生駒隊の作戦室はもはや娯楽のためにあるといっても過言ではない。基地に来る前に買った飲みかけのパックジュースをテーブルに置き、ビーズクッションに体を沈めながらコントローラーを握ったのがほんの数分前。
 
「詰みやわ」
「ばっ、ちょっ、それはだめだめ……!っうぎゃ!あー!もう!」 
 
 そして今、画面に映し出されている大量のおじゃまぷよにあたふたしている間に、"ばたんきゅ〜"の文字が現れてわたしは頭を抱えた。
 
「はっや。もうちょい気張れや。雑魚すぎて話にならんねんけど」
「そう思うなら手加減してよ!」
「あほか。手加減してこれやぞ」
「まじか……!くそー水上ぷよぷよとかテトリスとか強すぎなんだって。マリカーなら勝てるのに!」
「ほーん。こないだ負けてた人は誰でしたっけえ?」 
 
 そうだ、ついこの間も同じようなやりとりをして、「ほなマリカーやろうや」「ふっ、わたしのキノピオの強さなめんなよ?」とチームのみんなでお金を出し合って買っているというソフトの山から引き抜かれたマリカーで勝負して負け越したところなのだ。
 あのとき最初はわたしが勝っていたのに、ゴール手前で抜け道を通ってきた水上のルイージに追い抜かされた。途中から来たため見学していた隠岐くんが「先輩おしかったのになあ。残念すね」と水上を挟んだ向こう側から笑いかけてくれたのが嬉しくて、負けていたことをすっかり忘れていた。
  
「……てかさ、隠岐くん、遅いね?」
 
 それとなく聞いたつもりだったのだけれど、水上はわたしに視線を寄越すこともせず、「わかりやす」と続けてゲームをする選択肢を選んでいた。続けるんだ、と思いながらもわたしも同じ選択をして、ちまちまとぷよぷよたちを積んでいく。
 
「そんなわかりやすい?バレてる?」
「さあなあ。あいつ、基本抜けてるからバレてないんちゃう。まあ、そっち方面は鋭いかもやけど」   
「まじかあ……」 
 
 そもそも、最近わたしが生駒隊に入り浸っている理由は隠岐くんだ。そしてわたしが隠岐くんを気になっていることを水上は知っている。
 というのも、わたしが隠岐くんを目で追いはじめたころ、「隠岐な、よーモテるわ。イケメンやしなあ。どうすんの、自分」と同じクラスになってからよく話すようになっていた水上にずばり言い当てられたのだ。同じ隊の人にバレた、しかも水上。最初は終わったと絶望したわたしに、「おもろそうやし手伝ったるわ」と水上はキャラに似合わないことを言った。らしくないその発言だったが、それからはわたしを隠岐くんに紹介してくれたり、こうして作戦室に招いて間を取り持ってくれたりとなんだかんだ協力してくれている。
 
 ちらりと壁掛け時計を見上げる。いつも隠岐くんが来る時間から、もう三十分は過ぎていた。
 テレビ画面に視線を戻すと、気の入らないままぷよぷよたちを積んでいったせいか、気付けばまた"ばたんきゅ〜"していた。
 続ける気になれなくてテーブルの上にコントローラーを置いて代わりにジュースを飲み始めると、水上は怠そうに立ち上がってゲーム本体の電源を切りに行ってくれた。
 
「ありがとー」 
「この借りは大きいで」
「いや電源つけたのはわたしなのに切っただけで恩売ろうとしないでよ」  

 よっこいしょ、とじじくさい掛け声とともにクッションのないところに座った水上は、「隠岐なあ、最近卓球にハマっとるらしいで」と言う。
 隠岐くんに卓球。意外だ。似合わなくてかわいい。というか、隠岐くんがなにをしていてもかわいいかかっこいいしか言えない。小さいラケットを持ってピンポン玉をラリーする姿を想像して思わずニヤけていたら、水上に「お気楽やなあ」と呆れられた。
 
「急に興味持ち出してんで?そんなん女の影響に決まってるやん」
「女って……え?」 
「あいつオフの日、連絡つかんとき多いねん。そんなん絶対女やん。んで、卓球言うたら温泉旅行やろ?でも旅行なんてたかが高校生がそうそう行けるもんちゃう。けどな、あいつ年上にえらいモテんねん。つまり、休みの日に年上の彼女に温泉連れてってもろて卓球楽しんどるっつーわけや」
「えっ、みず、水上、前に隠岐くん彼女いないって……」
「俺らに言わんだけでおったんやろなあ。考えてみれば最近幸せそうな気するわ」 

