内地からの転校生。どんな大人びた子が来るのだろう。彼女はそう期待していたのに黒板の前に立った子は至って平凡で、大人しかった。俯きながら机の間を通る姿に彼女は少しがっかりした。
 けれど、隣に座る彼女の好きな男の子――ソータは違ったらしい。頬杖をつきながら興味津々といった様子で自分の横を通り過ぎようとした転校生を見ていた。ソータの案で二人は席を交換することになった。クラスが笑いに包まれる中、彼女は一人不貞腐れていた。せっかくソータと隣の席だったのに、と。
 
 だからといって、名前という転校生に悪い印象はなかった。クラスメイトを苗字で呼ぶところは新鮮であったし、逆に名前と呼び捨てされると恥ずかしそうにする。自分達の言葉がわからず戸惑う姿は可愛いとさえ思った。内地のことを鼻にかけたりしないところも気に入った。
 ただ唯一、気に入らないことといえば。
 
「なし、かな……」
 
 ソータが好きなことを隠そうとするところだ。彼女からすれば、ソータを好きになるのは自然なことだった。クラスの女子どころか、学年、ひいては学校中、ソータと関わったことのある女子はもれなくソータを好きになる。彼女自身、四年生の頃にソータと同じ班になって以来、彼のことが好きだ。
 ソータの気持ちが自分に向くことがないと悟って諦めることはあっても、「なし」な女子などいない。過大評価でもなんでもなく、宮城ソータという少年はそれほどの魅力があると彼女は思っていたし、周囲の人間も思っていた。
 認めればいいのに。授業中、ソータに庇ってもらうたびにお礼を言おうとちらちらと後ろを気にする名前。その姿を隣の席に座る彼女は冷めた目で見ていた。

 いつからなのか、なにがきっかけになったのかもわからない。それでも名前とソータの心の距離が今の席と同じくらい近付きつつあることに気付いたのは、彼女が隣の席で二人を見ていたからに他ならなかった。もやもやとした疑惑は、「最近、名前とソータ朝一緒にいること多いね」と友達から聞かされたときより強いものになった。ソータが名前を好きなのかもしれない、と。
 
「あたしが言いたいのは……名前のこと、好きなのってこと!」
  
 意地悪をしてやろうなんて思っていたわけではないし、ましてやクラスメイトの前でヒステリックに責め立てたいわけでもなかった。ただ、否定して欲しかっただけだ。
 
「なんでそうなる?好きなひとがないちゃーだから名前に相談乗ってもらってただけやし」
 
 ソータは笑った。保健の先生が好きだなんてことを言って。まさかな返答にクラスメイトと一緒になって質問責めをした。ソータが好きなひとの話をするなんて初めてのことだったからだ。しばらくはソータのことをからかったりする日々が続いた。からかうことでソータと話せることが嬉しかった。
 
 始業式を終え、明日の時間割を伝える教師を彼女はしらっとした目で見ていた。席替えが嫌だったのだ。「席離れるのいやだね」そんなことを隣に話しかけようとしたときには、もう名前とソータが二人で話していた。こそこそと小声で話す二人の様子に一度消えた疑惑が再び湧いてくる。席替えが嫌だと落ち込む名前の後ろで、ソータが声を殺して嬉しそうに笑っている。
 そして、気付いた。あのとき、ソータは保健の先生が好きだと言っていたのは確かだ。けれど、名前が好きじゃないとは言わなかった。否定しなかったのだ、と。

「それ、名前に貰ったの?」 
 
 委員長同士のミーティングの後だった。教室に戻ろうとするソータの隣に並んで、手に持った筆箱に視線を移す。「なにー?」ととぼけるソータに、彼女はそれ、と筆箱のファスナーの先で揺れているイルカを指差した。
 
「名前水族館行ったって言ってたやし」
「言ってたなー」
「だから名前から貰ったのかなって。違う?」
 
 ソータは「どうかなー」と言って笑うだけだった。肯定はしない。だけど否定もしない。それが答えだった。
 
「……ソータ、結構わかりやすいね」
「んー?なにが」
「名前のこと。見てればわかる」
 
 ソータがわかりやすいのではない。二年間、彼女はソータを見ていたから、違いに気付いた。気付けてしまった。
  
「まだ内緒にしといて」
 
 これ以上誤魔化すつもりがないのは、ソータの中で何か変化が起きたのか。夏休み前と比べ、今は名前に対する気持ちを隠そうとしない。ソータは柔らかい笑みを浮かべていた。彼女はそんなソータの顔を見るのは初めてで、嬉しいのに切なかった。自分を想って向けられたものではないのだから。

 何人もの子達が、ソータの気持ちが自分に向くことがないと悟って諦めていったのを知っている。まさか自分もそうなるとは、とリレーで走り終えたばかりの彼女は自嘲した。ソータは転んでチームを最下位に落として泣いている名前を励ましていた。アンカーである自分が走る番まであと少しだというのに。今日のために気合を入れて塗った爪先を見つめる。どれだけ頑張っても敵わないと思った。
 スタート地点に向かうソータは、すれ違いざま「頑張ったな」と彼女に声をかけた。それだけで救われた気がした。「あとは頼んだよ、ソータ!」アンカーのタスキをかけた広い背中を叩く。せめて友達として正しい姿でいたかった。
 
「あたし、四年のときからソータのこと好きだったのにさー」
 
 名前と二人、運動場の真ん中に立つソータを見つめた。二人が見つめる先は同じなのに、見つめ返してもらえるのは一人だけだなんて残酷だ。誰よりも輝いて見えるソータをいつになったら友達として見れるようになるのだろう。視界が滲んで、彼女はソータからそっと目を逸らした。
 二年間育てた好きの気持ちを枯らしていくのは容易ではない。名前は誰のものにもならなかったソータの心を半年も経たず奪っていった。ソータが好きになる子なのだ。良い子だとわかっている。だからこそ、悔しかった。憎らしかった。
 
「ずっとわからないままでいたらいいのに」
 
 だから、こればっかりは意地悪な気持ちを込めた。簡単にくっつくことなんてありませんように。たくさん泣けばいい。喧嘩だってすればいい。そんな気持ちを抱きつつも、彼女はいつか二人の気持ちが通じ合う日がくるのだとわかっていた。なぜなら、隣の席で二人をずっと見ていたから。
 やってられないな、と彼女はため息をつく。ラッキーで貰ったスポーツドリンクの甘さが喉に張り付いた。
 
 
 
2023.4.3

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