「直接交渉しかないだろうな」

 それは、「どうすれば市長から緋の眼を手に入れられるのかな」という私の問いに対したクラピカの答えだった。

 昨日の出来事はまるで映画のワンシーンのようだった。
 「ひょんな事で知り合った同じアパートに住む"何でも屋"の紹介で街中に隠れた"情報屋"に訪れた主人公たち。彼らは自分たちの住む街の市長が"猟奇殺人鬼"だと知ってしまいーー」、あらすじだとこんな感じになるだろうか。
 これがレンタルビデオなら、ピックアップされる事なくB級サスペンスゾーンへと並べられているだろうが、生憎これは現実である。私たちの住む街の市長は、身寄りの無い少女達の目を奪う殺人鬼なのだ。

 危険極まりない人物との接触を方法の一つに挙げたクラピカに、私は疑問を隠せなかった。

「直接って、どうやって?」
「ある程度考えはある」
「考えって?」

 湧き出る疑問をぶつければ、クラピカは、「教えるつもりはない」と冷たい返事を寄越した。

「ええ!なんでよー!」
「逆に聞くが、なぜ教えなければならない?」

 なぜ、なぜって。なぜだ。
 上手い返しが思いつかなくて、私は口ごもる。

 別に面白半分に首を突っ込んでいるつもりではない。ただ、昨日のクラピカはいつもの冷静さを欠いていたように見えた。情報屋の男に女の子扱いされても黙って受け入れていたし、折角汗水垂らして稼いだ金をポンポン出した。使いどきだから、とは言っていたけれど、最後に男に渡した金額は多すぎたし、投げやりだったように思う。
 そしてなにより、一族を殺した犯人を知った時の怒りの表情は、形容しがたいものだった。
 クラピカがおかしな方向へ行かないように、行動を共にしたいと思う。なぜなら「友達だから」という理由で十分じゃないだろうか。

「これは私の問題だ、名前には関係ない」

 なのに、クラピカは私を突き放した。



 その一件以降、102号室の部屋の明かりがついたところを見たことがない。家に帰っていないようだ。
 市長に会いに行ったのだろうか。しかし、そう簡単に会えるとは思えない。万が一にも会えたところで、どうするつもりなのか。自分のコレクションを出会ったばかりの怪しい少年に譲ってくれるとは思えない。

 お互い連絡手段はある。メールや電話で現状を探ることだって出来る。勿論、向こうが返事を寄越すかはわからないが。でも、私はそれをしなかった。クラピカのあんまりな物言いに、私も私で意地になっていたのだ。

「イメルダさん、これどうぞ」
「あら?私に?どうも」

 クラピカにお裾分けをすることが習慣になってしまっていたせいで、多く持ち帰り過ぎてしまった惣菜たち。自分で食べるのも惨めな気がして、105号室のイメルダさん宅へと足を運んだ。
 「喧嘩でもしたの?」イメルダさんはからかうように目を細める。

「別に喧嘩じゃないです。それに、私は悪くないです」
「喧嘩した奴がよく言うセリフだわ」

 イメルダさんは、声を上げて笑った。腹が立って、「返してください」と惣菜の袋を引き上げようとすれば、慌てた様子で謝られた。本当、現金な人だ。

「喧嘩の原因って、あれでしょ。こないだの件」
「まあ、そんなところです」

 私に奪われまいと袋を懐に抱えてから、イメルダさんは「馬鹿ねえ」と呆れたような顔をした。私は益々機嫌を損ねて、口を尖らす。なにが、「馬鹿ねえ」だ。その場にいたわけでもないくせに、なにも知らないくせに。心の中で目の前の彼女の愚痴をこぼす。

