※映画のキャラです
※全四話です
 
 
 
「よし!沖縄に住もう!」
 
 三月下旬、リストラを契機にお父さんが突然はっちゃけた。縁もゆかりもなにもない土地に、「昔から住んでみたかったんだ!」「会社勤めなんてしなくても、魚を採って生きていけるさ!」とリストラによるショックでハイになったお父さんは次の日には住んでいた分譲マンションを売っぱらってしまった。「沖縄ドリームを掴みにレッツゴー!」なんて瞳を輝かせているお父さんに、私とお母さんは青ざめた顔で飛行機に乗るしかできなかった。
 始まったばかりの沖縄暮らしは最悪の連続だった。まず、気候が嫌いだ。春だというのに暑すぎる。虫も嫌いだ。もう蚊が飛んでいた。有り得ない。食も合わない。さんぴん茶もゴーヤもラフテーも嫌いだ。田舎すぎるところも嫌いだ。中心部である那覇市ならまだしも、私が移り住んだのはもっと外れの場所だ。電車はないし、バスだって滅多にこない。車がないとどこにも移動できないのに、私の移動出来る範囲にお洒落なショップやカフェなんてない。そしてなにより、人が嫌いだ。各学年一クラスしかない過疎っぷりが嫌いだ。私に許可無く「名前〜」と呼び捨てしてくる人懐っこさが嫌いだ。独自の方言を話すところが嫌いだ。
 周りの人達は私のことを「ないちゃー」と呼んだ。ないちゃー。内地の子。悪意なく呼んでいるのはわかっていたけれど、足元で線を引かれたみたいだった。余所者。疎外感。こっちだって島の子なんて田舎者、仲良くするつもりはない。だから、別にいいのだ。
 
 新しい家は海のそばだった。「海の近くだからいつでも泳ぎに出れるぞ!」と沖縄感ありありの平屋にお父さんは喜んだけれど、私は前の分譲マンションの方が良かった。私のいるべき場所はここじゃないのだから。
 白い砂浜に真新しい通学カバンを放り投げた。中学入学を機に去年買った校名入りの通学カバンは、必要がないからと引っ越しに伴い制服と一緒に捨てた。一年間かけて仲良くなった友達とはまともに挨拶できず離れた。
 砂が舞う中、座り込んで膝を抱える。目の前に広がる眩しい水色の海が嫌いだ。日差しが強くて目が痛くなるから。私は海のない元の場所がいい。
 
「……帰りたい」
 
 帰りたい。帰りたい。言霊になればいいと願いながら繰り返す。帰りたい。「帰りたいっ!」海に反射する太陽の光が眩しくて腕で目元を隠した。買ったばかりのカッターシャツが濡れる。熱が籠もった体から汗が吹き出して、首筋を垂れる。気候が暑いせいだ。
 帰りたい、帰りたい。駄々をこねる子供のように言い続けた。叫びのような声になって、喉が枯れ始めた。そんなとき、砂を踏む音がして、わたしの隣に誰かが立った。
 
「大丈夫か〜?」

 上から降ってきたのは、こっちの人らしい訛りに、間延びした呑気な声だった。既に濡れきっていたシャツで瞼を擦る。皮膚がヒリヒリと傷んだ。
 声の主を見上げる。そこにいたのは同じ年くらいの少年だった。
 
「誰?」
「オレ?宮城ソータ。あんたは名前だったよな?」

 初対面のはずの少年から自分の名前が出てきて、私は顔を歪めた。こっちの人達の馴れ馴れしさが嫌いだ。よっと、と許可を取ることもせず隣に座った少年を睨みつける。生意気そうな眉毛と気怠そうな目元。ヤンキーかぶれのような片側を剃り込んだ髪型。こんな顔、クラスにはいなかった気がする。
 
「なんで私のこと知ってんの」
「なんでって、隣の家やし」
 
 隣の家だって?私はまじまじと少年を見た。全く覚えがない。というのも、隣の家に挨拶に連れて行かれた時、嫌すぎてずっと下を向いていたからだ。それに、登下校時に聞こえてくる子供達のはしゃぐ声に毎日イライラしながら早足で通り過ぎるようにしていた。あのはしゃぎ声のうちの一人だとでも言うのか。
 
「迷子なら一緒に帰るか?」
 
 さっきまでの声を聞いていたのか。そういえば第一声も私を心配するものだった。そりゃそうか。叫んでいたのだから。
 
「結構です。一人で帰れるんで」 
 
 あんな醜態を目撃されることになるとは。羞恥心に襲われ、堪らなくなって立ち上がった。スカートが揺れると、「うお」と座ったままの少年が顔を逸らす。その様子に不快感を覚えながらスカートについた砂を払った。
 通学カバンを拾い上げて歩き始めた私の後ろから砂を踏む音がする。
  
