配られたタイムカプセルはカプセルというより缶詰で、近未来な物を想像していたわたしは少しガッカリした。けれども、いざ先生に手紙を入れるように説明されるとそわそわして、周りを見るとみんな同じでお互いに見られないように手紙を折り畳んで入れていた。缶詰に入る大きさなら小物も入れてもいいと前もって言われていたから、用意してきたお気に入りのヘアゴムと家族の写真、ミニシーサーの置物も一緒に入れた。宝箱に宝物を仕舞うみたいでわくわくする。
 これを閉めればもう八年後まで開けれないぞ。どきどきしながら蓋を閉めようとしていたら、ツンツン、と背中を突かれる。宮城くんだ。
 
「名前、これ入れていい?」
 
 宮城くんがこれ、と言ったのは筆箱についた水色のイルカだった。わたしが誕生日にあげたもの。なんでイルカを入れるのだろう。そんなことを思いながらも喜んでいる自分がいる。この作業のことを宝箱に宝物を仕舞うみたいだと、ついさっきそう思ったから。
 わたしは頷いて、少し悩んでからピンクのイルカを筆箱から外した。宮城くんに貰った修学旅行のお土産。わたしにとっての宝物。それを缶詰の中に入れて蓋をした。それを見ていた宮城くんが、あ、と珍しく腑抜けた声を上げる。
 
「これで寂しくないね」
 
 カラン。ガシャ。カサ。缶詰を振ると色々な音が鳴る。宝物の詰まった音。少しの照れくささと、わずかな自信も詰まってる。得意げになって笑うと、宮城くんは「だな」と水色のイルカを缶詰に入れて蓋を閉めた。
 
「なあ、これ八年後覚えてると思う?」
「どうだろうね?なんで入れたんだろうってなってるかも?」
 
 宮城くんに貰った宝物なのだから、わたしは絶対に覚えているだろうけど。二人で顔を見合わせて笑う。八年後、イルカたちに再会するのが楽しみだ。
 
 
 
 卒業式の練習が始まってから宮城くんは忙しそうだった。卒業生代表に選ばれたのだ。朝早く登校しても勉強なんてそっちのけでゆんたくしてばかりだったわたしたちだけれど、最近は宮城くんの答辞を一緒に考えたりしていた。
 その間にホワイトデーがあった。貰えたらいいな、なんて期待しながら登校すれば、すでに来ていた宮城くんは珍しく照れた様子でわたしに紙袋を渡してきた。中身は包装されていて、何が入っているのかわからない。
 
「悪い、こういうのって何がいいかわかんなかった」
「……なんでも嬉しい、ありがとう」
「……おー」
 
 宮城くんはその日、朝からバレンタインにお菓子をくれた子にお返しを配り歩いていた。「ソータんとこ、お母さんちゃんと用意してくれて偉いよね」と宮城くんにチョコを渡した子が見せてくれたのは小袋に市販のクッキーやマシュマロ、チョコを詰めたものだった。てっきりみんな同じものを貰っていると思っていたのに、紙袋に入ったプレゼントを貰ったのはわたしだけだと気付いて、中休みの間にそっとランドセルの奥に隠した。
 その日、学校から帰ってすぐに紙袋の中からプレゼントを取り出した。包装紙が破れないように丁寧にテープを剥がして、包まれていた箱を開けると、マグカップとマカロンとキーホルダーが入っていた。ゆるく笑うイルカが描かれたマグカップが嬉しくて、持ち上げて何度も角度を変えて眺めた。宝物がまた増えた。
 わたしは早速マグカップを他のカップを押しのけて殿堂入りさせた。マカロンは食べるのがもったいなくて少しずつ食べた。ラインストーンのキラキラがかわいいクマのキーホルダーはイルカが居なくなって寂しくなっていた筆箱につけた。
 その日の夜はなかなか寝付けなかった。嬉しさとときめきで何度も寝返りを打った。みんなとは違うホワイトデーのお返し。悩んで買ってくれたのかなと考えて、渡してくれたときの宮城くんの顔が思い浮かんだ。ときめきが最高潮に達して枕に顔を押し付けて喉の奥で叫んだ。最高のホワイトデーだった。