「大方、あんたが私も手伝う!とか食い下がって、振られたってとこかしら」

 それなのに、見事言い当てられて私は思わずギョッと目を剥いた。

「え!見てたんですか!」
「あらやだ、当たっちゃった?」
「もう!なんなんですか!」

 悪びれもせず舌を出すイメルダさんに腹が立って、声を荒げた。言い当てられたことが悔しい。
 口をへの字に曲げた私を宥めるように、「まあまあ」と肩をさするイメルダさんの手を払いのければ、思いの外力が入ってしまい、彼女は少し顔を歪めた。いくら腹が立ったからといって、やり過ぎたかもしれない。謝ろうとした私より先に、私が払った手をプラプラと振りながらイメルダさんが口を開く。

「あんたは心配だから、ついて行きたかったんでしょう」

 それは問いかけではなかった。答えの分かりきっていることを確認するようなトーンだ。頷いた私に、「どうしてそう思ったの」とイメルダさんが問う。もうさっきまでの冗談めかした雰囲気とは違う。
 どうしてって、そんなの決まってる。同じ答えをクラピカにも示した。

「友達だから、です」

 私の答えに満足したみたいにイメルダさんはにんまりとした笑みを浮かべる。

「向こうも同じなのよ。友達だから、心配事に巻き込みたくないってこと」

 それくらいわかっていたでしょう、と呆れたとばかりにイメルダさんは息を吐いた。
 イメルダさんの言う通りだ。市長とのやりとりはなにが起こるかわからない。前回のチンピラ風情とはわけが違うことくらい、私にもわかる。危険から遠ざけるために、クラピカは私に冷たく当たったのだ。それくらい、本当はわかっていたのに。
 さっきまで不機嫌をアピールするために結んだ唇を、今度は泣くのを堪えるために更に力を込める。

「わっ、私の心配の方が、大きい、です」
「もー、泣かないでよ。そんなことで張り合わなくてもいいじゃない」
「泣いて、ませんッ!」

 まだまだ子供ねえ、とすべてお見通しとばかりに笑うイメルダさんにはやっぱり少し腹が立つが、その通りだとも思う。
 私はまだまだ子供だ。化粧をして背伸びして、見た目だけは大人に近づいても、心がそれに追い付いていない。

「子供なんだからこそ、駄々こねて突っ走ってもいいんじゃない?」

 クラピカは私を突き放した。だからって、諦めることはない、追いかければいい。
 私の背中を押してエールを送ったイメルダさんは、「管理人代行期間と家賃免除はイコールってことで」と指で丸を作った。「何ですかその手は」と私が問えば、銭マークとのことらしい。本当、ちゃっかりしている。



 バイトの休みを貰い、私は市長の家までやってきていた。何故ならば、クラピカはここにいるからだ。
 クラピカがどこにいるのか、本人に聞くまでもなかった。彼の持つ携帯の契約者は私なわけで、GPSを使えば居所を把握できたのだ。まあ、これはイメルダさんからの入れ知恵なので、その情報提供料として代金はキッチリ請求されたわけだけど。どこまでも金の亡者である。

 そんなわけで市長の家まで来たはいいものの、私の悪癖である"考えなし"でここまで来てしまったため、これからの行動をどうすべきか迷っていた。
 重厚な門構えに、門番、ついでに番犬三匹。市長となんの関わりもない一般市民の私が正面突破するには、些かどころでない問題がある。家の前をうろちょろと徘徊する私を、訝しげに見つめる門番の視線が痛い。番犬は番犬らしくトゲトゲした首輪をはめて、門越しであるというのにいつ飛びかかろうかと、私に向かってその鋭い歯を見せてはキャンキャンと吠えてくる。
 はてさて、どうしたものか。「クラピカって知ってますか?ここにいますか?ついでに緋の眼も探しているんで市長に会いたいです」なんて言えば私はどうなるのやら。勿論、いくら考えなしの私でも、そんなバカなことはしない。

 一旦、家に帰ってイメルダさんに相談した方が良いかもしれない。この際、相談料の名目で請求されるであろう代金には目を瞑ろう。来月のバイトの出勤を増やすことを考えながら、元来た道へと戻ろうとした時、聞きなれない声が私を呼び止めた。

