「ソーちゃんリョーちゃん、はい!今日チョコの日だから!」
「お〜アンナありがとうな。母ちゃんと作ったのか?」
「うん!おいしいよ、食べてみて!」
 
 妹からの拙い手作りチョコクッキー。バレンタインの今日、初めて自分宛てに貰ったチョコだった。クラスの女子から渡されたのは「これ、お兄ちゃんに渡して欲しいんだけど……」というものだったし、兄を経由して貰った近所のおばあさんからの大量のキスチョコや黒糖カステラについては虚しいのでカウントしないことにした。
 リョータは照れくささと妹からしか貰えていない情けなさから「割れてんじゃん」とぼやくと、妹はむっと唇を突き出した。その瞬間、テーブルの下で兄に足を蹴られ、慌ててお礼を言った。
 
「来年はリョーちゃんにチョコあげなーい」
「はあ?なんでだよっお礼言っただろ」
「今のはリョータが悪いー」
 
 頷き合う兄と妹のコンビに余計な一言を言った自覚のあるリョータは居心地悪くふんと鼻を鳴らした。貰ったばかりのチョコクッキーの袋を開けようとすれば、「どーせ割れてるもんねー」と妹が拗ねた口調で言い、兄が「料理は味が大事だから気にすんなー」とフォローになってないフォローをしていた。
 
「……うまいじゃん」
「だから言ってるでしょーもう、困った子ですねーソーちゃん」
「そうですねー、アンナちゃん。お、ほんとにうまい。アンナやるなあ」
「でしょ!アンナがんばったの!」
 
 妹に抱きつかれながら割れたチョコクッキーをうまいうまいと食べる兄。その隣で歪なハート型を口に放りながらリョータはリビングに放置された兄の手提げ袋に視線を走らせた。中から可愛らしくラッピングされたお菓子がはみ出している。自分とは違い妹からのこれが最初で最後のチョコというわけではないらしい。わかってはいたけれど、嫉妬せずにはいられない。
 
「ソーちゃん、あれどうすんの」
「ん?あー、食べていいよ。一人で全部は無理だー」
「ほんと?やったー!アンナ楽しみにしてたのっ」
「なんだそれ」
 
 すぐに手提げ袋を取りに行った妹は駆け足で戻ってくると、テーブルの上に中身をひっくり返した。乱雑に広がったチョコの山に「アンナ〜」と苦笑いする兄をよそに、「アンナこれとこれとこれ食べたい!かわいい!おいしそう!」と妹が物色する。
 こういうとき、リョータは兄が別次元の生き物のように思えた。兄がモテるのはわかる。かっこいいからだ。けれど、自分も同じ両親のもとに生まれているはずなのに。自分と兄はどこに違いがあるのだろう。ひとまず、身長やバスケセンスは置いておいて。兄の魅力を探ろうとじっと兄を見つめていたら、「ん?」と首を傾げた兄が何を勘違いしたのか「リョータも好きなの取っていいぞ」と穏やかに笑う。リョータはむず痒いような悔しいようななんともいえない気持ちになり、「じゃあこれ」と適当に取った。
 
「ソーちゃん、ここのところなんかベタベタするよ?」
「ん?あー、シール貼ってあったから」
「シール?アンナシールも欲しい!」
「すまん。もう破れてしまったからないー」
「えー」
 
 リョータは自分が取ったお菓子にもシールの跡があることに気付いた。大方、手紙でも貼り付けてあったのだろうなという考えに至って、リョータはまたしてもなんともいえない気持ちになった。
 
 お菓子を食べ過ぎたせいで夕飯が進まず、リョータと妹は母に叱られた。それを笑って見ていた兄――いつも通りの量を食べていた――も「笑ってるけどね、食べさせたのソーちゃんでしょう!だめじゃない!」と連帯責任で叱られ、リョータと妹が目配せで笑うとそれを察知した母に「人が怒られてるときに笑わない!」とさらに怒られてしまい、それを兄がにやりと笑い、「母ちゃんソーちゃんも笑ってる!」「ソーちゃん笑ってたよ!」とリョータと妹が指差しして知らせ……ということを続けた結果、「三人ともいい加減にして!早く食べなさい!」と三人揃って母に怒られ、リョータはお菓子で膨れた腹に無理やりご飯を詰め込んだ。隣に座る兄を睨むと、兄は涼しい顔でおかわりをしていた。
 
