スマホ画面が光って揺れ、通知を知らせる。ソファに横になりながら差出人を確認して、むず痒くなる口元を無理やり引き締めた。
 三日前、わたしはあのコンビニにいて、そして当たり前のように来店していた隠岐くんと下らない話しをしていた。最近の隠岐くんとの話題はほとんどハムスターのうみちゃんだ。見るたびにまん丸くなっていくうみちゃんは可愛いし、写真や動画を見せられる度に癒やされていた。それに、うみちゃんを語るときにふにゃりと緩む隠岐くんの表情も見ていて飽きない。
 そうして隠岐くんのスマホを二人で覗き込んでかわいいかわいいと言い合って、「これ送って!」とお願いすると「ええで〜」とメッセージアプリを起動させた隠岐くんがハッと何かに察したようにわたしを見た。

「いや連絡先知らんねんけど」
 
 それなりに仲良くなったと思っていたわたしと結構仲が良いとか公言していた隠岐くんは連絡先さえ交換していない仲だと発覚したのだった。
 
「めっちゃ知ってた気でおったわ。記憶改ざんされとる。こわあ」
「わかる。けど確かに交換した覚えないね」
「ほなこれを機に登録しときましょか」
「ふふ、そうしましょか」 
 
 そんな流れでゲットした隠岐くんの連絡先。帰ってスマホを確認すると、交換したときに送り合った「隠岐です」「苗字です」のメッセージの後、わたしが欲しいと言ったうみちゃんの写真が送られていた。
 それから三日、わたしたちは途切れることなく連絡を取り合っている。
 内容は話しているとき以上に下らなくて、どうでもいいことばかり。それなのに、通知が来るたびに心が弾む。
 「今何してんの?」暇なんだろうか。そのメッセージに素直に返信するならば、ソファでゴロゴロしている、なのだけれど、なぜかわたしは見栄を張りたくなってちゃんと座り直してテレビを付けた。番組表からドラマを見つけてチャンネルを合わせ、「ドラマみてるー隠岐くんは?」と送った。
 付けたは良いものの、途中から見てもサッパリ内容が入ってこないドラマを眺めること数分。女優さんの着ている服がかわいいな、と思っていたらまたスマホが揺れる。
 「おれはお笑いのやつ見てる」お笑いのやつ、とテレビの番組表からそっちに飛んでみる。最近良く見る若手芸人が漫才をしていた。「つけた。面白い?」隠岐くん、漫才とか好きなのかな。関西人だもんな、と思いながらスマホとテレビを交互に見ているせいで、ドラマ同様、漫才の内容も入ってこない。ながら見は隠岐くんもだったようで、「あんまちゃんと見てへんからわからん。うみちゃん触ってた」と手のひらに乗ったうみちゃんの写真が送られてきた。
 
「かわいい……いいなあ」
 
 コロコロしているうみちゃんに思わず頬が緩む。その気持ちをそのまま伝えると、すぐに既読はついたのに返事がなかった。寝るにはまだ早い。三日目にしてとうとう途切れてしまったのかな、とほんの少し寂しさを感じる。
 
「いやいや、返信するような内容でもないし。学校に行ったらいるし。明日コンビニで多分会えるし。ていうか既読スルーとか普通だし。わたしだって友達によくやるし、されるし、ふつーふつー」
 
 誰かに言うわけでもないのにべらべらと言い訳をして、そんな自分が馬鹿らしくなってソファに沈む。テレビではさっきとは別の漫才コンビがハイテンションなボケとツッコミを繰り出している。今は関西弁を聞きたい気分じゃなくてテレビを消した。
 もう一度スマホに視線をやって、震えも光もないことを確認すると画面が見えないように伏せた。ついでに自分の顔も腕で隠した。
 こんなしょうもないことに振り回される自分が嫌だ。感情が無理やりメリーゴーランドとジェットコースターに交互に乗せられているみたい。コントロール出来ないこの複雑な感情の名前をわたしは知っている。
 
「うわ……まじかあ……まじなんか、わたし」
 
 薄々自覚はしていた。だけど、気持ちの整理は付かない。それでも納得はできる。認めたくないけど、わたしは隠岐くんに恋をしているようだった。
 どうしよう、と呟いて、うつ伏せになってソファに顔を埋めたけれど落ち着かない。そうだ、こんな日こそ自転車に乗ろう。思い立ったが吉日、飛び上がってダウンを着て靴を履いた。
 