 まるで名推理とでも言いたげにうんうんと頷く水上。
 隠岐くんに、彼女。ショックのあまり打ちひしがれていると、「まあ嘘やけど」と聞こえてきて涙が引っ込んだ。
 
「は?うそ?」
「体育の選択で卓球選んだら結構おもろかったからハマってんて。こないだゲーセンで一緒にやったけど普通に下手やったわ」   
「あのさ、リアルな嘘やめてくんないかな!?焦ったし!」 
「けどオフの日に連絡とれへんのと年上にモテんのはほんまや。こないだも道歩いとるだけで大学生に逆ナンされとったわ。ま、年上は年上でもお前には眼中なさそうやけどな」 
「そういう安心させてまた落とすみたいなやり方やめてよお……」 
「自分の反応おもろいねんもん」 
 
 悪気なく言い放つ水上が憎い。こっちはひとつ上の女の先輩という立ち位置が高校生男子にとって恋人にするには微妙だよな、と悩んでいるのに。だからこうして徐々に距離を詰めていこうとしているのに。
 今日に限って隠岐くん、全然こないし。
 
「ていうかね、隠岐くんもだけどさあ、他の人たちも今日遅いね。南沢くんとか暇さえあれば来るのに」 
 
 生駒隊は仲が良い。他の隊のくせに頻繁に来ているわたしが言うのもなんだが、常日頃から訓練や作戦なんてそっちのけで作戦室に入り浸ってみんなで遊んでいる。最近はわたしがそこに寄せてもらう形なのだけど。
   
「あー多分今日は誰もこんで」 
「え?今日なんかあったっけ?」
 
 イコさんは大学生だから忙しいのかもしれないけれど、高校のほうではこれといった行事はなかったはずだ。ボーダーからも訓練や招集の連絡は入っていなかった。みんながみんな、バラバラの用事でもあったのだろうか。
 一瞬、隠岐くんが来れないのはさっきの水上の嘘通り年上の彼女とやらが理由かもしれないという不安が過ぎったけれど、すぐに頭を振ってそんな考えを吹き飛ばした。
 
「みんな俺らに遠慮してくれたんやろ」 

 わたしと水上に遠慮するようななにかがあっただろうか。テスト期間でもないのに?思い当たる節がなさすぎて首を傾げていると、テーブルの上に頬杖をついた水上は平然と言ってのけた。
 
「お前、俺の彼女やと思われとんで」
「ん?も、もっかい言って?」     
 
 今、聞き捨てならないことを言われた気がする。耳が遠くなったことを祈った。
 
「みんなの中で苗字は俺の彼女ってことになってんねん」 
 
 なんてこったい。どういう流れでそんな誤解が生まれてしまったというのだ。
 
「訂正して!今すぐ!お、隠岐くん……いや、生駒隊のグループに"苗字とは付き合ってません"って送って!」 
「えーめんどいしええわ」
「めんどくない!ていうか水上もわたしと付き合ってると思われる方がめんどいでしょ!」
 
 そもそも、最初にそういう誤解が生まれてしまった時点で水上が否定してくれれば良かった話なのに。
 
「それは別にめんどないで。みんなに苗字と付きおうてるって言うたん、俺やし」   
「は?なんで?ていうかみんなって、みんなってどっからどこまでのこと!?」
「さあなあ。自分で考えてみたらええんちゃう?」 
 
 意味不明すぎる。わたしは頭を抱えた。
 
   
   
「なあ自分、ここ間違っとんで」 
 
 次の日、水上は普通に話しかけてきた。わたしの前の席に座ると、広げていたノートを指差す。
 おかしくない?こいつおかしい。こっちは水上にわたしと付き合っているという嘘をつくメリットがあるのかとか、どこまでその嘘が広がってしまっているのかとか、まさかわたしのこと好きなのかとか色々考えすぎて全然寝れなかったのに。
 間違いを指摘されたところを消しゴムで消そうとしたら、「こっちも間違っとる」と近くの式を指さした水上の指に当たった。動揺のあまりびく、と固まったら、「わかりやす」と笑われた。わたしは水上がなにを考えているかわからないのに。
 
 休み時間になったタイミングで、二年生の教室に走った。誤解を解くためだ。まずは一番話しをわかってくれそうな真織ちゃんを捕まえようとしたら、まさかの隠岐くんに出会った。

「あれ?先輩こっちいるん珍しいですね」 
「おっ、おおお、隠岐くん!」
「そんなびっくりせんでも」
「隠岐くん、わたし、水上と付き合ってないからね!?」
 
 隠岐くんへの訂正も真織ちゃんにお願いしようと思っていたけれど、せっかく会えたのですぐに訂正しておかねばとわたしは食い気味で話した。
 必死なわたしに隠岐くんは柔らかく笑った。 
 
「知ってますよ」
 
 知ってたんかい!とツッコみそうになったが、それは可愛くないので抑えた。とにかく、隠岐くんに誤解されていなくて良かった。ほっと一安心していたのだけれど、隠岐くんは「んーでもなあ」と可愛らしく小首をかしげると、間延びした声で言った。
 
「けどもうそれ、手遅れちゃいます?」
「それってどういう……?」 
「先輩、とっくに外堀埋められてますもん」
 
 キーンコーンカーンコーン。わたしの声を遮るように鳴ったチャイム音に、「あ、俺次移動教室なんで行きますわ」と隠岐くんはぺこりと頭を下げて教室に戻って行った。隠岐くんに手を振るわたしの顔は引き攣っていた。
 今の、どういう意味?
 
 
 
 本日最後の授業を終え、黒板を消すわたしたちの背中越しにクラスメイトが帰っていく。わたしが黒板消しをクリーナーで掃除して、その間に「日誌を貰ってくる」と村上くんが教室を出た。自分の席に座って筆記用具を用意して村上くんの帰りを待っていたのに、日誌を持って戻ってきたのは水上だった。
 
「……今日の日直、村上くんのはずなんだけど」
「防衛任務入ってたん忘れてたんやと。代わりに持ってきたったんやから感謝せーよ」 
「絶対嘘じゃん。太一くんならわかるけど村上くんが任務忘れるわけないもん」
「失礼な奴やな。太一可哀想やろが」  
 
 ん、とわたしの机に日誌を置いた水上は、そのまま前の席に腰をかけた。じっと見下ろしてくる視線に戸惑いながら、日誌を開き、日付を埋めていく。
 
「帰んないの?」
「別にはよ帰る用事ないしなあ」
 
 だからって残る用事もないくせに。「あ、そう」素っ気なく返して、また手を動かす。  
 わたしはこの一週間、水上と前みたいに話せずにいる。そのくせ、水上は今みたいに平然と話してくる。悩ませる原因を作ったのは水上なのに、悩んでいるのはわたしだけという現状。不公平だと思う。 
 
「なあ、こないだのわかったん?」
 
 けれど、"こないだ"に触れられたのはこの一週間で初めてのことだった。
 こないだって?ととぼけようとして、口をつむぐ。ちらりと見上げた先の水上はよく読めない表情をしていた。水上は常日頃からそんな顔をする奴だというのに、なんだか居心地が悪くてすぐに視線を下げた。
 
「……よくわかんないけど、隠岐くんには外堀埋められてるって言われた」 
 
 あのとき隠岐くんに言われた意味をわたしはこの一週間で身をもって知ることになった。というのも、わたしと水上が付き合っているという噂はすでにボーダーや学校で広がっていたのだ。必死に否定しても照れ隠しだの初々しいだのと笑われ、暖簾に腕押し。
 さっきだって村上くんに「水上と付き合ったんだってな、おめでとう」と悪意の一切感じられない笑顔で祝福の言葉を頂いてしまい、否定する気力を削がれたばかりだ。そして今気付いたけれど、村上くんは気を遣って水上に日誌を頼んだのだろうか。要らない気遣いなのだけれども。
 
「なんや、やっぱあいつそっち方面は強いねんな」
 
 水上は、少し感心したようにぽつりと呟いた。
 
「あんたはこれがしたかったの?目的がよくわかんない」 
 
 付き合ってない!とみんなに否定して回るわたしの滑稽さをからかいたかったのか。冗談にしては質が悪い上、長期戦すぎる。
 椅子を引く音がして、目線をあげる。水上が前の席に座って背もたれに腕を乗せる。
 
「なあ、この一週間、隠岐のこと考える暇なかったやろ」
 
 うまく答えられず、口ごもる。水上の言うように、この一週間、わたしの心に隠岐くんのことを考える隙間なんてなかった。だってずっと水上のことを考えていたのだから。
 水上は嘘つきで、性格が悪くて、めんどくさいことを率先してしない。ましてや、こんな外堀を埋めるようなやり方でわたしと付き合っているなんて吹聴するメリットなんてどこにもないはずで。結局、わたしがどれだけ頭を悩ませても水上の考えていることは思いつかなかったわけだけど。
 一体なにが言いたいんだ。しかめっ面を向けると、水上はオーバーに肩をすくめた。
 
「隠岐のことで一喜一憂してんの横で見てんのもおもろかってんけどな、そろそろこっち向かせたろって思ってな」
「……は」 
「普通に考えて、興味ないやつの恋愛相談とかそんなん俺が乗るわけないやん。キャラちゃうし」 
 
 そんなこと予想してなかった。いや、一番最初にわたしのこと好きなのか?という疑問は出たけれど、そんなわけないとすぐに消えていたのに。
 
「全部好きやからやねんけど。どうする?」 
 
 なにそれ。どうするかなんてわたしに聞くな。最後の最後にこっちに決定権を渡してくるな。やり口が汚い。最初から正攻法で攻略しにこい。じわじわ熱をもつ顔を隠したくて机に顔を伏せた。「ずるい」くぐもった声で反論すれば、水上が笑う。「わかりやす」きっとわたしの頭上には"ばたんきゅ〜!"が出ている。だめだ、詰んだ。
 

2021.11.23  

  back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -