携帯会社にて順番待ちをしている間、話も尽きてしまったので自分の靴を眺めていた。秋晴れの本日にピッタリのワインレッドに染まったパンプス。無駄な装飾が一切ないシンプルな作りが気に入って、先月に買ったものだ。
 踵を鳴らせば、クラピカがちら、とこっちを見て、すぐに視線を元に戻した。その視線の先を追う。

 クラピカはガラス張りのドアに貼られたポスターをじっと見ていた。最近人気急上昇中のモデルがカラーコンタクトの宣伝をしているものだ。隣の薬局がこの携帯会社に貼らせてもらってるようで、下には『隣のドラッグストアアサガオにて販売中!』と手書きの文字が踊っていた。残念ながら、『売り切れ続出!』との謳い文句通り、その上から『sold out』のシールが貼られていたので現在は販売中というわけではないようだ。
 今朝のニュースでも今週のトレンドとして取り上げられていた。一番人気はやっぱり定番の黒で、このメーカーのものが売れたのを機に、他のメーカーのものも相乗効果で売れているらしい。

 私がそのことを簡単に説明すれば、クラピカは、そういうことか、と独り言のように呟いた。これでこの話題を終わらせても良かったのだけれど、気になることもあるので引き続きこの話題を取り上げることにした。

「クラピカはなんでいつも黒のカラコンしてたの?」

 今日の瞳はこないだの写真と同じ焦げ茶色。ジッとその目を見て見たけれど裸眼だったので、黒色の瞳の方が偽物だったのだと判断した。

 クラピカは何度も目を瞬かせて、ついにはそっと視線を下にずらし、

「その‥‥‥色素が薄いため、目が焼けないように、だな‥‥‥」

歯切れ悪く答えた。

 そうして、ここ一週間はどこへ行っても売り切れで手に入らないため、仕方なく裸眼でいるのだと。ほとほと困った様子で額に手をやった。

 民族出身とあれば、大抵が森や山で育っているため、身体は丈夫に出来ている。彼も例外ではないはずだ。教科書にも載ってないような原始的な民族なのに、色素が薄いからカラコンが必要だとは一体どういうことだろう。突っ込もうと思ったけれど、このタイミングで私たちの番号が呼ばれてしまい、聞けずにおわった。



 契約書一式が入った紙袋を揺らすと、横を歩いていたクラピカの手が自然な流れでそれを奪っていった。私は手持ち無沙汰になった手を何度かグーパーして、隣に並ぶクラピカに尋ねる。

「やっぱり新機種で契約すれば良かったかな?」
「いや、これで十分だ。助かった、ありがとう」

 出会った当初から今までで一番の笑顔を綻ばせて、クラピカはもう片方の手元に収まる型落ちの携帯に視線を移した。ウキウキとした様子が年相応で可愛いと思う。
 私も初めて買ってもらった時は大喜びだったな、と思い返す。プランをよく理解せず毎日いじり倒し、翌月の使用料金が目玉が飛び出るほど高額であった苦い記憶も蘇ってきて、そっと頭の片隅に追いやった。

 ちょっとからかってやろう。私の悪戯心が顔を出す。

「調子に乗って変なサイトとか変な動画とか見ないでね、お金かかるから」

 ニヤリと笑ってみせれば、「変な?」と疑問符を掲げたクラピカだったが、ワンテンポ遅れてその意味を理解したらしい。「なっ!」と声をあげ、カッと目を見開いて顔を真っ赤にさせた。歩幅が大きくなって横並びの状態から、クラピカが一歩はみ出して先に行く形になる。

「失礼な!私はそのような不埒な理由で契約したのではない!」
「大丈夫大丈夫、別にそういうの見ても私にはわからないようになってるよ」

 男の子だもんね、うんうん、わかるわかる。大げさに頷いて肩を叩けば、「くどい!」と振り払われた。

 しまった、やり過ぎたかもしれない。ずんずんと先に行こうとするクラピカに慌てて駆け寄る。

「ごめんごめっぶっ!」

 なんてことだ。前に回って顔を覗こうとすれば、クラピカの手で顔を覆われた。その手を離そうとしたが、強い力で張り付いていて無理だったので、諦めた。

「ごめんってば。怒ってる?」

 深呼吸する音が聞こえたあと、「いいや、そうじゃない」とクラピカが答えた。だったらこの手を退かして欲しいと伝えれば、落ち着くまでもう少し待つよう言われた。落ち着くってなんだ。それからクラピカが三回深く息を吐いたのちに私の視界は解放された。

「名前、あまり私を怒らせないで欲しい」

 こめかみ辺りに手をやって、難しい顔をしたクラピカはため息をついた。やっぱり怒ってたじゃないか、と私は内心口を尖らせたが、今回は私が悪いので素直に頷いた。
 この一件で、クラピカには下らない冗談は言わないようにしようと学んだ。残念ながら、努力義務に留まるが。


2017.8.10

  back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -