冬休みが明け、三月期が始まった。始業式の次の日は二学期と同じで席替えで、わたしはまたしても一番前の席になってしまった。そして、宮城くんは変わらず一番後ろの席。今回は窓側を選んでいた。そんな宮城くんの前の席を引き当てたのは冬仕様のキラキラネイルをした彼女。
 小学校生活最後の席替えなのに宮城くんと近くの席にすらなれなかった。がやがやとみんなが机を運んで騒がしい中、黒板に書かれた座席表を見て落ち込んでいるわたしに、「いいでしょ」と彼女はくじとネイルを見せびらかしにきた。色んな意味で「いいなあ」と羨ましく漏らすと、彼女はわたしの手からくじを抜いた。「どうしたの」驚くわたしに、「目悪くなったから。代わって」と彼女はそのまま先生のところに行ってしまった。
 
「名前代わって欲しいって。いいかー?」
「え……?っ、はい!大丈夫です」
「じゃあふたりとも机持って移動しろー」
 
 はーい、と返事をした彼女は机を取りに行く前にわたしに自分の引いたくじを渡すとにやりと笑う。「良かったね?」ソータの前だよ、と音に出さず口を動かした。わたしはからかわれた悔しさと恥ずかしさに顔を赤くした。
 でも、と渡されたくじを見る。わたしが欲しかった席。じわじわと喜びが湧いてきて、ありがとう、とわたしも声を出さずに言う。「あんたのためじゃないけどね」と彼女は呆れ顔で笑ったあと机を取りに行った。
 どういう意味だろうと不思議に思いながら横に掛けている手提げ袋を机に置く。「みんな早くしろー授業始めらんないぞー」と急かす先生に、みんなが「始まんないでいいやし」と返す。クラスが笑いに包まれる中、わたしはもらったくじを大事に畳んで筆箱にしまった。 
 移動した席の後ろ。頬杖をついて窓の外を見ていた宮城くんは前に来たわたしに「名前ここじゃないだろ?」と軽く笑う。わたしは筆箱の中からくじを取り出した。
 
「見えにくいから代わってって言われたんだ」
 
 宮城くんは番号と黒板を見比べて、眉を上げるとにっと笑う。なんだか得意げになって、わたしも同じような顔をした。
 
「なんか久しぶりだな、名前と前後」
「うん。一学期のときみたい」
「このままじゃ二回連続前の席だったよや。良かったな、これで寝れるんど」
「前の席、嫌じゃなかったけどね。それに、わたしは寝ないし!」

 宮城くんの前の席。わたしにとっての特等席。嬉しくて、心が弾む。卒業までの残り三ヶ月の日々が楽しみで仕方なかった。
 席移動が終わった頃、プリントが配られた。保護者へのお知らせ、一月の行事予定と献立表。配る先に宮城くんがいるという当たり前のことですら新鮮で嬉しい。宮城くんはどうだろう。先生にバレないようにプリントで顔を隠しながら後ろを向く。献立表を眺めていた宮城くんはわたしの視線に気付いて顔を上げると、にやりと笑った。
 
「明日、ゴーヤだってさ」

 卒業までの残り三ヶ月の日々が楽しみで仕方ないだって?撤回。明日はあんまり楽しみじゃない。だってゴーヤが出るから。
 
「最悪だあ……」
 
 がっくりと肩を落として前を向き直したわたしの後ろでは宮城くんが声を押し殺して笑っていた。


 
 翌週、学期ごとに行われる身体測定の日。六年生のわたし達にとっては最後の身体測定で、クラスのみんなはどこかそわそわしていた。「身長伸びてるかな?」「昨日食べすぎたから体重測りたくないんだけど」なんて女子同士で話しながら体操服に着替える。少しでも軽くなるようにと肌着を脱いだ。身体測定の話をしているからかみんなお互いの体をチラチラと見合っていて、「そのブラ可愛い」なんて声も聞こえてきて、思わず自分の下着を見た。ブラはブラでも可愛さのかけらもない真っ白のスポーツブラ。なんだかダサい気がして、恥ずかしくなってすぐに体操服を被った。
 教室に戻ると男子はもう着替え終わっていて、「女子遅いぞ」と先生に注意されて急いで席につく。みんなが席についたところを見計らって身体測定の記録表が配られた。転校してきたばかりのわたしは四月に測定していなかったけれど前の学校で測った分が書き加えられていた。一学期と二学期の間に0.8センチ伸びている。さて、三学期はどれくらい伸びているだろう。ちょっと楽しみだ。そういえば宮城くんは背が高いけれど、一体どれくらいあるのだろう。後ろを向くと宮城くんは「ん?」と首を傾げた。
   
「ね、宮城くん何センチあるの?」
「前測ったときは168あったな」
「168!?」

 168センチ。わたしとの身長差はどれくらいあるのだろうと計算していると、「多分今はもっとあるはず〜」と呑気な調子で宮城くんは続けた。
 
「もしかして170いくかな?」
「いってそうだな。こないだ先生と並んだら抜かしてたし」
「すごいなあ。いいな、おっきいの」
「けどすぐ服小さくなるからなー。これとかピチピチやし。恥ずいー」
 
