沖縄に来て小さい台風は何度か経験したけれど今回のような大きなものは初めてだった。地面を叩きつける雨音と家を吹き飛ばす勢いで吹く風に身を縮こませると、「しにあふぁってる」とリョータにバカにされた。
 
「こら、リョータ!名前ちゃん、ごめんね」
「いえいえ!こちらこそ、急にお邪魔しちゃってすみません……」
 
 予報より遥かに早く来た台風のせいで、お父さんもお母さんも家に帰ってこれずそれぞれの職場で避難する羽目になった。中学生とはいえ、台風の中子供を一人で家に置いておくのは危険だから、と私は宮城家に避難させてもらうことになった。
 いつも以上に大きい雨や風の音に私はいちいち驚くのだけれど、ソータ達は慣れたものなのか平然と部屋で過ごしていて、「これが地元民との差か…」と実感させられた。
 おばさんの前で猫を被る私が面白いのか、ソータとリョータはことあるごとに私をからかった。「名前今日元気ないな?どうした?」「いっつもしにあびってるくせに今日は静かだな?」と似たような顔が大小並んでニヤニヤするものだから、私はおばさんが見ていない隙を見て言い返していた。
 夕食を終え、私は遠慮するおばさんから皿洗いをする権利を勝ち取った。世話になるからには礼儀を尽くさなければならないので。スポンジに洗剤をつけて皿を洗っていると、足元にアンナちゃんが縋りついてきた。私を見上げる目はキラキラとした期待に満ちている。
 
「名前ちゃんそれ終わったらお風呂一緒に入ろ!」
「もう、アンナ何言ってるの」
「いやいや、いいですよ。これくらい。お邪魔させてもらってるので。アンナちゃん、一緒に入ろっか」
「名前ちゃん本当にいいの?悪いわねぇ」
「お安い御用です!」
「じゃあお風呂洗ってくるわね」
 
 おばさんは席を立ってお風呂場へ向かった。
 
「やったー!」
 
 大喜びのアンナちゃんはそのままリビングにかけていくと、ゲームに熱中していた兄弟に飛び付いた。「ああっ!」というリョータの悲痛な声。今回もデータが飛んでしまったようだ。
 
「みんなでお風呂入ろうね!」 
「……はあ?!」
「……アンナ、入るんならどっちかとだけな」
「四人で入るのっ」
「いや、さすがにそれは無理だ〜」
「なんで?」
「名前は女だろ!無理に決まってんやし!」
「なんで?アンナも女の子やし!」
「アンナと名前は違うだろ」
「なんで!違うくないもん!」
 
 アンナちゃんのなんで口撃に苦戦する兄弟。我関せずを決め込み皿洗いに徹していた私はソータから「名前からも言ってやって〜」と情けない声を掛けられた。三兄弟の中で一番口が立つのはアンナちゃんのようだ。
 
「女の子は大きくなったら男の子とは一緒に入らないんだよ」
「なんで?」
「そういう決まりなの」
「誰が決めたの?なんで?」
「ええーっと……ソータ、パス」
 
 そして参戦したばかりの私も早くもなんで口撃に負けた。パスを受けたソータは「パスしに早い」とため息をつく。口論の輪から外れてまたゲーム画面に視線を移したリョータは「にりー」と苦々しく呟いた。
 
「アンナは家族だろ?けど名前は家族じゃないから一緒に入らない」
「なんで!」
「なんでも」
「じゃあ名前ちゃん家族にしてよ!ソーちゃんと結婚して!」
「なんでそうなる〜」
「みんなで入りたいのっ!」
 
 ループである。とうとうアンナちゃんは癇癪を起こし始めた。「どうしたの?」泣き声を聞きつけたおばさんが宥めてくれ、なんとか泣き止んだアンナちゃんはぶすっとした顔のまま私とお風呂に入り、「みんなで入りたかった。ソーちゃんと名前ちゃん結婚して」と風呂上がりまで恨みがましく言い続けていた。
 
 午後九時をまわり、アンナちゃんの就寝時間が近付いていた。おばさんがアンナちゃんを寝かしつけようと寝室へ向かおうとすると、「みんなで一緒に寝る!」が始まった。今日はとことん我儘を言いたい日らしい。
 お風呂に比べたら雑魚寝するくらいまあいいかと思って頷いた私をソータとリョータは揃って「えっ!」と目を丸くした。「絶対無理!」と即座にリョータが顔を真っ赤にして拒否をして、またアンナちゃんのなんで口撃が始まった。そして、最終的に折れたのはソータだった。
 というのも、半泣きになりながら嫌がるリョータ――いくら犬猿の仲とはいえ、ここまで拒否されたのは結構傷ついた――、またもや癇癪を起こしかけたアンナちゃん――「いい加減にしなさい!」とおばさんに怒られて更にヒートアップしていた――の二人に挟まれたソータがため息をついて、「オレはアンナと名前、リョータは母ちゃんと寝る。それでいいな?」となんとか決着がついたのである。
 
「……もしかしてもう寝た?」
「……寝てるな。あんだけギャーギャー言ってたから疲れたんだろ」
 
 畳の部屋に布団を二枚敷いて三人で川の字で寝転んだところ、はしゃいでいたアンナちゃんは五分も経たないうちに寝入っていた。気持ちよさそうにすーすーと鼻息を立てる姿に、さっきまでの争いはなんだったんだと思う。
 静かになった部屋ではガタガタと揺れる窓と強い雨が地面を打ち付ける音が低く響く。騒がしくしていたせいで台風のことをすっかり忘れていた。
 
「今回の台風大きいんだよね?家壊れたりしない?」
「なに。怖いんだな?」
「そんなんじゃないけど」
 
 アンナちゃんを隔てた向こうでソータは笑うとそうっと起き上がった。衣擦れの音がする。
 
「起きるの?」
「まだ十時ー。寝れんよや」

 立ち上がったソータは薄暗がりの中慣れた足取りで部屋を出ていった。テレビでも観に行くのだろうか。私も行こうかな、と上半身だけ起き上がったけれどわざわざ立って歩くのは面倒だった。ぼーっとしながらアンナちゃんのぷっくりした頬を突いていると、「ひゃっ!」首筋に冷たい何かが当てられ思わず悲鳴が飛び出た。振り向くと声を押し殺して笑うソータがいた。やられた。
 
「……普通に声かけてくんない」
「すまん。ほら」
 
 笑いながら渡された棒アイス。暗くて薄グレーにしか見えなくて、味の予想がつかない。
 
「何味?」
「電気つけずに取ったからわからん。多分イチゴかスイカ?」
 
 そう言ってソータは私の隣に座ると、自分のアイスの袋を開けた。アイスを咥えると空になった袋をゴミ箱に放る。私も同じように袋を開けて、空になった袋をゴミ箱目掛けて投げたら外れた。ソータに「外れだな」と笑われ、私は渋々布団から出て袋をゴミ箱に捨て直した。
 
「そういえばさ、明日あんたとリョータ誕生日なんだって?」
「おー。アンナ?」
「うん。お風呂で聞いた。同じ日ってすごいね、聞いたことないや」

 「いいだろ〜」とソータは自慢げだ。私からしたら生意気で仕方ないリョータだけれど、ソータにとっては可愛い弟なのだろう。全く、いい兄貴である。
  
「小六の誕生日ってことはさ、あんたまだ十一だったの?」
「あと二時間くらいはそうだなー」 
「ガキじゃん」

 しゃく、とアイスを齧った。匂いはしなかった。色も味もわからないまま食べるアイスでわかるのは冷たさと甘さだけ。色や匂いがわからなきゃ人間はイチゴ味とスイカ味のアイスの違いがわからないみたいだ。
 
「何歳ならガキじゃない?」
「え?そりゃあ……高校生とか?」
「なら名前もガキってことやし」
「……わたしは中学生だし。あんたよりは大人なの」
「てーげーだな」
「てーげーってなに」
「適当ってこと」  
 
