管理人となってから二日目、荷解きでクタクタになり泥のように寝ていた体を朝六時半から起こしてくれたのはおばあちゃんからの電話だった。年寄りは朝が早いとはいっても、電話するには流石に早すぎやしないか。
 「引っ越しは落ち着いた?」から始まったおばあちゃんの電話は、会話が進むにつれ私の機嫌を損ねていった。

「クラピカくんは元気だったかい?」
「あの子はちゃんとご飯食べてるかしら、心配だわ」
「名前ちゃん仲良くしてやってね」

 とまあ、誰のおばあちゃんじゃい!と言ってやりたい気持ちだ。
 昨日の出来事を思い出すと、更にもやもやする。こっちは至って普通の挨拶をして、その上で気遣ってあげているのにあんな冷たく突き放した言い方しなくてもいいじゃない。

「おばあちゃん、残念だけど私隣のあの子と仲良くできる自信ないよ。というより、向こうもそんな気ないと思う」と言えればいいのだけれど、ここまで彼に入れ込んでいるおばあちゃんにそんなことを言うのは憚れて、適当に受け流した。

「あの子ねえ、出会った時はもっと溌剌としていたんだよ」

 おばあちゃんは、さっきまでの心配そうな声とはまた質の違う低いトーンで話し出した。「あんなことが無ければ、可哀想に」続いた言葉は電話越しでも分かるほど涙ぐんでいた。
 溌剌の二文字はあのジメジメした陰気な彼には似合わない言葉だが、おばあちゃんの言い方からすると、二人の出会いから今に至るまでの間に「あんなこと」という不幸があって性格が変わってしまったようだ。家族がいないことが関係しているのかもしれない。けれどおばあちゃんに「何があったの?」と詮索しても言葉を濁すだけだった。




 おばあちゃんとの電話を終えてから昼過ぎまで眠り続け、部屋を片付けたりして一日を過ごし、夕方には無事に105号室の住人に挨拶をすることが出来た。
 自分の管理している物件に対して言うセリフではないが、「よくこんなところに住んでくれました!」と頭を下げたいくらい普通の女性だった。20代中盤ぐらいだろうか。隣の住人と違い、愛想も良かった。
 この人とだったら仲良くやっていけそうだ。

「あの、102号室の方にも挨拶をされたんですか?」

 粗品ですが、と渡した後に上がった話題はまたもや例の隣の住人だった。ええ、と頷くと「元気でしたか!彼!」と、彼女は食い気味に返してきた。
 鬼気迫る感じがして怖い。

「さ、さあ?そこまでじっくりお話してませんし……」
「そうですか……」

 何故かガックリと肩を落とした彼女は、その後ありきたりな世間話(「角のパン屋さん美味しいですよ」「駅から帰るとき、コンビニ裏は危険だから行かないほうがいいですよ」「近くのスーパーより、八百屋で買ったほうが安いときがあるんですよ」など意外に彼女は情報通だった)をしてお辞儀をしたのち部屋に入っていった。

 「私の時はいくら鳴らしても出てくれなかったのに……」という恨み言のような囁きが聞こえた。もしかして、昨日隣の彼が言っていたイタズラの犯人なのでは?一瞬頭を掠めたその疑惑に寒気がしたので、知らない振りをしておこうと思う。


 前言撤回、やっぱりこのアパートの住人とは仲良くなれる気がしない。


2017.6.25

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