見合わせて笑う。

「すげー揺れた」
「安物だね、これ」

 私の家のベッドは上質。ゾルディック家のベッドは更に特上。対してここのホテルのベッドは、私たちの体重で飛び込んでも、沈まずに反発するほど硬い。比べるまでもないことなのに、なぜかツボにはまってひとしきり大笑いした後、二人していつのまにか眠っていた。
 起きたてに互いの顔を見る気まずさなんて知らずに。

 やっぱり、私たちはまだまだガキで、そして思春期なのである。


2017.01.08

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