「ソーちゃん一緒に入ろ!」

 リョータは勢いよく風呂場の戸を開けた。「シャワーぐらい一人で浴びさせろー」と髪を洗っていた兄は呆れ顔で振り向く。そんな兄の苦言などお構いなしにリョータは兄の隣にイスを並べて座ると、兄がシャンプーを洗い流すのを待ってから話しかけた。

「ソーちゃん、今度の夏祭り一緒に行こぉ。母ちゃん、ソーちゃんと一緒なら行っていいって!」

 地域の神社の年に一度の夏祭り。兄は高学年になった去年から、祭りの日限定で夜分の外出を許可されていた。本来ならリョータの許可が下りるのは二年後だが、兄を頼りにしている母は「ソーちゃんと行くなら」という条件付きでリョータが祭りに行くことを許可してくれたのだ。
 友達と出かける後ろ姿に「オレも行きたい!」と泣き喚いた去年。今年は兄と行くことが出来るとリョータは兄が頷いてくれるのを興奮しながら待っていた。だというのに、兄はリョータの頭にシャワーをかけると、「あ?あー……今年は無理だなー」と無慈悲なことを言った。

「は?なんで!」
「もう約束してる」
「オレも一緒に行く!」
「それはだめ」
 
 期待していた分、裏切られた反動が大きかったリョータは兄の背中を叩いた。ばちん、と水に濡れた肌の音と「あがっ」と呻く兄の声が風呂場に響く。

「そう怒るなって。お土産買ってきてやるから」
「土産が欲しいんじゃない!ばか!あほ!わかれよ!」

 普段なら子供だけで夕方以降に出かけることなんて許されていない。その許可が唯一下りる日。リョータは兄と一緒に祭りに行って楽しみたいのだ。

「すまん。今回だけは連れてけない」
「今回だけは!?いっつもだろ!ばかソータ!」
「ばかな兄ちゃんでごめんなー」

 兄は謝ればそれでいいと思っている節がある。自分は軽く見られているのだ。「頭洗ってやるから」と自分を宥めようとする兄に見せつけるようにリョータは不機嫌に唇を突き出した。

「……だれと行くの」
「ん?ん〜友達」
「ミニバス?」

 ミニバスの友達なら自分の先輩でもあるため、付いて行ってやろうとリョータは思った。それなのに、兄は「違うひとー」と言うとリョータの頭を洗い始めた。泡が入りそうになり、リョータは目を瞑る。

「だれ?クラスのひと?」
「うん。クラスのひと」

 いつもの兄ならこんな勿体ぶった言い方をせず、友達の名前を言う。なにか変だとリョータが訝しんだとき、一人の少女が頭に浮かんだ。

「……転校生?」
「流すぞー」

 否定も肯定もしない兄の態度に、当たりだとリョータはシャワーでシャンプーを流されながら思った。誕生日に続き、またしても兄をとられてしまった。
 顔にかかった泡を洗い流し、目を開ける。鏡越しに目が合った兄はどこか楽しげで、浮かれているように見えた。自分を置いて祭りに行くくせに。
 リョータは自分がショックを受けた分、同じだけ兄を傷付けてやりたいのにそれに適した言葉が思いつかない。バカアホマヌケ、ウンコチンコ。どれだけ悪口を並べ立てても三歳上のこの兄には効かないのだ。

「体は自分で洗えよ」

 鏡に映る兄を睨みつけながら、兄が泡立てたボディータオルを奪うように取った。あまりの仕打ちに腹が立って肌が痛いほど力を入れながら体を洗う。強く擦りすぎて赤くなった肌を見たとき、リョータはあの転校生の日焼けした肌をからかった兄の姿を思い出した。

「……宮城くん、だって」
「はー?なに?」 
「オレはリョータくんだった」

 ちらりと後ろを振り向くと、兄の眉が動いた。もしかして、これは効果があるのかもしれない。リョータはへっと笑った。

「オレの勝ち〜」

 む、と兄の唇が自分のような形をつくる。勝ちを確信し、少し気が収まったリョータだったが、次の瞬間兄の逆襲にあった。

「ぎゃっ!つめてっ!ぶわっ」

 勢いよく当てられたのはシャワーで、しかもお湯ではなく水だ。夏場のシャワーは風邪を引くほど冷たいわけではないが、それでも先程までの適温から急激に水温を下げられてはたまらない。それを顔目掛けて当てられ、避けても追いかけてくる。「ばかソータ!やめろっ!」とうとうリョータは風呂場から逃げ出した。

「振られろ!ばか!」

 脱衣所という安全地帯から風呂場に向かって吠える。「うるせー」風呂場から聞こえる兄の声は珍しく不機嫌だ。
 リョータは体を拭きながら、いつも余裕な顔をする兄を崩す相手を思い浮かべた。転校初日、全校集会の朝礼台に上がるときの真っ青な顔。教室で兄に勉強を教えていたときの柔らかい顔。兄のことを宮城くん、と鼻を隠して照れくさそうに呼ぶ顔。

「……振られるわけないやし」

 自分のことをリョータくんと遠慮がちに呼んだ顔を思い出す前に、リョータは濡れたままだった顔を拭いた。
 
 
 
2023.3.17

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