「ちょっと名前!こんな時間にどこ行くの」
「か、買い物!明日の授業で新しいノートとかいるの!」
「そういうのはもっと早く気付きなさいよ……」
 
 まるでわたしの今の心を言い当てられているようで気まずくなって目を逸らす。スマホは置いていくつもりだったけれど、呆れたお母さんに「せめて携帯は持っていきなさい」と手渡され仕方なくポケットに入れて家を出た。
 ロードバイクのチェーンを外し、跨がろうとしたとき、ポケットの中が震えた。「う、わ、タイミング悪ぅ……」誰からだろうなんてのは建前で、隠岐くんだったらいいなと思っている自分に気付いてしまって恥ずかしくなる。恐る恐る開いたトーク画面には、わたしの頭では処理できないメッセージがあった。「今度見においでや」うそ、それって、それって家に?
 
「……むり、むりむりむり!どーいうこと!?」 
 
 震える手でスマホをポケットに突っ込んで、勢いよくロードバイクに乗っかる。その晩はひたすら走り回って汗だくになったけれど、わたしの頭の中がスッキリすることはなかった。
 だってこれはどう考えてもちっぽけな悩みじゃないのだから!
 
 
 
「この店こんなカワイイ子おった?幻覚?」
 
 バイト先のラーメン屋に隠岐くんがまた来た。今度は水上先輩に加えて、南沢くんと眼力の強い濃いめのお兄さんと一緒だ。
 入店早々、初対面であるお兄さんの方にじっと見られて若干の恐怖を覚えていたら、真顔で上記のセリフを言われた。四人な、と慣れた様子で指を立てた水上先輩が「イコさん、隠岐のやから口説いたらあきませんよ」と的はずれな答えを返す。この人が例のイコさんらしい。
 それにしても、隠岐くんと付き合っている話はいつになったら訂正されるのだろう。片想いを自覚したわたしとしては、そういう恋愛面のからかいはうまく躱せる自信がないのでやめていただきたいところだ。ははは、と愛想笑い兼苦笑いを浮かべていると隠岐くんがひょいと顔を出した。
 わたしがいる時間は来ないでって言ったのに、またもやこの格好を見られてしまった。苦し紛れに前髪をなでつける。
 
「先輩、苗字さん困ってるんでそのネタそろそろやめてもらってええですか」
「苗字ちゃん言うん?響きめっちゃカワイイやん」
「イコさん人の話聞いてました?隠岐のやって言いましたやん」
「えっ!こないだ彼女じゃないって言ってましたけど先輩たち結局付き合ったんスか!」 
「……水上先輩さっきからわかってて言うてますよね?あと海はややこしいから黙っといて」    
 
 もう、ほんまこの人らは。そんな声が聞こえてきそうな顔をして隠岐くんが「騒がしくてごめんなあ」と言うので、「全然、だいじょーぶ」と首を横に振った。
 隠岐くんの家に誘われた日の次の日、早速いつものコンビニで出会ったわたしはソワソワしてまともに彼の顔が見れなかった。いつ行けばいいのだろう、今度の土日?なんて緊張していたわたしをよそに、隠岐くんは至っていつも通り。家に誘ったことなんて一度もありません、なんならそんなこと覚えてませんとでも言うように普段どおりの会話を続け、「またなあ」と手を振られて気付いた。あれは社交辞令というか、リップサービスというか、電子に漂う文字列の戯れというか。うまい言葉が思い浮かばないけれど、わかったことはただ一つ。隠岐くんにその気は一切ないということだった。真に受けた自分の勘違いっぷりが恥ずかしく、その日もわたしはロードバイクで爆走したのであった。
  
「え?なんなん苗字ちゃんって隠岐の彼女なん?」
「だからちゃいますって。友達ですから」
「まだ友達なん?なんやお前日和っとんか。だっさ」
「先輩いい加減にせんと怒りますよ」
「隠岐先輩好きな子には日和るタイプですかー?」
「海、この人の言うてること鵜呑みにしたらあかんて」 
 