 しゃく、しゃく。どん、ばん、びゅー。アイスの咀嚼音と台風の音が部屋に響く。薄暗いなか、ソータの表情はよく見えない。けれど、なんだかいつものソータじゃない気がした。
 
「怒ってんの?」
「べつに」
「怒ってんじゃん」
「そうじゃない」
 
 しばらく、ソータは黙ってアイスを食べていた。食べ終わると棒の部分をさっきのようにゴミ箱に投げ入れる。ナイスシュート、と心のなかでふざけてみたけれど、今の空気の中それを口に出す勇気はなかった。
 明日誕生日を迎える男の子にガキだガキだと言い過ぎたかもしれない。いや、でもそうでもして言い聞かせておかなければならない気がしたのだ。自分にも、ソータにも。
 ソータがじっと私を見た。アイスを食べ進めていた手をソータが捕まえる。この前の手を繋いだことが過った。「ちょっと」なにすんの、と言いかけた言葉が出てこない。ソータは気怠げな目を静かに伏せた。あ、くる。避けなければならないと思ったのに、私の体は動かなかった。
 重なった唇は冷たかった。それなのに、熱い。体中がざわざわした。
 
「二つしか変わらんよや」

 二つしか、じゃない。二つも変わる。小学六年生と中学二年生。一つ学年が上がって、中学一年生と中学三年生。そのまた一つ上がって、中学二年生と高校一年生。ほら、なんだかとってもやな並び。
 唇が震えた。拒否できなかった。嫌じゃなかった自分がいたのに気付いたから。ガキでいてくれなきゃ、友達でいてくれなきゃ困るのに。
 
「……友達はこんなことしない」
「オレ、名前と友達はいやだ」
「いやって、そんなこと……」
 
 言われても、と言った私の声は消え入りそうだった。ボタ、と落ちたアイスの行方を追うように視線を落とす。アイスの味はやっぱり最後までわからなかった。
 
 
 
 八月の沖縄は観光のハイシーズンを迎え、観光客が今まで以上に増えた。あちこちを歩く観光客の姿に外に出るのが億劫になっていた私は今日も今日とて引きこもりを決め込んだ。というのは建前で、外に出たら嫌でもお隣さんに出会う可能性があるからだ。厳密に言えば、ソータに。
 だから今日も石垣より向こうには出ず、縁側に腰掛け夏休みの課題に励む。美術の課題である「夏休みの思い出」を庭に咲いたハイビスカスで済ませるためだ。このハイビスカス達に思い入れなんてこれっぽっちもないけれど、後から適当に物語を作ればいい。やる気のかけらもないまま画用紙に鉛筆を走らせる。
 
「名前ー。ひま?」

 私はソータに会わないように生活をしていた。そのために石垣の向こうには出ないようにしていたのに、ひょろっと伸びたソータの背の高さでは石垣より上に顔が出て、簡単に私を見つけた。
 私は「ひまじゃない。課題してんの」と突っぱねて必死で手を動かした。どんな顔をすればいいのかわからなかった。それなのに、ソータは「入るぞー」と言うと家主の許可もなく石垣を越えて庭に入ってくると、勝手に縁側に腰掛けた。
 
「美術?なに描いてんの」
「……そこのハイビスカス」
「テーマなに?」

 ん、と課題の書かれたプリントを見せた。ソータはそれを目で追うと、「夏休みの思い出?」と少し笑う。
 
「この花になんの思い出もなさそうだけどな」       
 
 どうしてソータは普通でいられるのだろうと思ったのは今ので三回目だ。一回目はあの日だった。私にキスをしたソータは落ちたアイスに気付くと「染み作ったら母ちゃんに怒られるな」とそれまでの空気などなかったかのように緩く笑ったのだ。その後、私は気が抜けたまま布団に入って、朝になって眠ったのか眠ってないのかわからない状態で起きた。みんなで食卓を囲んで朝ごはんを食べているときに「ソーちゃんリョーちゃんお誕生日おめでとう」と言われたときだってソータはいつも通りで、私は昨日のことは夢だったのだと思った。けれど、ゴミ箱にあったアイスの棒を見つけて「名前とソーちゃんのいんちき!イチゴのあれしかなかったのに!」と誕生日の朝からぷりぷり怒るリョータを見て、夢ではなかったのだと悟った。そして、すまんと謝ったソータがあまりにも普段通りで、私は思ったのだ。どうしてソータは普通でいられるのだろうって。それが二回目だった。
 
