この間、わたしが密かに片想いしていた宮城くんに好きなひとがいることが発覚した。この一大スクープはわたしの失恋なんかよりも大きく取り上げるべき話題のため、わたしは自分の恋を一時停止させることにした。悲しむよりも前に、宮城くんの好きなひとを知りたい!
 ヒントを元に推測した結果、保健の先生というところまで突き止めたのにどうやら違うらしい。あの日からずっと考えているけれど宮城くんの言う条件に当てはまる人なんていなくて、わたしはようやくわかった。宮城くん、嘘をついているな?と。
 しかし、宮城くんは「嘘はついとらんど〜」と眉を上げて笑うのでわたしはますます混乱した。一体誰なんだ。宮城くんの好きなひとって。
 
「気になる?」
「そりゃあ……ね?」
 
 最近、宮城くんは朝一番に登校してくることが増えた。わたしより先に来たり、逆にわたしの次に来たり。八時を過ぎるまではクラスの子は誰も来ないから、わたし達は一緒に勉強をしたり――宮城くんはやればできるタイプのようで、一度教えたらそこからすいすいと応用問題を解いていた。さすがだ――、今みたいに他の子に聞かれてはいけない内緒話をしたりしていた。
 
「仲良かったりするの?そのひとと」 
「オレは仲良いと思ってるけどなー。最近は特に」
「えっ!だれ!?」
 
 最近宮城くんと仲良いひと!?とわたし達以外誰もいない教室を見渡していると、「ないしょ〜」と宮城くんは楽しげに眉を上げた。今日も誰かは当てられなさそうだ。
 
「その、わりとイケそうだったりするの……?」
「どうかなー?そればっかりは本人に聞いてみないと」
 
 宮城くんは長い指で器用に鉛筆を回す。どうかな、なんて言うわりには自信ありげで、宮城くんは好きなひとと両想いなのがわかっているみたいな素振りだった。にっと上がった唇がその証拠だ。
 
「本人に言ったりしないの?」
「言うって?告白ってこと?」
 
 告白、という単語が宮城くんの口から出たことにドキリとした。なんとなく、ぼんやりしたイメージで聞いたつもりがそんな的確なことを言われるとは思っていなかったからだ。なんだか照れくさくなって頷くと、「名前、そういうの興味あるんだな」と宮城くんがおかしそうに笑うせいで余計に恥ずかしくなった。
 
「ん〜まだ言わない」 
「まだ?なんで?」
「困らせたくないから?」 
「困るの?」
 
 宮城くんに告白されるのに困る?宮城くんは不思議なことを言う。クラスの女の子のほとんどは宮城くんは「あり」だし、「好き」なのだ。宮城くんだって好きなひとが自分のことを好きだという自信があるみたいなのに。困ることなんてないと思うけれど。
 「今日の名前質問多いなー」と勉強のときとは立場が逆転したことを宮城くんは面白がった。
 
「目立つの得意じゃないみたいだから。困るだろうな」
「あー、なるほど?クラスでそういうふうになったら目立っちゃうね」
 
 うちのクラスにはカップルがいる。登下校で手を繋いでいるところをからかわれたり、班決めのときにからかわれたり、休み時間話しているときにからかわれたり、と二人が近づこうものならみんなして面白がってからかうのだ。彼らは慣れたものなのか、「はいはい」と適当にあしらっているけれど。大人だ。
 宮城くんが誰かと付き合って、それが仮に同じクラスの子だとしたら。今いるカップル以上にからかわれることは目に見えていた。
 
「宮城くん、そのひとのために色々考えてあげてるんだね」
「まあなー。それに鈍いし、まだ早いー」
「……そうなんだ」
 
 好きな子のことを思いやってあげる宮城くんがとても大人に思えた。そうすると一時停止したはずの恋が勝手に再生してしまって、わたしは困った。宮城くん、優しいな。かっこいいなって。そして同時に失恋の痛みがくる。この優しさは好きな子に向けられたものなんだからって。
 
「宮城くん、優しいね」
「そうかー?」
「うん。優しい」
 
 いいな、ずるいな。そんな切ない気持ちが零れそうで、それだけ言って前を向いた。「おっはよー!って、今日もソータおるやし」「なんでオレが早く来たらだめな感じなるー?」八時になってクラスメイトが登校してきたから、この話を切り上げるタイミング的にもちょうどいい。頭に入りそうにもないまま本を開こうとすると、後ろからツンツンと鉛筆で突かれた。
 