 そんな日々を繰り返すうちに卒業式の本番がやってきて、わたしは朝から新調した式服を着て鏡の前でにらめっこしていた。本当は袴やかわいいブレザーを着たかったけれど、沖縄の卒業式ではみんな式服らしい。物足りないけれど、仕方ない。
 卒業式と言えば、面白いことに子供は卒業式が終わるまでスーパーで小麦粉が買えない。おつかいを頼まれていてもだめらしい。なんでも、投げる人がいるからだとか。謎だ。
 鏡で髪型を何度も確認する。変なところはなさそうだ。お母さんの化粧ポーチからこっそり取り出した薄いピンク色の口紅をほんの少しだけ塗った。だって今日は特別な日だから。
 お母さんとお父さんに「行ってきます」と声を掛けた。ランドセルを背負うのは今日で最後だと思うと、しんみりとした気持ちになった。
 
「もう行くの?今日はお母さんたちも休みだからゆっくりでいいのに」
「今日で最後だから早く行きたいのっ」
「そう?じゃあまた後でね。行ってらっしゃい」
 
 外は暖かいを通り越して暑いくらいで、ブレザーや袴じゃなくて正解だと思った。強い日差しが眩しい。通い慣れた通学路。田んぼには本州では見たことのない背の高い薄紫色の花が咲いていた。大きく深呼吸する。
 今日、わたしは宮城くんに告白する。
 心臓がどくどくと早まる。緊張で足先がぞわぞわする。けれど、伝えたいと思った。うしろの席じゃなくなっても、宮城くんと胸を張って話したい。隣に立ちたいから。
 
 朝早く着いた教室で一番乗りはわたしで、鍵を開けてくれた教頭先生に「こんな日まで早いとはなー」とびっくりされた。
 窓際の一番うしろの席。それの一つ前に座る。筆箱しか入っていないランドセルを空にさせて、机の上においたまま宮城くんを待った。小学校生活最後の日、宮城くんは絶対早く来る。約束したわけでもないのに、そう確信していた。
 
「はよー。やっぱ名前早いなー」
「へへ、おはよう。最後だし、いつも通りがよくって」
 
 一足先に卒業したランドセルは宮城くんが歩く度にガチャガチャと音を鳴らす。
 
「答辞、覚えられた?」
「おー昨日の夜死ぬ気でがんばったんど。先生直前で変えるとか鬼だろ」
「最後だから色々盛りたくなったんだろうね」
「だからよー。こっちのこと考えて欲しいよなー」
 
 いつも通りの会話。けれどこの席で、同じクラスで、小学校でこのいつも通りができるのは今日で最後。同じ中学校に通うわたしたちだけれど、今よりもクラス数の多い中学校でまた同じクラスになれるかはわからない。それに、今みたいな関係でいられるかも。
 
「あ、あのさ、宮城くんっ」
 
 今日、わたしは告白をする。そのために約束を取り付けなければ、と意気込んで宮城くんに声をかけると、「んー?」と答辞を読み込んでいた宮城くんが顔をあげる。気持ちが焦ったあまり、邪魔をしてしまった。ついさっき、昨日必死で覚えたって言っていたのに。 
 
「や、やっぱりなんでもない……」
「なんだそれー」

 卒業式のあと、また教室に戻ってアルバムを配られる時間があるからそのときに少しだけ残ってもらえるようにお願いしよう。 
 ああ、でも。宮城くんに気持ちを伝えたい子はきっとたくさんいるだろうな。そう思うと、せっかく振り絞ったなけなしの勇気がしぼんでいく。
 前に向き直して、まだ机に出しっぱなしのランドセルに頭を乗せた。なんだか急に切なくなって、涙が出そうになって唇を噛む。せっかく塗った口紅が滲んでしまうのに。中学生になるのはとても嬉しくて、わくわくするのに。それなのに、卒業したくない。宮城くんとずっとこのままがいい。
 