「ついてこないで」
「オレ、隣の家〜」
「一緒に帰る必要ないでしょ」
「なんでよ。同じ方向やし」
 
 一緒に帰る理由になっていない。腹が立って早歩きをした。引き離せただろうか、と振り返ってみると少し離れたところにいる少年は緩やかに笑って私に手を振ると、すぐに私の隣まで追いついてきた。

「……いや、なんで横に来るの」
「名前が呼んだから?」
「呼んでません。ていうか、勝手に名前呼ばないで」
「なんで?」
「仲良くない人に呼び捨てされんの嫌いだから」 
 
 隣で笑い声が聞こえる。私が怒っているのがおかしいらしい。
 
「なにがおかしいの?」
「そんなわじわじしとったら友達出来んど」
「は?わじ……?はあ?あんたに関係ないでしょっ!」
 
 言葉の意味も、隣で笑う存在も意味が分からなかった。結局、この失礼な少年は家までついてくると、「オレの家、こっち」と石垣に囲まれた家を指差した。「宮城」と彫られた表札。本当に隣の家の人間だったらしい。
 
「名前ー、またや〜」

 謎の言葉を残して自分の家に入って行った少年の後ろ姿を私は眉を寄せて細目で見つめていた。人懐っこいを通り越して、もはや厚かましい。
 沖縄には嫌いなものが山ほどある。暑すぎる気候、独特な風味のする食べ物、田舎、人懐っこい人たち、聞き取れない方言。そして今日、それは更新された。宮城ソータ。今一番嫌いなひと。
 
「……帰りたい」
 
 最悪な沖縄暮らしはまだ始まったばかりだ。
 


 翌朝、「こっちではこういうの食べるみたい」と早くも沖縄かぶれてきたお母さんがポーク卵とかいう厚切りハムと卵焼きのようなものを朝食に出してきた。感想が気になるのか私が箸をつける様子を見守るお母さん。一口食べて、私はすぐにお茶を飲んだ。沖縄に来てから我が家のお茶は番茶からさんぴん茶が定番となってしまったので口直しにはならなかったけれど。
 
「味濃いし変な臭いする。ベーコンの方がいい」
「実はお母さんもあんまり得意じゃないのよねえ」
「じゃあ作らないでよ」
「けどお父さんがどうしても食べたいって言うから……それに、そのうち慣れると思うのよ」
 
 お母さんはお父さんに甘い。沖縄に来てから好き勝手に生き、今朝も日が昇らないうちから釣りに出ているお父さんに対して怒ることもせず、「お父さん、今までお仕事頑張ってくれてたから」と先週からリゾートホテルで働き始める献身っぷりだ。
 これが若い夫婦ならわかるが、中二という多感な時期の娘を養っている大人がすることだろうか。養ってもらっている身で言うことではないだろうけれど、馬鹿だなと思う。思春期の娘のことを考えずに好き勝手に生きる、お父さんもお母さんも大馬鹿者だ。
 卵とご飯と味噌汁――味噌汁の中にまでポークが入っていて、意味が分からなかった。もちろん、避けて飲んだ――だけを食べて家を出た。駆け足のせいで通学カバンが大きく揺れる。いつもより食べるのに時間がかかったから出発時間をオーバーしてしまった。
 
「ソーちゃん!学校終わったら1on1やろぉ!」
「だーめ!ソーちゃん帰ったらお店屋さんごっこするのよ!」
 
 朝からうるさい隣の家。キンキンと響く子供の声に耳を塞ぎたくなる。早足で過ぎ去るなか、「喧嘩すんならどっちもせんど〜」と仲裁に入る呑気な声が耳に届く。昨日のあいつだ。宮城ソータ。
 きっと同じ中学だろうにまだ家にいるなんて遅刻確定だ。うちなータイムってやつなのだろうが、あまりにも適当すぎやしないか。沖縄を体現したような奴め。呆れながら、私は宮城家の表札前を駆け抜けた。
 
 今日は初めて回ってきた日直だった。黒板を消しながら、いないのはわかっていたのになんとなしにクラス中を見渡した。日誌を持って職員室に行くまでの廊下から、他学年のクラスを覗いた。

「そろそろ慣れてきたかぁ?」
 
 職員室では馴れ馴れしい担任に適当な相槌をうった。「まあ、はい」そりゃ良かったと喜ぶ担任のデスクの上は小汚く、重要そうな書類やコーヒー、チョコレートの包み紙等が無造作に置かれている。学年ごとのクラス名簿も置かれていた。担任が他の教師に呼ばれ、席を立った間に、名簿を盗み見た。各学年一クラスしかなかったから、たった三枚しかなく、すぐに目を通すことができた。苗字しか漢字はわからない。けれど、それらしい名前がない。
 今朝、学校に来てから違和感がずっとあった。しかし、その正体が分からずにいた。けれど、今ここではっきりわかった。
 
「先生、この学校に宮城ソータっています?ひょろっとしてて、背はこれくらいの……」
 
 席に戻ってきた担任は飲みかけのコーヒーをだらしなく立って飲みながら、「宮城ならいくらでもおるが。ソータぁ?」と言って頭を捻った。それが答えだった。
 いないのだ、この中学校に。
 何がって宮城ソータが。
 
 この過疎地に中学校は何校もないはずだ。そして、私の住んでいる家から通えるのは今の中学校だけだ。となると、隣の家もそうだろう。ちょうどそこで校区が切り替わっていたのなら別だけれど。
 ならあいつは一体なんなんだ。まさか不登校なのか?いや、あんな呑気で馴れ馴れしい態度をとっていながらそれはないか。答えの出ない問題に腕を組む。家に向かって歩いていたはずなのに、なぜだか今日も嫌いなはずの海にいた。
 
「なんで私があいつのこと考えなきゃいけないんだよっ!」
 
 無性にむしゃくしゃして、通学カバンを放り投げた。砂が舞って、目に入って痛い。きちんと閉まっていなかったのか中から教科書や筆箱が飛び出して、私の苛立ちを加速させるだけだった。「あーもう!」イライラしながら拾い集める。筆箱についたストラップが去年友達とお揃いで買ったもので、虚しくなった。
 
「カバン壊れんど〜」
 
 道路側からの呼びかけは私に向けられたものだった。気の抜ける声に振り返ると、宮城ソータが「おーい」と手を振っていた。その姿に違和感を覚える。私服だ。それに、ランドセルを背負っている。ランドセルだって?
 
「……は?あんた小学生なのっ!?」
「おー、六年!言ってなかった?」

 聞いてない。初出の情報だ。
 
「……年下じゃんっ!」
 
 急に裏切られた気になった。背の高さや話しぶりから、同じ年頃の中学生だろうという前提で昨日は話していたのに。まさか年下とは。泣き顔を見られ、イライラをぶつけた相手が小学生だなんて。
 
「二つしか変わらんよや」
「小学生と中学生は全然違うっての!ガキにはわかんないだろうけどっ!」
「名前しに口悪い」 
「呼び捨てしないでってば!」

 道路側からここまで傾斜があるから私は見下ろされていた。浜の上、道路側から宮城ソータが笑う。「まーだそれ言う?」年下のくせにそれを感じさせない態度なのが気に食わない。
 
「つーか、呼び捨てもそうだけど。敬語つかってよね!」 
 
 腹が立っていると同時に、段々自分が情けなくなってきた。相手は年下、しかも小学生だ。ここまでキツく当たるなんて大人げない。
 んー、と頭をかいた宮城ソータは道路側から降りると、こちらに向かって歩いてきた。小学生のわりに高い背に、ランドセルが全く似合わない。
 
「……なに?」
「なにって。話し相手欲しいんかなって」 
「はあ!?頼んでないし!」
「だって名前、友達いないだろ。寂しいんだな」
 
 勝手なことを言うな。そう言ってやりたかったのに私の口ははくはくと空気を食べるだけで言葉にならなかった。
 友達ならいる。沖縄にくる、ついこの前まで。こっちで友達がいないのはそれを望んでいないからだ。悪意なく「ないちゃー」と私を呼ぶ、田舎の子と仲良くしたくないからだ。私のことを考えない両親を恨んだり憎んだりすることはあっても、寂しいなんて思ったことはない。これっぽっちも!私は一人が好きなのだ!
 
「オレと友達なるかー」
 
 へら、と笑う背の高い小学生を睨みつける。
 友達だって?年上にとる態度じゃないだろう。舐めたことを言うな。そう言ってやろうとしたがやめた。
 
「……そっちがどーしてもって言うなら?特別に?なってやらないこともないけど!」
 
 ふん、と鼻を鳴らす。
 私は二つ上の中学生で、彼よりうんと大人なのである。大人は、時として自分の感情と違うことでも受け入れなければならない。失礼な態度をとる小学生に腹が立ったとしても、大人として飲み込まなければならないのだ。決して、小学生でもいいから友達が欲しいだなんていう情けない理由ではない。
 宮城ソータはきょとんとしたあと、腹を抱えて笑いだした。じわじわ羞恥が込み上げる。
 
「笑うなっ!こ、このっ!ばかっ!」

 いつまでも笑い続ける宮城ソータ相手に「アホ面!笑うな!」と小学生並みの悪口しか出てこなかった。大人の威厳なんてすっかり消えていた。
 
「名前、リョータみたいだな」
 
 リョータって誰だよ。むっと口を尖らせると何がツボに入ったのか宮城ソータはまた笑い始めた。
 
 
 
「名前ちゃんあーそーぼー」
 
 私はあのとき、選択肢を間違ったのではなかろうか。ゴールデンウイークに石垣を勝手に突破して家へ入ってくる幼女を前にそう思った。鍵を掛け忘れたのはきっとお父さんだろう。
 
「名前ちゃん忙しいから遊べなーい」
「マンガみてるのに?」
「これはね、アンナちゃん。高度な大人の駆け引きについてお勉強してるの」
「おもしろい?」
 
 寝転がって漫画を読んでいたら、しゃがみ込んだアンナちゃんが中身を覗き込もうとするので閉じた。幼児教育的にはよろしくない際どいシーンだったので。

「お母さんとお父さんは?」
「おばぁとこ行ったー!名前ちゃん貝殻拾いに行くって約束したやし。行こぉ」
「えっ……約束した?うそ?いつ?」
「きのう」
「昨日?アンナちゃんと会ってなくない?」
「ソーちゃんがさっきそう言ってた」
「……ソータどこ」
「こっち!」 
  
 アンナちゃんに手を引かれながら思う。やっぱり間違っていたのだ。あのときの私はどうかしていたのだ、と。
 あの日、海で大笑いされたあと、なんだかんだ揃って家に帰ると「ねーねー、ソーちゃんと友達なの?」と石垣の前で瞳をキラキラさせた幼女に絡まれた。これがアンナちゃんだった。「妹のアンナ。名前に憧れてんだ」と言ったソータ――私ばかり呼び捨てにされるのは癪なので私も呼び捨てしてやることにした――に私は引きつった笑いを寄越した気がする。ちびっ子は苦手なのだ。そんな私の気持ちなんて知らず、友達の妹というカードを得たアンナちゃんはぐいぐい私のテリトリーに入り込んでくるようになった。流石の私もちびっ子を無碍に扱うなんて酷いことはできず……今に至るのである。
 アンナちゃんに連れられたのは家のすぐ向かいにあるバスケコートだった。到着前から聞こえていたボールの弾む音と二人分の声が近付くにつれ大きくなる。人に妹を押し付けておきながら自分はバスケに励んでますってか。
  
「ソータ!あんたアンナちゃんに適当なこと言うな!」
 
 ボールをつく音が止む。「すまんすまん」と言ったくせに、ソータは大して申し訳なくなさそうに笑った。
 
「もう少しやったらオレらも行くよ」
「もう少し?今すぐの間違いでしょ!そもそもなんであんたら兄弟の遊びに私を組み込んでんの!」
「名前うっさい。オレらの邪魔すんな」
「はあ?リョータは黙ってて!」
「へっ。そんなあびってっとすぐおばぁになんど」
「あび?は?喧嘩売ってんの?」
 
 アンナちゃんを紹介されたとき、石垣の裏から覗うように立っていた少年を「あっちは弟のリョータ」とソータは言った。この少年と自分のどこが似ているというのだ。軽く会釈したら、ふいと視線を逸らされた。「しに人見知り」とソータは笑って、「名前と似てるだろ?」と続けたので「似てない!」と私とリョータは図らずしも声を合わせてしまい、ソータはそういうとことでも言いたげな顔をしていた。それ以来、私とリョータはぶつかることが多く、今では犬猿の仲だ。

「名前ちゃん、アンナいや?怒った?」
 
 私達の応酬に挟まれていたアンナちゃんが目に涙を貯め始めたのでぎくりとした。厄介者扱いした手前、罪悪感がある。遊びを面倒だと思う面はあるけれど、アンナちゃん自身を嫌っているわけではないのだ。「お、怒ってないよーさ、行こっか!」わざとらしいほどの笑顔を見せて、アンナちゃんの手を取った。
 