「ど、どーしたの」

 動揺して声が上擦ってしまった。落ち込んだ気持ちのまま振り向いた先にいた宮城くんがなんだか嬉しそうだったからだ。
 
「ん〜……元気ないなって」
「……あるよ。ちょー元気」 
 
 ふうんと言った宮城くんは、頬杖をついてどこか大人びた笑みを浮かべる。わたしの気持ちを見透かされているみたいでどきりとして、文庫本を持つ手に変な力が入った。
 
「やっぱり困らせたくなってきたなって」
「え?さっきの話?」 
「うん。どうしたらいいと思う?」
 
 困らせたいって、どうしたらいいって。好きなひとに告白するかどうかってこと?それを相談するということは、わたしはそれなりに宮城くんに信頼されているのかな。それって嬉しいけど、やっぱり悲しい。告白なんてしなきゃいいのに。
 
「……困らすなんてひどいことしたら、嫌われちゃうんじゃない」
「まさかやー。それは困る」
「じゃあ、もう少し待ってあげたら……言うの」
  
 今のは自分でもズルいと思った。アドバイスに見せかけて、宮城くんの告白を先延ばしにした。
 
「うん。そうする」
 
 なのに宮城くんは嬉しそうに笑う。宮城くんは好きだけど、今日の宮城くんはちょっと憎たらしいなって思った。人の気も知らないでさ。恋の一時停止なんて無理だ。だってわたしも宮城くんが好きなのに。手汗で湿った文庫本は今日も全然ページが進まなかった。
 
 
 
 授業と授業の間の十分休み。「さっきのここ教えて」と宮城くんに言われ、振り返って教えていたときのことだった。「そこ、なんか怪しくない?」そう言ったのはわたしの憧れの子だった。
 
「怪しい?オレと名前が?」 
「だって最近話してるとき多くない?朝も二人だけでいるとこ見たってみんな言ってるよ」
「え、あの、勉強教えてるだけだよ?」
 
 彼女の疑いの眼差しに、わたしは蛇に睨まれた蛙、いや、ここは沖縄なのでハブに睨まれた蛙?なんてパニックになった頭でバカなことをぐるぐると考えていた。
 なんでかわからないけれど、わたしと宮城くんの仲が疑われている。確かに前よりは話すようになったけれどそれは勉強だったり、宮城くんの好きなひとの話だったりという理由があるわけで。彼女が疑うようなやましいことは――わたしが宮城くんを好きということ以外は――全くないのに。
 
「ソータ、前まで勉強とかしてなかったよね。それが急にさー、名前が前言ったこと、気にしてんの?」

 わたしが前に言ったこと。内地では勉強ができないとモテないって話のことだ。
 今その話を持ち出さなくてもいいのに、ひどいよ。そんな気持ちで彼女に視線をやれば、それ以上に強い眼差しを向けられた。名前、なしって言ってたのにって、彼女の視線はわたしにそう訴えかけていて思わず下を向いた。ひどいのはわたしだ。みんなに「なし」って言ったくせに。本当は「あり」で「好き」で、ちょっと仲良くなれた今の関係を楽しんでいる。抜け駆けみたいで、ずるい。
 宮城くんはなんて答えるのだろう。それを聞くのが怖くて、宮城くんの机の下からはみ出したかかとが踏まれた上靴を見つめていた。
 
「そりゃ気にするだろ。だってオレ、内地でモテたいー」
「はあ?ふざけないでよ!」
 
 ばん!と大きな音を立てて彼女は机の上に手をついた。その音に驚いて顔をあげる。机に置かれた手の先は今日も可愛く彩られていた。
 ヒートアップしてきた彼女の様子に、クラスの雰囲気が変わるのがわかった。みんなの注目が宮城くんと彼女に集まっている。「なに?けんか?」「先生呼んでくる?」なんて声も聞こえてくる。一方的ではあるけれど、険悪な雰囲気になりつつある二人をわたしは近くにいながらも遠くにいるような感覚で見守っていた。つもりなのに。
 
「あたしが言いたいのは……名前のこと、好きなのってこと!」
 
 急に自分の名前が出てきて、思わず「へぇっ!?」と間抜けな声が漏れた。そのせいなのか、名前が挙がったせいなのかわからないけれど、みんなの視線が一斉にわたしに向く。注目される恥ずかしさで自分の顔が真っ赤に染まっていくのがわかった。
 名前のこと好きなのって。そりゃない。そもそもなんでそうなる。そこに至る経緯はわからないけれど、ないったらない。とにかくない。だって宮城くん、好きなひとがいるのに。もしかしたらこのクラスの子かもしれないのに。このままだと宮城くんが好きなひとに誤解されてしまう。
 「な、な、何言って…、ちがっ」と必死で否定しようにもいきなりの展開と周りの目が怖くて言葉がもつれた上に、「名前は黙ってて!」と睨まれて体が固まってしまった。ハブに睨まれた蛙、リターン。
 
「どうなの。ソータ」
 
 みんなの注目が宮城くんに移った。そしてわたしも宮城くんを見て、小刻みに首を振った。早く否定してって。わたしが否定されるのは覚悟している。大丈夫だから本当のことを言ってって。伝わらないかもしれないけれど、そんな気持ちを込めて。それよりも、変なことになったせいで宮城くんが好きなひとに勘違いされて悲しむほうがいやだ。
 みんな、宮城くんの答えを待っていた。わたしもバクバクと音を立てる心臓で宮城くんの唇が動くのを待った。
 
「なんでそうなる?好きなひとがないちゃーだから名前に相談乗ってもらってただけやし」
 
 宮城くんは笑って、さらっととんでもない暴露をした。一拍の沈黙のあと、クラス中がわっと騒ぎ立つ。
 
「は?えっちょっとなにそれ!」
「ソータ、お前!そんな話オレらも知らんよや!」
「誰!?ないちゃーって名前以外いた!?」
 
 さっきまで怒っていた彼女やわたし達を遠巻きに見ていた子達が一斉に宮城くんの周りに集まりだした。宮城くんは、「え〜?教えてほしい?」なんてわざと勿体ぶった言い方をしてから、みんなが息を飲んで見守る中、「保健の先生」と言った。えー!とみんなが声を揃えるなか、わたしも心のなかで叫んだ。えー!って。だって、違うのに。本当に好きなひとに勘違いされちゃうよって。
 それなのに宮城くんはみんなの尋問にへらへらと笑いながら答えていく。「どこが好きなの?」「大人なとこかな〜?」「いつから?」「覚えてない〜」「喋ったとこ見たことない!」「だって見てるだけやし」「告白しないの?」「そこまで考えてないな〜」みんなは――というか、ほとんど女子だ。女子の大半は宮城くんが「あり」で「好き」なのだから――やきもきして次々と質問を続ける。この中に好きなひとがいるかもしれないのに宮城くんはのらりくらりと当たり障りなく答えていく。わたしは心配でハラハラした。
 
「こんな形でみんなにバラされるのしに恥ずい〜先生には絶対内緒な!」

 まだこの話を続けたい子達を散らばせるかのようにチャイムが鳴った。みんな文句を言いながら席について、先生が入ってくる。
 わたしは興奮と緊張と動揺をミックスした気持ちで席に座っていた。宮城くん、いいの?そう聞きたいのに後ろを向けない。そんなとき、ツンツンと背中を突かれた。宮城くんだ。先生にバレないように少しだけ顔を逸らして振り返ると、宮城くんが「ん」と何か渡してきた。それを受け取って前に向き直してそっと手のひらを開けた。ノートの切れ端だった。
 
――さっきのうそだから

 急いで書いたのか、いつもの宮城くんの力強い字でなぐり書きされていた。嘘なことくらい、わたしは知っているのに。筆箱の中からメモ帳を取り出して返事を書いた。
 
――知ってるよ。でも、あれじゃ好きなひとにかんちがいされちゃうよ

 四つ折りにしたあと、ちょうど配られたプリントに紛れて宮城くんに渡した。返事はすぐに返ってきた。
 
――それはだいじょーぶだったみたい
 
 わたしの渡したメモの続きに書かれたメッセージは最後にピースマークがついていた。わたしは首を傾げる。大丈夫だったみたい?まるで今さっき誤解が解けたみたいな言い方だ。「変なの」わたしの呟きが聞こえたのか、後ろで宮城くんの笑い声がした。

 
 
2023.3.4

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