 これ、と宮城くんは着ていた体操服を引っ張った。言われてみれば確かに袖の部分が短いし、首周りが苦しそうだ。背が高い人にもそれなりの悩みがあるみたい。
 ほらこっちも、と宮城くんは椅子から通路側に足を伸ばす。膝より上が見えすぎている短パン。それだけでもなんだか面白いのに、宮城くんがわざとらしく神妙な顔をして悩んでます!みたいな顔を作るからツボに入って笑ってしまい、わたしと宮城くんは揃って先生に怒られてしまった。
  
 授業と授業の間の五分休み、周りの子達がさっきまでの身体測定の結果で盛り上がるなか、わたしと宮城くんもその話で持ちきりだった。
 なんと、宮城くんは2センチ以上伸びていた。170センチを超えたのだ。0.5センチ伸びていて喜んでいるわたしとは立つ土俵が違った。
 
「すごいね、170!」
「父ちゃんもでかかったから。遺伝だな」
「遺伝かー。じゃあリョータくんもそのうち大きくなるね」
「だと言いけど。リョータは色々母ちゃんに似てるからなあ」
「そうなの?顔は三人ともそっくりだったけど」
「顔はむしろ三人とも母ちゃん寄りやし」 
「そうなんだ。わたしはお父さん似ってよく言われるんだ。お母さんには爪の形しか似てないねって」
「爪?」
「うん、爪。ほら、丸っこいから」 

 お母さんに似た丸い形をした爪は伸ばしても子供っぽさが隠せなくて、実はあんまり好きじゃない。
 わたしの爪を見て宮城くんは軽く笑うと、「確かに丸いな」と爪先を撫でた。つるりとした爪の上に宮城くんの細長い人差し指が滑る。感覚なんて爪の下の肌にしかないから鈍いはずなのに、こそばゆさを感じる。なんだか急に恥ずかしくなった。
 
「……宮城くんは爪の形、キレイだよね」
「そうかー?あんま気にしたことない」
「指だって長いし、手も大きいし。やっぱ背高いからかな」
 
 そういえば足も大きい。ちら、と机の下の上靴を覗いてみる。宮城くんが上靴の踵を踏んでいたのを見たのは夏休み前で、二学期になった頃には真新しい上靴になっていたはずなのに、今では上靴が窮屈そうに見えた。一体何センチなんだろう。
 聞いてみようかなと思っていたら、自分の手をじっと見ていた宮城くんは「比べる?」とわたしに手のひらを向けた。
 「え?」比べるって、と差し向けられた大きな手と自分の手を見比べる。
 
「大きさ。どんくらい違うんかなって」 

 大きさ比べをするということは、それはつまり宮城くんと手を合わせるということで。そんな大それたことを!と頭の中は黄色信号を鳴らした。だけどここで断ったら宮城くんに対して失礼だし、嫌っていると思わるかもしれない。それだけは絶対に避けたくて、わたしは覚悟を決めて――見られないようにズボンで必死に手汗を拭き取ってから――手を合わせた。
 しっとりと吸い付くみたいにくっついた手のひら。わたしの手と宮城くんの手はひと回りも違った。宮城くんの第一関節がわたしの指先の最終地点。さっきの爪に触れられたこそばゆさなんて比べ物にならないくらい重なった部分がこそばゆくて、むずむずする。
 
「ちっさいな」
「……宮城くんが大きいんだよ」 
 
 宮城くんは大人くらい大きな手で、大人みたいな表情で笑う。同い年なのに。それがなんだか悔しい。わたしは手を合わせるだけでどきどきが止まらないのに。 
 ソーター、と誰かが宮城くんに呼びかける声が聞こえて、わたし達はぱっと手を離した。何事もないかのように、わたしは前を向いた。
 
「なーにー?」
「お前身長どれくらい伸びたー?」
「170超えたー」
「おーすげーな。俺の親父がお前がどんだけ伸びるか楽しみにしてんだよ」
「まだまだ伸びるから楽しみにしてなって親父さんに言っとけー」
 
 後ろから聞こえる会話に自分の名前が出てこないことにほっとして、それから触れていた手のひらを見つめた。 
 宮城くんの手はひんやりとしていて、固かった。きっと何度もマメができて潰れて固まったあとだ。それだけで見たことのないミニバスでの頑張る姿が透けて見えて、かっこいいなと思った。
 触れていた手のひらの神経が空気に触れるだけで過敏に反応して、むずむずを通り越してかゆい。バレないようにぎゅっと握る。そうじゃないと、宮城くんを好きな気持ちが簡単に溢れてしまいそうだから。
 ピンクのイルカが訳知り顔で微笑んでいて、「笑わないでよ」と小声で呟いてから指でつついた。
 
 
2023.6.2

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