「名前」
「……なあにぃ」
「泣くの早いんどー」
「泣いてないもん……」
「なあ、もっかいこっち向いて」
「……やだ。今、ムリ」 
 
 後ろから笑い声がする。わたしが泣いているのをわかっているくせに、なんで笑うの。宮城くんのいじわる。
 
「名前ー」  

 いじわる、いじわる!宮城くんのいじわる。宮城くんの間延びした穏やかな声で名前を呼ばれるとわたしはつい返事をしたくなる。だって好きだから。

「……なんですかぁ」

 悔しいから、渋々、仕方なく、そんな演技をして返事をする。泣きそうな顔は見られたくないから振り返らずに。
 
「オレが好きなひといるって言ったの覚えてる?」

 ランドセルに顔を埋めたまま、くぐもった声で「うん」と返事をした。
 好きなひとの好きなひとのこと。覚えていないわけがない。けれど、今その話をするのはどうしてなの。

「卒業式終わったらさ、だれか教えるから。待ってて」
  
 涙がびっくりするくらいの速さで引っ込んだ。代わりに心臓がばくばくと音を立てる。宮城くんから見えている背中の部分から飛び出してくるかもしれない。それくらい、わたしの心臓は暴れていた。
 結局、みんなが登校してくるまでわたしはランドセルから顔を上げられなかった。ランドセルをロッカーに片付けたあとも、友達が話しかけてきてくれる間も、宮城くんと交わした約束が頭の中をぐるぐる回る。
 宮城くん、さっきの、どういうことですか。
 こっそり振り返って、たくさんの友だちに囲まれる宮城くんを盗み見る。卒業式まであと一時間もない中、みんな妙なテンションでおしゃべりに夢中だ。だからわたしの視線なんかだれも気付かない。宮城くん以外は。目が合った宮城くんは軽く眉を上げて、ふっと唇の端を持ち上げた。心臓がまた暴れ出して、わたしはすぐに前に向き直した。
 
 始まってしまうと、卒業式は順調に進んでいった。校長先生からの挨拶では涙が出そうになったけれど、来賓者からの祝辞はよく知らない人たちだったから涙が引っ込んだ。卒業証書の授与では階段でつまずきそうで一瞬ヒヤッとして、ギリギリのところで踏ん張って無事に受け取ることができた。五年生からの送る言葉では感動して、込み上げるものがあった。
 
「続きまして、卒業生からの答辞。卒業生代表、宮城ソータ」
 
 司会進行の教頭先生に呼ばれ、宮城くんは大きな声で返事をして一番うしろから壇上に向かって歩き出した。堂々とした足取りで階段を登る。演台に立ってお辞儀をした宮城くんは不安なんてひとつもないような顔をしていて、わたしのほうが緊張していた。宮城くん、がんばれ。そんな気持ちで見つめていると、宮城くんと目が合ったような気がした。勘違いかもしれない。きっと家族を見つけたんだ。そう思ったけれど、宮城くんは教室でしたみたいにふっと笑うと、答辞用紙を広げた。
 
「今日はわたしたちのために素晴らしい卒業式を開いていただき、ありがとうございます」
 
 宮城くんの答辞は完璧だった。昨日必死で覚え直したとは思えないほど自信を持ってすらすらと読み上げていた。一緒に考えたし、何度も練習に付き合った。だから内容はよくわかっていたし、次に何を話すかも頭に入っている。なのに、六年間の思い出について話しているとき、わたしは泣いてしまった。
 わたしが沖縄に来てからまだ一年も経っていない。この小学校で過ごしたのはたった十ヶ月。それなのに、たくさんの思い出がある。
 不安でいっぱいだった転校初日。周りの言葉や距離感にカルチャーショックを受けたこともあった。ないちゃーとして扱われることに戸惑っていたわたしをいつも宮城くんが助けてくれた。大嫌いなゴーヤの入った給食だって食べてくれた。夏休みには宮城くんの誕生日に勉強したし、お祭りにも行った。運動会ではリレーでこけて泣いてしまって、けれどみんなが、宮城くんが挽回してくれた。修学旅行では二人で水族館を回った。どれも色濃くて、褪せない日々。その全てに宮城くんがいて、わたしを照らしてくれた。
 