 テーブル席に案内し、前回のように最初から決まっている注文を聞き終える。席から離れた後も会話が聞こえてくるのは四人の声が大きいからとか、店が小さすぎるからとかが理由じゃない。わたしが聞き耳を立てているからだ。聞かないようにしようとしても、好きな人が自分の話をしているのだから無意識に声を拾ってしまう。
 照れる様子もなく捌いていくあたり、脈は全くなさそうだ。こっちはこの格好を見られて恥ずかしいだとか、けど会えて嬉しいだとか、わたしをネタにとことんからかわれている隠岐くんがかわいいとか、話のネタがネタなので恥ずかしいとか、色々な感情が渦巻いているのに。
 参ったな、と火照る頬を手うちわで風を送る。所詮、気休めだ。
 
「おーい、姉ちゃん!注文ー!」
「あ、はい!今行きます!」  
 
 とりあえず、今はバイトに集中しよう。和気あいあいとしている隠岐くんたちのテーブルをちらりと見ると、イコさんと目が合ってびく、と肩が上がる。隠岐くんの話からして良い人らしいけど、あの眼力はなかなか迫力があるなあと思いながら会釈してからお客さんの方へ向かった。

 今日もサービスしとくね、と店長によってカウンターの上に前回と同じくプラスαが乗った定食が並べられる。盛り上がっている四人のテーブルに運ぶ。「多ない?」わたしとテーブルに並んだラーメン諸々を見比べたイコさんの低い声に、「常連やからサービスしてくれとるんですって」と私の代わりに隠岐くんが答えた。
 
「ほんまか。ちょお店長さんに挨拶してくるわ」
「え、いやいや、そこまでしなくて大丈夫です……って……はや……」

 イコさんは言うやいなや立ち上がり、カウンターまで行くと店長と親しげに話しだした。すごくちゃんとした人だ。さっきまで怖がっていたことを申し訳なく思った。
 
「あれ、おれらも行かなくていいんすかね?」
「食べてからでええやろ。みんなで行ったら作るん邪魔なるし、他の客にしてへんならこっそり行くほうがええやろうし」
 
 南沢くんの至極当然な問いかけに水上先輩はそれっぽく答えたけれど、「それにラーメン伸びるしな」と呟いた一言が本音だと思う。
 
「細井さんはいないの?」
「太るからパスやねんて」
「細井さん、細いのになあ……」
 
 呟くと、箸を割る水上先輩に真顔で「自分それギャグで言うてるん?笑ったほうがええやつ?」と言われてしまい少し身構える。どこに笑う要素があったんだ。
 細井さんはどこからどう見ても細いし、なんならわたしよりも全然細いし、と言おうとしたところで付いた。細井さん、細い。なるほど。「笑わなくていいやつです……」視界の端で隠岐くんが笑っているのが見える。恥ずかしくなってまた意味もなく手うちわをした。

 イコさんにお礼を言われて気を良くした店長が新たに焼いた餃子すら綺麗に完食し終えた四人がレジ前に並ぶ。
 
「俺払うし先出とき」
 
 伝票を持ったイコさんが後ろに立つ三人に声をかけると、「いやいや、イコさん今日くらい払いますって」「そうですよ、いつも悪いですわ」と前回きっちり割り勘していた二人が遠慮する図はなかなか面白かった。
 そんな二人をよそに、一番年下の南沢くんが「イコさんごちです!」と元気良く頭を下げて、ついでに私に向かって「苗字チャン先輩もごちそうさまです!」、カウンター奥に向かって「店長さーん!うまかったっす!」と気持ちのいい笑顔をくれた。さすがうみちゃんの元祖。元気っぷりがとても可愛い。
 
「隠岐と水上はめっちゃカワイイ後輩の海くん見習ってくれへん?カッコつけさせてや」

 そう言われ、渋々財布を下ろした二人は「いつもすんません、ごちそうさまです」とイコさんに頭を下げた。その様子が面白くてつい笑うと、「笑われてもうてるやん」と水上先輩が隠岐くんを肘で突いた。「先輩のせいですからね」と恥ずかしそうにほんのり頬を赤くして隠岐くんは「またなあ」と柔らかく微笑むと店を出て行った。
 
「だからそんなんちゃいますって」
 
 店を出た先でもそんな声が聞こえてきて、まだからかわれているのだろうことが簡単に想像できた。
 それにしても、うーん。「見事なまでに脈なしだなあ」最初から期待はしていなかったのでそこまでショックを受けはしない。それよりも、好きだとわかってから何をどうすればいいのかわからないことの方が問題だ。高校二年の冬、恋愛経験ゼロ。期末テストよりも難しい問題を突きつけられていた。
 
2022.1.8

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