 食後、風呂を終え――今日も今日とて、兄が入っているところへ突入した。「中学なったら一人で入るからな」と兄に言われたが、リョータは四年になっても兄と入るつもりだ――、明日の用意をしようとランドセルを開けたときだった。「あ、やべ」中にはクラスの女子から渡された兄宛のチョコが入っている。兄に渡しそびれていたのだ。
 
「ソーちゃんー」
「……ノックくらいしろー」
 
 前触れなく兄の部屋の扉を開けると、珍しく勉強机に座った兄が呆れた顔を向けた。リョータは「次からするやし」とする気もない約束をして、「ん」と兄に向かってそれを差し出した。透明のラッピングの中身は、バスケットボール柄の包装をした市販のミニボールチョコだ。

「クラスの女子がソーちゃんにだって」
「おー、ありがとうって言っといて」
「今食べる?」
「食べない。リョータ食べたいなら食べていいよや」
「じゃあもらう。宿題してるの?」
「そう。集中したいからまた後でな」
「……いたらだめ?」
「だめ」
 
 不服そうにしたリョータの頭を兄はくしゃりと撫でた。うまいこと自分を追い払おうとしているとわかっているので、リョータは少しでもここに居座ろうと机の端に置かれた雑誌を手に取った。
 
「ね、ここで読んでてもいいー?宿題の邪魔しないから」
「だーめ。出ろって」
「なんで」
「オレだってたまには一人になりたいやし」
 
 邪険にされているのがわかって、リョータはむっと唇を尖らせた。いつもならもう少し構ってくれるのに、今日はどうしてここまで自分をこの部屋から遠ざけようとするのだ。
 
「どーせ勉強なんてしてないんだろ」
「してるって。ほら、算数」
 
 ほら、と見せられたドリルに兄が答えを書き込んでいる。軽く問題に目を通しても一体なにを問われているのかわからない。
 
「な。後で一緒にゲームしてやるから」
「……今がいい」
「今は無理だって」
 
 駄々をこねたくて雑誌で机の角を叩くと、「リョータぁ」と非難する声色で名前を呼ばれる。ふん、と鼻を鳴らしたリョータはふとあるものに気付いた。自分と反対側の机の端にリボンで結ばれた正方形の紺色の箱。
 
「それ、チョコ?」

 夕飯前に机に広げたときにはなかったはずだ。見つかってしまったとでも言うように兄は眉を寄せ、唇を突き出した。まだ箱も開けられてないのに、手に持ったバスケットボールのチョコよりも美味しそうに見えて、リョータはどうしてもそれが食べたくなった。
 
「……これやっぱいらない。そっちちょーだい」
「だめ。やらない」
「じゃあ半分こしよ」
「やらないって」
「じゃあ一個」
「だめだって言ってるだろ」
「一個くらいいいじゃん!チョコあんだけもらってきてるのに!」 
 
 いつもの兄なら自分がわがままを通せば大抵の要求を飲んでくれる。しかし、今回ばかりはそううまくはいかなかった。
 
「これは特別だからあげない」
 
 兄にとっての特別。それだけでリョータは誰から貰ったのかわかってしまった。
 
「……名前から?」

 リョータは兄の前に限って、彼の友人たちを呼び捨てにする。それは兄の想い人も例外ではなかった。
 兄は答えない。少し照れくさそうに唇の端を上げてリョータに視線を寄越すだけ。
 無性に腹が立ってリョータは兄の机を蹴った。はいはい、と軽くあしらわれ、立ち上がった兄はリョータの肩を押して扉に向かう。追い出す気だ。リョータは振り向いて文句を言う。

「ケチ!」
「ケチでいいし。これはオレのー」 
「女たらし!すけべ!変態!」
「……それ外で言ったらさすがに怒るからな」
 
 呆れ顔をした兄は踏ん張るリョータを無理やり部屋の外に出した。すぐさま扉を開けようとしたがびくともしない。おそらく、扉が開かないように物を置いたのだ。
 
「くそっ」
 
 ガン、と扉を蹴ると風呂場までその音が届いていたのか入浴中の母の声が飛んでくる。
 
「リョーちゃん!なにしてるの!」
「なんもしてないやし!」
 
 ふんっと鼻を鳴らしてリョータはリビングの横に続く畳の部屋につくと、手に持ったままだった雑誌とチョコを投げた。ラッピングが破れ、中からバスケットボール型のチョコが転がる。兄宛のたくさんのチョコもこれも、どれも欲しいものではなかった。
 
「ソーちゃんのいんちき」
 
 そのまま畳にうつ伏せに寝転がって腕に顔を当てた。特別が貰える兄が羨ましくて仕方なかった。
 
 
2023.6.2

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