「この六年間支えて下さった皆様、本当にありがとうございました。卒業生代表、宮城ソータ」
 
 体育館が拍手に包まれる。わたしもボロボロ泣きながら手のひらが痛くなるくらい手を叩いた。その後の歌は泣きすぎて、せっかく練習したのにしゃっくりみたいな声しか出なかった。
 卒業式を終え、花道を通って運動場に出るとお母さんとお父さんがおめでとうと言って小さな花束をくれた。嬉しさと気恥ずかしさで照れ笑いをしていると、「名前、うしろ」とお父さんが言う。振り返るとアンナちゃんとリョータくんがいた。
 
「名前ちゃん、おめでとぉ〜!」
「わっ!ありがとぉ」

 アンナちゃんは言うが早いか、わたしに抱きついてきた。いつもよりおしゃれをしているのか可愛く編み込まれた髪の毛を撫でていると、リョータくんがそばで両手を後ろで組んでいた。
 
「……しゃがんで」
「え?」 
「いいから早く」
「こ、こう?」
「頭も」
 
 言われるがまま軽く膝を曲げて頭を下げた。すると、リョータくんはガサガサと音を立つ何かをわたしの首にかけた。
 
「……これって」
 
 かけられた物を見ると、お菓子が連なっている。お菓子のレイだ。卒業シーズンに入ってからスーパーで売りだすようになっているから存在は知っていた。けれど、その文化に馴染みのない自分が貰える立場になるなんて思ってもみなかった。
 
「あんた、こっちの知り合い少ないだろーし。アンナがあげたいって言うから」
「これね、アンナが選んだんだよっ!」
「ありがとう……!嬉しい。大事に食べるね」
 
 リョータくんは「ん」とぶっきらぼうに唇を尖らせた。けれど、わたしはそれが照れからきている表情だとわかるくらいにはリョータくんと仲良しなつもりだ。
 
「……卒業、おめでと」
 
 そっぽを向きながらそんな可愛いことを言ってくれる。嬉しくってにこにこせずにいられなかった。わたしは「ありがとう」を言い過ぎて最終的にリョータくんに「言い過ぎやし。聞き飽きたー」と呆れられてしまった。
 

 
 さっきまで運動場で家族や友達、下級生たちに卒業を祝われていたのに、また教室に戻るのは変な感じだった。先生からアルバムが配られ、なんだかしみじみとした雰囲気だったのに、先生は「みんなおつかれさん。中学行っても楽しめよ!以上。元気でな〜」とわりとあっさり別れの挨拶を済ませた。あまりのあっさり具合に「先生冷たくない?」とクラスの子が抗議すると、「お前らどうせひっちー遊びに来るだろう」と返されそれもそうだと納得してしまった。そして、先生は寄せ書きをしたい人もいるだろうから、と「しばらくの間教室開けておくからな」とクラスをあとにした。
 
「名前、書いてー」
「うん。わたしのもお願い〜」
 
 クラスではほとんどの子が残っていて、お互いに寄せ書きし合った。友達と式の最中の話をしたときに、「名前号泣だったねー」と言われて恥ずかしかった。
 途中、宮城くんが他のクラスの子から呼び出されていた。周りの男子が口笛を吹いたり、からかっていて、わたしは心臓に嫌な汗をかいていた。だって絶対告白だ。宮城くんがオッケーしたらどうしようと不安になった。
 
