バイトで持ち帰る惣菜をお裾分けすることはもはや日常と化した。今日も今日とて102号室のインターフォンを鳴らす。
 毎日ではないものの二ヶ月通い続けた甲斐があってか、それとも彼自身が変わったのか、はたまた両方かわからないが、彼は順調に頬の膨らみを取り戻し、年頃らしくなっていた。

 いつもすまないな、と眉根を下げてお礼を言う彼に良いってことよ、と返すのも慣れたものだ。
私たちは軽口も言い合えるようになり、それなりに良い友人関係を築き始めていると思う。

 こっちに引っ越して来てから友人が居ない私としては、ここからあと一歩踏み込んで、さらに仲を深めたいところ。女の子とだったら、好きな俳優とか流行りのスイーツとかの共通の話題で盛り上がれるけれど、私たちには何が共通するだろう?

「そういえばね、この間、おばあちゃんと電話したの。すこぶる元気だから安心してね。相変わらずクラピカのことばっか聞いてくるから、孫の立場ないわ」
「そうか‥‥‥私の心配はいらないと伝えてくれ」

 ちょっと困ったみたいに微笑む。こういう笑顔の時は、あと一歩どころか二歩くらい後退してるなあ、と思う。
 せっかくの共通の話題だったのにイマイチ盛り上がりに欠けた。

 そうだ、おばあちゃんと言えば。

「クラピカの写真撮ろうと思ってたんだ」

 話題転換とともに、ポケットから携帯を取り出してカメラモードに切り替える。内カメラにして画面の枠に私たち二人を入れるため、クラピカの前に回って角度を調節していればキョトンとした顔が画面越しに見える。
 前も思ったけれど、その仕草可愛いな。

「写真?なんのためだ?」
「おばあちゃんに送るの。こんだけ元気です、仲良くやってます、心配いりませんって。ほらほら、撮るよ!」

 シャッターを押せば、今この瞬間が切り取られた。どんな写真が撮れたかな、と二人してアルバムを覗く。私はまあいつも通り、カメラを撮る時用の笑顔。対してクラピカはさっきまでの可愛い顔と違い、キュッと眉を寄せた難しい顔。

「なにこの顔。ちょっとくらい笑ってよ」
「いや‥‥‥その、写真に慣れていないんだ」
「はい、歯!歯、見せて」

 私がニッと口角を上げて笑顔を作れば、それを真似してクラピカはぎこちなく笑みを作る。男の子に作り笑いを生む出す技は難易度が高いのかもしれない。
 お互いそのままの笑顔をキープして、もう一枚写真を撮った。確認すれば、不器用な笑みではあるが、さっきよりは良いものになった。

 『元気だよ!』簡単な文章を打ち込んで、写真を添付してお母さんにメールを送信した。お母さん経由でおばあちゃんに見せてもらうのだ。

「名前の携帯はすごいな。私の見たことのある携帯は二つ折りで、ここまで高機能ではなかった」

 一連の動きを見ていたクラピカは、感心した様子だった。

「二つ折りって、今どきお年寄りくらいじゃない?それに、高機能って言っても、これも一世代前でカメラの画質しか取り柄のない機種だし‥‥‥あれ?もしかして携帯持ってないの?」

 物珍しそうに私の携帯をいじっていたクラピカは「携帯を買うのにも身分証が必要らしい」と苦笑いを浮かべた。なんと、今までは必要な時は公衆電話を使用していたらしい。身分証を持たない存在というのは、現代では暮らし辛そうだ。
 どこかの街では身分証が無くても携帯を買えるところもあるというが、私の知る限りこの辺りでそんなところは聞いたことがない。

 携帯、携帯か。
 引っ越しの時に、古い機種を持って来ていたかもしれない。どこに仕舞っただろうか、うーんと頭を捻る。確か、段ボールのままクローゼットに置いた気がする。

 契約すれば、通信機能がついて電話も電脳ページも見れる。このご時世、携帯がない暮らしなど考えられないが、不便すぎることに違いない。

「クラピカさえよければ、古いのあげるよ。お金さえくれれば、私名義で契約してあげる」
「本当か?いや‥‥‥そこまでしてもらうのは流石に気が引けるな」

 一瞬目を輝かせたクラピカだったが、すぐに頭を横に振った。
 律儀というか、柔軟性に欠けるというか。この少年はなかなかに窮屈な性格をしていると思う。

「ちゃんとお金貰うんだし、別に気が引ける必要もないでしょ。ほらほら、人の親切はラッキーで受け取っとくものだって前も言ったじゃん」

 後で探しておくから、見つかったら近いうちに契約しに行こう。そう続ければ、クラピカは頭に手をやって、はあー、と長いため息をついた。なんだか呆れた様子だ。

「‥‥‥この短期間でわかったのだが、名前は少し物事を簡単に見すぎているところがあるな」
「‥‥‥ん?褒めてる?貶してる?」
「個人の解釈に任せる」
「あらそ、クラピカはもう少し物事を簡単な目で見た方がいいよ。私みたいにね」

 真似して皮肉を吐けば、クラピカはふっと笑った。つられて私も笑う。どうやら私たちは正反対の性質を持っていながらも、笑いのツボは一致するようだ。



 ベッドに体を沈めて、眠りに誘われようと瞳を閉じてハッと思い出す。無事携帯を発掘出来たため、二人して休みが被った今週末にでも携帯会社に契約しに行くことになったのだ。忘れないようにメモしておこうと、携帯のスケジュールに打ち込む。

 携帯を触ったついでとばかりに、今日撮った写真を見返す。
 女の子みたいな顔した男の子であるクラピカは、女の子である私よりも可愛かった。せめて逆の立ち位置で撮れば良かった。そうしたらもう少し顔の大きさの違いを誤魔化せたのに。
 ちくしょう、と無駄にクラピカの顔をアップしてどこか欠点が無いか探したがどこにも無かった。

 美少年とは彼を指す言葉である。私の頭の辞書の『美少年』の欄にクラピカの名を刻んでおこう。

「ん?」

 アップした美少年の顔に違和感を覚えた。
 整った綺麗な顔である、どこもおかしいところはない。だけど、どこだろう。うーんと悩んで、クラピカの顔を思い浮かべる。出会ったばかりの陰気な顔、バツの悪そうな顔、笑った顔。そのどれもに共通して、この写真とだけ違うところとは。

「目?」

 そうだ、目の色が違う。

 出会った時から一貫して、黒い瞳だったはず。なのに写真に写るのは焦げ茶色。光の加減だとか、写真の質が悪いわけではない。なぜなら、この携帯は一世代前のものだが、画素数だけは今の世代に劣らない写真に特化したものだからだ。

 カラコンだろうか?黒と焦げ茶色のどっちが本当の瞳の色なんだろう。人の目なんて、意識しないと案外気付かないものだな、妙に感心した。

 でも、何のために?

 オシャレ?でも、男の子でそれって珍しいしなあ。色々な可能性をいくつか考えてみたが、眠気の波が襲ってきたので今日はこれ以上追求しないことにした。どうせ今週末に会うのだから、その時に本人に直接聞いてみればいい話だ。

 なんだかんだで、また一歩、友人として前進出来たかな。そう思うと、気分良く眠りにつけた。


2017.8.6

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