宮城くんとこれからもたくさん話す約束をした日の一時間目。少しでも宮城くんの近くの席だといいなと意気込みながら引いたくじで、わたしは真ん中の一番前の席を引き当ててしまった。
 
「名前何番だった?」
「……三番」
「さん〜?」
 
 宮城くんは黒板から番号を探し当てると、「一番前やし。しかもど真ん中」と大笑いだ。むっとして「宮城くんはどこなの?」と聞くと、「オレは五年ときから一番後ろで固定〜」と宮城くんは頭の後ろで手を組んで――宮城くんが前に座ったら後ろの子が黒板を見えないからという先生の配慮らしい――得意げに眉を上げた。しかも、後ろのどこに座りたいか選べる特権付き。毎回後ろなのだから場所くらい自分で選ばせて欲しいと先生に交渉した結果だそうだ。
 
「一番前だからな。寝たら一発でバレんど」
「……わたし、授業で寝たことないもん」
「そーだったな。んじゃ、前の席でも頑張れ」
「宮城くんこそ、後ろだからって寝ちゃだめだよ」
「どーだろうな?」
「あ、寝る気だなっ!?」
 
 そんなわけで、わたしは一番前の真ん中に、宮城くんは廊下側の一番後ろに座ることになった。
 
 一番前の席になったのは実は小学校に入学してから六年間の中で初めてのことだった。みんなは「前の席ってやだよねー」と同情的だったけれど、わたしは案外この席が気に入っていた。黒板が見やすいし、先生の声が聞きやすいし、それにこっそりと友達に手紙を書いたりしていても近すぎるからなのか意外とバレない。
 この席の唯一のデメリットは、後ろを向いても宮城くんがいないことだ。宮城くんを見ようと思ったら教室の端っこを探さなければいけなくて、だけど一番前の席のわたしがそんなことをしていたら目立つからできなかった。だから、宮城くんを見ようと思ったら休み時間くらいしかなくて、だけど宮城くんは人気者だからいつもみんなに机を囲まれていた。
 わたしの後ろにいたときに人が集まることがなかったのは、きっとわたしと話していることが多かったからだ。みんなも本当は宮城くんと話したかったのに、わたしが独り占めしていたせいだ。
 「これからもゆんたくしようね」なんて言ったけれど、席替えの日から今日まで、宮城くんとゆっくり話せたことがまだない。運動会の練習が始まりだしてから体育委員の子達――ちなみに、宮城くんも体育委員だ。委員長である宮城くんはみんなの前で選手宣誓をするらしい。かっこいいな――が張り切って朝早く来るから前のように二人で話すタイミングがないのだ。
 宮城くんが朝早く来る前までは、宮城くんと二人で話すことなんてあまりなかった。それが普通だった。それなのに、今じゃ物足りないと思ってしまうから不思議だ。それほどわたしは宮城くんに対して欲張りになってしまった。一度知ってしまった贅沢から水準を落とすことが出来ないってこういうことなのかな。
 
「名前、トイレ行こー」
「……うん、いいよ」
 
 席を立って友達とトイレに向かう。廊下の窓から見えたみんなに囲まれる宮城くんは、なんだか前より遠い存在みたいだった。
 
「ソーター。こんなん前からつけてた?」
「水族館行ったばー?」
「貰ったー。かわいいだろ?」
「ソータにしてはかわいすぎん?」
「オレってばかわいいの似合うからなー」
「てーげーなこと言うな。これ、くれたのって女子?」
 
 誰かが宮城くんの筆箱に触れる。会話の中心はその先についたイルカのことだとすぐにわかって、どきりとした。宮城くん、なんて答えるんだろう。廊下を歩く速度がほんの少し、遅くなる。

「それは言えん〜」
「はあ?絶対女子だろ!だれ?」
「こんなんフツーくれないぞ!いや、ソータなら貰えるか……?」
「ソータなら……貰えるな」
「貰えたな〜」
 
 のんびりと答える宮城くんへの追求の手は盗み聞きしているわたしに刺さる。その通り、女子からです。宮城くんに対して普通の気持ちじゃないからあげたのです。宮城くんならあなた達の思うように他の女子からも色々と貰えるでしょうけども。ちなみに、なんで筆箱につけてくれたのかはわかりません。なんて、心の中で彼らに同意した。
 
「つーかお前、先生が好きだったんじゃないの?なんで他の女子から貰ったもんつけてんの?」
「先生は大人すぎたからな。諦めたー」
「は?早すぎだろ?」
「つーか問題はそっちじゃなくて誰から貰ったかって方やし!同じクラスの女子?」
「女子とは限らんど」
「はぐらかすなって」

 のらりくらり。宮城くんは緩く笑って彼らの問いを受け流す。わたしのことを言う気はないようでほっとした。先生のことも上手く好きなひと枠から外したし。さすが宮城くん、こういうの上手いなと感心していたのも束の間だった。 
 
「水族館行ったって言ってたやついたっけ?」
「だれかいた気がするな」
「だれだっけな……?」
「さあなー?」
 
 答える気のない宮城くんに痺れを切らしたのか彼らは推理を始めた。嫌な予感がして、どくどくと心臓が早まる。
 それを見計らったかのように、「名前ー?」と先を行く友達に呼ばれた。ちょうどというか、運悪くというか。わたしは宮城くんの机がある教室のドア付近を歩いていたから、宮城くん達と目が合ってしまった。宮城くんが目を瞬いたあと、ふと笑う。それにときめいている場合ではなかった。宮城くん以外の目がわたしを探るようだったから。
 
「なあ、確かさー名前言ってなかったっけ?」
「言ってた気がするな」
 
 ぎくり、と体が固まる。だって、彼らの言うようにわたしは言ってしまっていたのだ。夏休みの思い出をみんなの前で発表したとき、「七月に家族で水族館に行きました。色々な魚がたくさん泳いでいて綺麗でした。楽しかったです」って。なんで自分からバレるようなことを言うのかな!わたしのばか!
 
「ま、待って〜!」
 
 彼らの視線が怖くて、わたしは走って友達のあとを追った。
 どうかわたしからのプレゼントだとバレませんように!宮城くんなんとか誤魔化して!そんなことを思っている情けない自分に呆れた。
 祭りのときはみんなにからかわれてもいいとか、夏休み明けは宮城くんのことを自信を持って好きと言えるようになりたいとか偉そうなことを思っていたくせに。コロコロ日替わりで変わる、ブレブレな想いにわたしは簡単に振り回される。結局のところその日替わりブレブレな感情は全部宮城くんが好きというところから派生している。なんだそれ。恋って怖いと思った。
 
 
 
 
2023.3.23

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