「あんたは告んないの」
「えっ……!や、あの……する、つもり……だけど」
 
 するつもりだなんて朝の勢いはどうしたと言いたいくらい、わたしの勇気は欠けてきていた。みんなの前で呼び出す度胸がわたしにはない。待っててって言われたのに、期待している自分がいるのも確かなのに、自信がない。
 
「へえ、意外。やるじゃん」
 
 彼女はそう言って笑うと、わたしのアルバムに「がんばれ!」と書き加えた。
 
「……けど、まだみんないるから」
 
 十二時近くになると、中学でもよろしくね、とかそんなことを言い合ってひとり、またひとり帰っていく。それでもまだ残っているひとはいて、このままだとそのうち先生が鍵を締めに来るだろうからみんなで帰る流れになりそうだった。そうしたら、家の方向が違う宮城くんと二人になれるチャンスがない。
 ため息をついていると、「ならみんなに帰ってもらばいいんじゃない?」と彼女はなんてことない調子で言う。そんな簡単に言われても、と苦笑いを浮かべたわたしから「書けた?」と自分のアルバムを受け取ると、彼女はそれを仕舞ってランドセルを背負うと立ち上がった。
 
「ねー最後だし職員室に挨拶行かないー?」
「お、それ名案だな!」
「さんせーい!」
 
 彼女の提案にみんな乗り気になって、片付け始めた。彼女は「あたし天才じゃない?」と得意顔だ。わたしのために宮城くんと二人になれるチャンスを作ってくれたんだ!その優しさに感動したのもつかの間だった。みんなと一緒に行こうとしないわたしが「名前行かんのー?」と聞かれてどう答えようかまごまごしていると、教室を出ようとしていた彼女はみんなに聞こえるように言ったのだ。
 
「名前はソータに話あるんだってー」

 えー!とみんなが声を揃えるなか、わたしもえー!と心のなかで叫んだ。なんで言うの!って。
 真っ赤になったわたしにみんなが「名前、ソータのこと好きなの!?」「告るってことか!?」「え、ソータ今告られてんじゃないの!?」「連れ戻す?」「結果聞きたいやし!昼飯食ったらみんなでもう一回集まらん?」なんて口々に言い出して、わたしは消えたくなった。
 みんなは宮城くんが戻ってくると急に静かになった。ニヤニヤと笑ってわたしと宮城くんを見比べたあと、わたしに向かって小声で「ちばりよー!」「ファイト〜」と言ってガッツポーズをしてきた。それから、「じゃあソータ、また話聞かせて」「オレらもう帰るから。またな」と教室を出ていったのに、「どうなると思う!?」「盗み聞きする!?」と廊下ではしゃぐ声が聞こえてきて、わたしは恥ずかしくて宮城くんの顔が見れなかった。
 
「なんだーあいつら?」
「知らない……」
 
 恥ずかしくてアルバムを盾にして顔を隠した。せっかく二人にしてくれたけれど、こんなやり方はあんまりだ。
 ふーん、とあまり興味なさそうに相槌を打った宮城くんは自分の席に座る。後ろから聞こえてくる椅子を引く音。そんな些細なことですら、わたしにとっては大きな思い出になるのだろうなと思う。
 
「あ、あのさ……」
「ん?」

 振り返って声をかけたものの、何から話せばいいのだろうとアルバムで半分隠したまま考える。告白なんて初めてで、どう切り出せばいいのかわからない。そもそも、宮城くんに好きなひとを教えると言われて待っていたわけで、わたしが告白をするための時間ではないのだけど。

「えっと……あの……あのね……と、答辞!良かった。感動した」
「だろー?上から名前の泣き顔見えてたー」
「えっ……うそ!忘れて……」
「絶対忘れん〜」
「なんでよ、もうっ」
 