「ちょっと!あんたどこ行ってたのよ!早くこっちに来なさい!」
「へ?私?」

 買い物袋を提げた、私と同じ年ぐらいの女の子。彼女はツカツカとこちらまで歩み寄ってきたかと思えば、目を合わせる間も無く、逃すまいと力強く私の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張って屋敷へと踏み出していく。門番が何か言おうと口を開きかけた時、彼女は、「二人とも買い物からの帰りってことにしなさいよ!チクったらタダじゃおかないんだから!」と力強い口調で押し切り、問答無用で門を開けさせた。何とも気が強い子だ。
 この状況がよく分からないが、どうやら私を屋敷の中に入れてくれるらしい。後ろから侵入者の私に向かって吠える犬を後ろ目に見ながらも、されるがまま付いて行くことにした。

 女の子に腕を引かれるまま歩き続ける中、私にお喋りの権利は与えられなかった。というのも、彼女は私を誰かと勘違いしているらしく、そしてその誰かに対して物凄く怒っているのだ。

「あんたが逃げてから、どうやってあいつにバレないように過ごしていたかわかる?あたしがどんな思いでいたかわかる?
 本当に信じられないわ!逃げ出すなんて!あたしを殺す気なの!」

 最後の方は叫び出すようなヒステリックさだった。腕に込められた力が半端じゃない。その後もしばらく彼女の攻撃もとい口撃が続き、裏庭らしき花畑を通る頃にようやく止まった。
 ふうっと息を吐いた彼女は、花畑に視線を移した。私もつられてそちらへ顔を向ける。何の花かはわからないが、この寒い季節だというのに咲き乱れる花たち。こんなに綺麗だというのに、どこか寂しげに揺れていた。

「あのう」

 私はおずおずとではあるが、彼女に話しかけることにした。彼女の機嫌を伺いつつ、口を開く。

「私、名前っていうんですが……誰かと勘違いしてません?」

 私の声に驚いたように振り返った彼女と、そこで初めて目が合った。まじまじと私を見つめて、「あんた誰よ」と一言。

「だから、私は名前といいまして……」
「名前?は?え?どうしよう……!よ、よく見たら全然顔が違うじゃない!」

 事情を聞いてみると、彼女は孤児院を経て、この屋敷に雇われた掃除婦だそうだ。同じく掃除婦の後輩と共に業務に当たっていたらしい。しかし、その後輩が先日逃げ出したため、探していたという。そして、運悪く門前をうろついていた、背格好が似ている私をその後輩と勘違いして、ここまで連れてきてしまったというわけだ。

 兎にも角にも、彼女の勘違いで私はここにいるというわけだ。

「えーと……じゃあ、私帰りますね」

 いくらクラピカを探すために市長の屋敷に入ろうと思っていたからといって、こんなイレギュラーな事態は歓迎できない。やはり帰ってイメルダさんに相談しよう。
 あの様子を見ていたのだ、彼女の人違いで連れてこられたと言えば、門番も私を不法侵入として捕まえることはないだろう。

「ま、待って!」

 では、と軽く会釈をしてこの場を去ろうとしたとき、彼女はまたしても私の腕を掴んだ。

「さっきまでのことは、謝るわ!ごめんなさい」
「いえ、私もなかなか言い出せなかったので……。あ、あの、手、離してもらえませんか……?」

 早く家へ戻って次の作戦を練りたいのに、彼女が帰らせてくれない。掴まれた腕を軽く引いても、その手は私をぎゅっと掴んで離さない。その力とは裏腹に、彼女の顔は恐怖に慄くように強張っている。さっきまでの威勢はどこへ行ったのか。
 彼女は今一度、花畑へ視線をやり、そして、「あなたにしか頼めないお願いがあるの」と懇願するように私を見た。

「このままだと、あたしが殺されてしまうわ!」

 みるみる青ざめていく彼女の言葉を理解するのには時間を要した。そして、「殺される」という直接的すぎる言葉に対してじわじわと湧き上がる恐怖に、とんでもないことに巻き込まれたぞ、と私も同じく青ざめていくのであった。


2017.11.10

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