「……なにしに来たの。私、見ての通り忙しいんですけど」
「ん〜会いたいなって思ったから?」
「は……?」
 
 無理やり動かしていた手が止まる。何しに来たの。会いたいなって思ったから。なにそれ。キスをして友達はいやだと言った相手にそれを言う?小学生が?「手ぇ止まってんど」ソータが笑う。平気な顔をして。
 
「……あのさ、あんた何がしたいの」
「何がって?」
「だからっこないだ……!人のことからかってんの?」
「からかってない」
「じゃ、じゃあなんでキスしたの!初めてだったのに!」

 思わず立ち上がって座ったままのソータを見下ろす。頭に血が上っているのか、それとも羞恥のせいなのかわからないけれど、体が熱い。私を見上げたソータは珍しく拗ねたように唇を尖らせた。
 
「オレが今ここで好きって言ったら名前は付き合ってくれんの?」
「は、はあ?なに、それ。意味わかんない。答えになってないし。ていうか、付き合うわけないじゃん……あんた、小学生だし」
「だからよー」
「なに」
「付き合ってくれる歳までに男として見てもらおうと思って」
 
 中一だろ、中二、中三、とソータは指を立てていく。高一、と四本目を立てたところで、「四年後、オレと付き合って」と私の手を掴んだ。
 
「高校生ならガキじゃないんだったよな」
「……そんなこと言ってないけど」
「言った」

 小学六年生と中学二年生。だめ。小学生と付き合うなんて、ありえない。
 中学一年生と中学三年生。ついこの前まで小学生だったガキと付き合うなんて、なしなし。
 中学二年生と高校一年生。中学三年生と高校二年生。高校生にとって中学生なんてまだまだガキだ。
 高校一年生と高校三年生。この前まで中学生だったというのは少し引っ掛かるけれど、高校生同士なら悪くはない、はず。
 
「名前の言ったこと、オレはちゃんと覚えてる」
 
 むずむずする唇の端を見られまいと顔を逸らした。それなのに、ソータは立ち上がって私の顔を覗いた。目が合うと嬉しそうに笑う。
 
「かわいいな」 
 
 年上を口説こうとするな、ばか。小学生のくせに。睨みつけると、くい、と手を引かれた。「わっ」バランスを崩した私をソータが抱きとめる。まだ成長途中の薄くて、私よりは広い背中。
 
「四年後のオレは沖縄代表だからな。今よりいい男になってんど」
 
 どこからその自信がでてくるのだろうと言ってやりたいけれど、私はそれを否定する材料を持っていない。だって、ソータは今でも十分いい男なのだから。意識なんてとっくにしてる。年上という、私のプライドが関係を進める障害になっているだけだ。悔しいから、まだ絶対に言わないけれど。
 
「……特別に、予約しといてあげてもいい」 
 
 うん、とソータが抱きしめる力を強めた。私も腕を回しそうになって、寸でのところでやめた。私からそれができるのは四年後のはずだ。
 すでに惹かれ始めている自分を制して、四年後までソータの成長を待つことができるだろうか。私は自分に問いかけた。
 
「夏の思い出、ハイビスカスじゃなくてオレを描いたら?」
「……なにその自信。別に四年後オッケーするとは言ってないから」
 
 「素直じゃないな」肩口でソータが笑う。どうしてこんなに普通でいられるのだろう。私の心臓はひと夏ですら、越えられる自信がないのに。
 
 
 
 夏休みが明け、新学期が始まった。校庭では校長が誰も聞いていない長い話をし続けていた。海難事故に気を付けましょうとか、そんな話で思わず笑ってしまった。今更気を付けてもどうしようもないよなって。
 八月、私とソータが会った次の日のことだった。海釣りに出掛けた船長と三人の子供達が行方不明になった。転覆寸前に出された救難信号を頼りに救助船が向かったけれど、そこには何もなかったという。船が沈んでしまったあとだった。きっとなんとか生きているとみんなで奇跡を信じたかったけれど、事故発生時より四日が経って船長の遺体が上がった。次の日には子供の遺体が上がり、そのまた次の日にも子供の遺体が。けれど、何日経っても最後の一人の子供だけは見つからなかった。体どころか服だって靴だって釣り竿だって見つからなかった。ソータだけは海に攫われたまま帰ってこれなかった。
 
 始業式の帰り、私はまっすぐ海に向かった。砂浜に使用感が出てきた通学カバンを投げ捨てた。壊れてしまえと思ったのに、きっちり閉めていたせいか中身すら飛び出さなかった。道路側を見上げても誰も声を掛けてくれなかった。
 砂浜で形のいい巻き貝を拾った。じょーとーだと褒めてくれる人はいない。投げ捨ててやろうと腕を上げて、虚しくなってやめた。その場で座り込んで、目の前の海を見た。どうしてこんなに青いんだろう。綺麗なんだろう。広いんだろう。遠いんだろう。深いんだろう。恋しいんだろう。目眩がして、顔を伏せた。
 
「はやく帰ってきてよ」
 
 ソータが帰ってこない。泣きじゃくるアンナちゃんを慰めるためにアンナちゃんのおばあちゃんが嘘をついた。「ソータは泳ぎが得意だったからね。遠い島まで泳いでいって元気に暮らしてるのかもよ」って。「ほんと?」半信半疑で訊ねるアンナちゃんに私は頷いた。「そのうち帰ってくるよ」って。私もそう思いたかった。
 ソータは泳ぐのが得意だった。着衣泳だってできた。けれど、こんな大きな海の前じゃちっぽけだ。大きな波がきたら、簡単に飲み込まれる。
 
「帰ってきて」
 
 なにもお父さんと同じ海で迷子になることないじゃない。リョータが毎日秘密基地に登っているよ。きっと泣いている。お兄ちゃんが慰めてやらなくてどうするの。アンナちゃんが毎日帰りを待ってるよ、私を嘘つきにしないで。お父さんが亡くなったとき、立つのもままならなかったお母さんを支えてあげるのはあんたの役目なんじゃないの。おばさん、日に日に痩せていっているよ。どうしていなくなったの。どうして戻ってきてくれないの。
 
「……お願い、帰ってきて」 
 
 ここで泣いてる私を見つけてくれたのはソータなのに、なんでもう見つけてくれないの。家まで連れて帰ってくれないの。これからも私はずっと沖縄にいるって言ったのに、なんで隣にソータはいないの。
 四年後なんて待たなきゃ良かった。こんなに早くいなくなるなんて知らなかった。あの日、あのとき。私も好きだと、素直になって伝えるだけで良かったのに。くだらないプライドなんて捨ててしまえば良かった。小学生だからとフィルターをかけていたのは他でもない私。たった二つしか変わらないとソータは言っていたのに。
 四年後どころか、たったひと夏ですら一緒に過ごしてくれなかった。みんなを置いて消えちゃわないで。好きだと言わせてよ。あの間延びした呑気な声でもう一度私の名前を呼んで。
 波は寄せては返っていくのに、私の後悔は押し寄せるだけ。
 
「……帰ってきてよ、ソータ」
 
 沖縄の海が嫌い。私の特別を丸ごと攫っていって返してくれないから。
 私の隣にいない、宮城ソータが嫌い。大好きだから、大嫌い。
 巻き貝に耳を当てる。海の音なんて聞こえなくて、ただ私が生きている音だけがした。
 もう今更、全部どうしようもなかった。
 
 
 
2023.2.25

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