 あの号泣顔を見られていたなんて。わたしは恥ずかしくて仕方ないのに、宮城くんは眉を上げて笑う。意地悪だ。
 
「と、ところでさー、宮城くん……」
 
 話を変えよう。告白の方向へ持っていこう。でも、どうしたら?緊張で心臓が痛い。
 
「ん〜?」 
「……さ、さっき、告られたの?」
 
 わたしは緊張でおかしくなっていた。気にはなっていたけれど、いくらなんでもそれは聞いちゃだめなことだろうとわかっていたのに口から出てきた。宮城くんは驚いていて、「普通それ聞くかー?」とちょっと困ったように笑っていた。
 
「違う違う!ごめん、違うの、聞きたいことそれじゃなくて、えっと……ごめん……」
「いいけど。名前しにあふぁってんな」
「……うん。あふぁってる……」
 
 正直、今宮城くんと二人で何を話せばいいのか、どうするのが正解なのか何もわからない。いつもの会話ってどんなのだっけ。さっきまでみんなとはどんなことを話してた?考えても頭の中をぐるぐる回るのは告白と宮城くんの好きなひとというワードだけ。
 
「名前」

 下げていた目線が上がる。目が合った宮城くんはにっと笑うと、わたしが持っていたアルバムに指をかけた。
 
「貸して。オレも書きたいやし」
「え?……あ、うん。お願い、します……?」
「おー任せろ。な、名前もオレのに書いてー」
「うん……!」
 
 いっぱいいっぱいだった気持ちが少し軽くなった。アルバムを受け取って、どこで書こうか迷って、結局前に向き直して自分の机で書くことにした。宮城くんのアルバムにはたくさんの人からの寄せ書きがあって、人気者だなあと改めて思った。空いているのはページの端っこで、わたしはそこに書くことにした。
 さて、何を書こう。筆箱からマジックペンを取り出す。今までのお礼を書く?それとも、これからもよろしくとか?さっきみたいに変なことを書かないようにしようと考えれば考えるほど、当たり障りのないメッセージしか思い浮かばない。
 
「断ったから。さっきの」 
 
 『宮城くんへ』と書きながら、宮城くんはどんな言葉をわたしにくれるのだろうと考えていたときにそんなことを言われた。動揺でペン先が揺れて、『ん』の字が大きくはねた。
 
「な、なんで?」
「好きなひといるからなー」
「……そーだったね」
「だれだと思う?」
 
 今、宮城くんはどんな表情をしているのだろう。わたしはどんな表情しているのだろう。振り返れない。心臓が、首や手首の脈が、ドッドッドッと速打つ音が聞こえる。
 わかんない、と緊張でカラカラになった掠れ声で答えると、後ろから笑い声がする。
 
「名前」
「……うん」
「名前だから。オレが好きなの」

 うん、頷いたつもりだけど声にならなかった。もしかして、と期待はしていた。その時にはちゃんとわたしも好きだと伝えようと思っていたし、そうでなくても今日は告白をする気だった。なのに、言葉にならない。熱いなにかが込み上がってきて、胸の奥が痛い。今日のわたしはとことん泣き虫だ。
 ガタ、と宮城くんが椅子を引く音がして、隣まできた宮城くんはわたしの頭に手を置いた。「泣くなー」そう言われても、涙が止まらない。わたしも好き。ずっと好きだった。そう言いたいのに、ひっくひっくと可愛くない呼吸しか出てこない。体を曲げてわたしの顔を覗き込んだ宮城くんは少し困った顔をしていて、そんな顔も好きだと思った。
 わたしはペンを動かした。修正が効かないから、ゆっくり、丁寧に。自分史上もっともキレイな字で書きたかったけれど、泣いているせいで震えて文字は歪んで、その上に落ちた涙で滲んだ。それでもじゅうぶん伝わったみたいで宮城くんは「うん」とわたしの手からペンを抜いて、アルバムを自分の方へ向けた。
 
「中学、一緒に登校しような」 
 
 そう言ってはにかんだ宮城くんは、『好き』と書いたわたしのメッセージに矢印を伸ばして、力強い字で書き加えていた。『オレも好き!』と。 

2023.7.2

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