二学期は行事がたくさんあって、中でも運動会と修学旅行はビッグイベントだ。小学校生活最後の行事とあって、みんな張り切っている。
 
「運動会まであと一ヶ月切ってるね。しに早い」
 
 黒板横に掲示されている年間の行事予定を見た友達が言う。運動会で披露するエイサーの練習終わり。砂埃がついた体操服を着替えている最中だったわたしは、その言葉を聞いて軽くため息が出た。エイサーのリズム感がなかなか身に付かず、「名前ー遅れてるぞ」とみんなの前で先生に指摘されて恥をかいたばかりだったのだ。振り付けは覚えているのに。
 
「あと一ヶ月でできる自信ないよ……」
 
 今はまだ音楽に合わせて隊形移動や振り付けをするだけだけど、もう少ししたら太鼓を持った練習が始まる。ただでさえリズムがとれていないのに太鼓を持たされるなんて、絶望でしかない。
 
「元気出してよ」
 
 凹むわたしを励まそうと、友達はわたしの肩を組むと行事予定の隣に貼られた今日の献立表の前まで連れてきた。「ほら、今日の給食天ぷらだって。良かったじゃん」そう言って彼女が指さしたメニューを目で追う。
 牛乳、ご飯、すまし汁、鶏肉としいたけとゴーヤの天ぷら。
 天ぷらの魅力に一瞬輝いた瞳が一気に虚無になる。なんてこった。今日はゴーヤの日だったのか。しかも、献立表によるとゴーヤは一皿につき四つもあるらしい。卒倒しそうになった。
 
「もっと元気なくなったぁ……」
 
 ゴーヤの出現に再び落ち込むわたしに、友達は「どんまーい」と軽い調子で背中を叩いた。

 着替えてから給食の時間が始まるまでずっとゴーヤについて考えていた。今日の給食当番がわたしだったら良かったのに。そしたら自分のだけこっそりゴーヤを抜くのに。そんな悪巧みを練っても今日のわたしは当番じゃないのだから、大人しく列に並ぶしかできない。嫌すぎたあまり自然と牛歩になっていて、わたしは列の最後尾にいた。
 トレーの上に、まずは牛乳が置かれた。その次にご飯。そのまた次にすまし汁。テキパキと働く当番達によってトレーが埋まっていく。
 最後にこのトレーを埋めるのは鶏肉としいたけとゴーヤの天ぷらだ。お皿にゴーヤが乗せられるのを待つしかできない身のわたしは、渋い顔をしながら天ぷら担当の前に立った。
 
「わかりやすいなー」
「えっ、あ、宮城くん」
 
 ゴーヤに集中しすぎているせいで宮城くんが当番だということに初めて気付いた。全くサイズの合っていない白いエプロンを窮屈そうに着た宮城くんが笑う。その声はマスクのせいでくぐもって聞こえた。
 
「ゴーヤ、そんなに嫌い?」
「だって苦いもん……」
「慣れないもん?」
「慣れないもんです」
「ふーん」
 
 宮城くんは面白そうに片眉を上げると、わたしの分のお皿を持つと、トングで山盛りゴーヤの天ぷらをつかんで盛ろうとした。「だ、だめだめだめ!」声にならない声で必死に宮城くんの凶行を止めようとするわたしをマスク越しに宮城くんが笑う。細めた目が今日はなんだかとっても意地悪だ。
「もう食べてやれんど」
「うっ……わかってるもん」
 前回のゴーヤは宮城くんが全部攫っていってくれたけれど、席替えをした今はそういうわけにはいかない。しかも、今は一番前の席だ。先生の目が光る今の席では、こっそり残すこともできない。
 
「頑張って食べるから、せめて普通の量にしてください……」
 
 宮城くんの手にあるお皿に今にも盛られそうな大量のゴーヤ。見ているだけで嫌になって半分泣きそうになりながら宮城くんにお願いすると、宮城くんはため息をついた。呆れられたのかもしれない。
 
「今回だけ特別な」
 
 宮城くんはそう言ってわたしのお皿に鶏肉としいたけの天ぷらを乗せたあと、小さなゴーヤを一つだけ加えた。本来なら、一人四つは食べなきゃいけないのに。
 
「……いいの?」
「食べたかったらいくらでも増やせんど」
 
 再びトングが大量のゴーヤをつかむから、増やされたらたまらないとぶんぶんと首を横に振る。宮城くんは「いっこくらい頑張るんだぞ」と目を細めて笑う。宮城くんにそう言われたら頑張るしかなかった。
 周りの子にバレていないかなと確かめる。幸いにもわたしは列の最後尾だったし、他の当番の子は片付けを始めていてわたし達の会話に気付いていなさそうだった。
 
「宮城くん、ありがとー」
 
 こっそりお礼を伝えると、宮城くんは軽く頷いてくれ、自分の分のお皿に大量にゴーヤを乗せてわたしに向かって得意げに眉を上げた。マスクで隠れた口はきっといつものようににっと笑っているのだろうなと思った。
 
 
 
2023.3.28

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