子供には似つかわしく無い鈍く光るナイフを持って、キルアは的に向かって投げた。ドスッと刺さる音がして、見事真ん中に命中。「流石だね」と拍手すれば、キルアは「当たり前だろ」と生意気そうなツリ目を細めた。

 ゾルディックの屋敷にあるキルアの部屋は、おもちゃやゲーム、お菓子に溢れていて随分汚い。私はいつも遊びに来るたびに自分の座るスペースを確保するため、それらを端っこに積み上げなければならない。掃除婦には現状維持を伝えているらしく、物は多いが衛生的ではあるらしい。確かに、古いお菓子の食べカスなんかが落ちていたことは一度も無い。

「オレさー今度家出しようと思ってんだよね」

 キルアは的からナイフを引き抜いて、その手で器用にナイフを回した。本来ならダーツの矢を指すはずの的は、キルアのナイフ投げの練習台となっているためボロボロだ。今度遊びに来た時には、ゴトーさんかカナリアの手によって新調されていることだろう。

「へえー何回目だっけ?それ。結局いっつもイルミさんに連れ戻されてるじゃん」
「今度こそマジだっつーの!」
「へえ、そう」

 その『マジ』な家出、達成できたことないけど。
 私は転がっていたお菓子の山の中でも大量に置いてあるチョコロボくんを手に取り、中身を開けた。一粒口に入れて、甘いチョコレートにコーティングされたクッキー生地を噛み砕く。いつ食べてもソコソコの味で、キルアがどうしてこれに固執するかわからない。

「まあ好きにすればいいけど、絶対に私を巻き込まないでね。あんたんちの折檻とかマジ勘弁だから」
「相変わらず、冷てえ奴」

 キルアは、ちぇっと舌打ちをうった。しかし、私とてゾルディック家の躾と称した拷問を受けるのだけは絶対に嫌なのだ。
 私たちの家同士がそれなりの関係を結んでいようが、次期当主として目を掛けられているキルアを唆して家出したと思われては、手加減なんかしてくれない。現に、初めてキルアが家出した際に、『面白そうだから』と軽い気持ちで一緒に着いて行った時には私まで鞭で打たれた。そういう家だ、ゾルディックは。

 私はゲームの山から適当に引き抜いたカセットをゲーム機に差し込んだ。画面に流れるタイトルは、最近流行っている予約必須のソフトだ。

 つまんなさそうにナイフを的に刺したり抜いたりしているキルアの着ている服は、普段着には勿体無いブランドのもの。

 文字通り山のようにあるお菓子は殆どがチョコロボくんで、キルアのワガママを通すため、近隣の店から買い占められたという。

 果てしなく広いこの屋敷は、いつもキルアが嫌いだ嫌いだと言っているゾルディック家の稼ぎによって建てられ、維持されている。

 家を出るってことは、それらを手放すことなのに、どうしてキルアはそうまでしてこの家を出たいのか。
 変わった家系で、食事は毒入り、日々の生活は暗殺と訓練。それでも豊かな生活が出来るのならば、私はそれらを受け入れられる。

「金さえあれば、この暮らしでずっと生きていけるって?やっぱお前も頭おかしいわ」

 キルアが吐き捨てるように言った台詞は、どこか寂しさを含んでいるようにも聞こえた。だけど私にはその含みをどう解釈すればいいのかわからなかったので、とりあえず手元にあるゲーム機でキャラクターを動かすことだけに集中することにした。

「ちなみに、家出したらどこ行くの?」
「前に兄貴にチクっただろ。ゼッテー教えねー!」

 キルアはさっきの様子とは打って変わって、べえ、と舌を出して、私の肩を叩いた。その拍子に操作を誤りゲームのキャラクターは落とし穴に落ちてしまい、ゲームオーバーとなってしまった。それを上から覗き見て、キルアは「ざまあみろ」と笑う。

「だってイルミさん怖いもん。詰め方半端ないからね、あれで嘘を突き通せたら大したもんだよ」
「バーカ!開き直ってんじゃねーよ!」

 家出の度に、イルミさんは私に聞きに、いや、脅しに来る。自分たちのやり方で探し出す方が早いのでは?という疑問は、「お前に聞いた方が金も時間も体力も使わず済む」との省エネ的な理由らしい。なぜなら、私はゲロるのが早い。イルミさんの姿を見れば、キルアが「絶対内緒だぞ!」と念を押してもすぐにその約束を反故するのである。

「だから、行き先は私に教えちゃダメだよ。チクるからね」

 すぐに約束を破って密告する私が言うのもなんだが、毎回毎回同じことを繰り返しているのに、懲りずに家出の行き先を私に教えるキルアも大概バカなのだ。

「だから教えねーって言ってるだろ」

 口を尖らせてキルアは言うが、きっと出ていく前に私の部屋に訪れて「お前も後から来いよ」と行き先を告げていくのだろうな、と思うと笑えた。


2017.9.4

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