「とにかく、さっさと終わらせて早くこっち来てよ。私だって忙しいんだから!」
「すまん、すぐ行く。リョータ、あと一回だけな」
「どーせ家でゴロゴロしてるだけやし」
「ソータ!この生意気な弟どうにかしてくんない!」
「なんでお前らは顔合わせたらそうなる〜」
 
 いまだむすっとした顔を直せない私と比べ、すぐに機嫌を直すことのできるアンナちゃんはお利口さんだ。幼稚園で習ったという歌を歌いながら楽しそうに浜辺を歩く。「これ宝石みたい!宝物にする!」を合言葉に次々とバケツに貝殻を入れていく。果たしてこの宝物はいつまで宝物でいられるのかな、と思いながら適当に話を合わせて宝物を見繕った。
 
「アンナが人魚姫でー名前ちゃんは継母ね。宝石集めるのどっちが早いかたたかうの」
「設定がよくわかんないんだけど?」
「よーいスタート!」
「ええ……?人魚姫だけど、海には入っちゃだめだからね」
「はーい!おかあさま!」
 
 普通に貝殻を拾うだけではアンナちゃんの欲求を満たせなかったらしい。謎のごっこ遊び兼競争が始まり、アンナちゃんは砂浜を駆けていく。危険がないように近くにいると「拾ってるの見たらだめ!」という謎のルールが追加され、私は付かず離れずの位置で一人貝殻を拾うことになった。
 太陽と砂浜の照り返しが眩しくて、日焼け対策をしてくるべきだったと後悔した。五月になったばかりの沖縄は春とは呼べない暑さだ。ふうと息を吐くと視界が陰って、見上げるとソータがいた。

「すまん。悪いことしたな」
 
 言葉通りの表情をすればまだ可愛げがあるというのに、ソータはへらへらと笑うので腹が立つ。「遅い!」と文句を言えば、「リョータがごねるから宥めてた」とのんびりとした口調で返され、ソータは私の隣にしゃがみこんだ。日除けがなくなり、また熱くなる。
  
「アンナちゃんはあっち」
「王子様はまだ見たらだめなんだと」
「王子様ぁ?」   
「オレが王子で、リョータが馬」
 
 ガラの悪い髪型をした王子様が指さした先では、馬に跨る人魚姫がいた。設定が謎すぎるけれど、アンナちゃんに乗っかられて心底苦しそうな顔をしたリョータを見れて少し気が晴れた。
 
「馬よりロバとかポニーって感じ」
「だからよー」
「なに?」
「ん?」
「……なんでもない。あんたそっち側拾って」
 
 ソータ達と話すようになってまだ日は浅い。方言について、今みたいに意味がわからないときがある。別に理解しようとは思ってないけれど、同じ日本人なのにまるで外国人と話しているみたいで不思議だ。
 綺麗に繋がった二枚貝。ピンク色や白色、キラキラ光る貝殻。手のひらサイズの大きな巻き貝。打ち上げられた珊瑚やヒトデの死骸。角の削れたガラスの破片。幼少期に戻ったようで、貝殻拾いは意外と楽しかった。一方、ソータは貝殻拾いに飽きたのかカニを捕まえていた。見た目のせいもあってか、子供らしい遊びをしているところが似合っていなくて面白かった。 
 持っていたカニを逃して私の方にやってきたソータは、「お、これじょーとー」と山になった貝殻の中から大きな巻き貝を取った。
 
「おっきいけど、あんまり綺麗な色してなくない?」

 ソータが「じょーとー」――上等?おそらく、良いものという意味だと思う――と言った巻き貝は、形は綺麗に保たれていたけれど、黒やグレーの模様に可愛さはなかった。どこが良いというのだろう。私が持ったときより小さく見える巻き貝を見ていたら、ソータはにっと笑うと私の耳に当てた。急に耳に触れた冷たさにびくりとする。もう片方の耳もソータの手で塞がれた。
 
「……海の音がする」
 
 ゴオゴオと耳の中で波が起きているようだった。目を瞑ると、より鮮明に聴こえた。海の中にいるみたいで妙に落ち着いた。
 これは共鳴だ。理科の授業で習ったことがある。実際は海の音じゃなくて、貝殻内で自分の血液の音が反射しているだけだ。つまり、波や風の音のような気持ちになっているだけで実際は生きている自分の音なのた。知識としてはわかっていた。けれど、それでも私には海の音に聞こえた。
 ゆっくり目を開くと、太陽を背負ったソータが笑う。眩しくて視線を下にずらした。
 
「な。じょーとーって言ったやし」

 私の耳から手を離したソータの声はどこか得意げで、なんだかしてやられた気分になって悔しかった。
 
 
 二へ→
 


2023.2.25

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