釣った魚に餌はやらないタイプなんだろうなってのは、付き合う前からなんとなくわかってた。むしろ、あんな感じなのにわたしのぼやっとした告白にオッケーをくれたこと自体奇跡だし、それ以上望むのは贅沢なことなんだろうけど。
 トーク画面に並ぶ吹き出しの数々はほとんどが右からしか出ていない。学校や家であったことだとか、美味しいものとか。そういうことを共有したいのに。頑張って考えたメッセージに対して返ってくるのは良くて一行。酷いときは既読スルー。まめに連絡を取ったりするイメージもないし、まあ残当。後ろにハテナがついた内容じゃないし、まだ許せる。
 けどさ、勇気を出して誘ったデートを"無理"と一刀両断するのはどうよ。
 嘘でしょ?わたし彼女だよね?彼女になってから一回も会ってなくない?
 
「会う気ないなら最初から振っとけやバカヤロウ……」 
 
 スマホをタップする指が、ずらずらと今までの不満を打ったけれど、小さなコメント欄のスクロールバーがこれまた小さくて馬鹿らしくなって全部消した。わたしばっかり真剣なのが悔しかった。だから、わかりやすく、端的に、一行で。"別れよう"。
 すぐに既読がつき、リズミカルな着信音が鳴る。アプリの無料電話。「あ」と腑抜けた声が出た。即座にバツを押したけれど、すぐにまたかかってくる。バツ、着信、バツ、着信……攻防を何度も続け、一瞬、着信が止んだ瞬間にかつてないほどの速さでブロックした。何この反応超怖い。絶対振るより振りたい派だろうし、こっちから別れを切り出されたことに対するお怒りの電話に違いない。ていうか、電話とかハードル高すぎて今までしたことすらなかったのに。
 これでわたしたちを繋ぐものはなくなった。
 ここでわたしと爆豪くんの短い恋人期間は幕を下ろしたのでした。ちゃんちゃん。
 
 初彼氏との終わり方の酷さにそれなりに泣いて、愚痴って、はや二週間。「相手あの爆豪でしょ?むしろ付き合うまでに至ったことのほうがウケるんだけど」と同じ中学出身の友だちにネタとして昇華されたお陰で気持ちはだいぶ軽くなってきた。
 そもそも、ただの小中同じというだけしか繋がりのなかったわたしたちが付き合ってたこと自体おかしな話だ。
 好きになった理由だってありきたりで単純で使い古されたもの。中学二年のとき、運動会のリレーでビリだったわたしからのバトンを奪うように受け取って前を走る人たちをゴボウ抜きして一位で帰ってきてくれた。それだけ。そもそも一位になったのだってわたしのためじゃないし。向こうにとってはわたしとかただの足が遅いクソモブだし。
 ひっそり憧れていた怖い人が敵に誘拐されたことを知って、それからたまたま会えたときについうっかり「好き……かも」とかなんか口が滑っただけだし。今思うと別にそんなに好きじゃなかったし。吊り橋効果みたいなもんだし。
 なんて、強がりだ。実際はトーク画面とにらめっこしたり、ラブソングに気持ちを重ねたりする日々だったんだけど、まあもう全部今となってはどうでもいいことだ。せっかくの休日にわざわざ終わった恋について考えるなんて馬鹿らしい。
 わたしは新たな恋に向けて気持ちを切り替えたのだ。貸してもらった恋愛漫画で女子力をアップしようとページを開く。……最近実写映画化した、初デートで観に行きたかったやつ。
 
「……なんでも繋げようとすんなよなあ」 
 
 急に読む気がなくなって漫画を閉じた。そんなとき、慌ただしく階段を登ってくる音が聞こえてきた。
 こりゃ弟だな。騒がしさに眉を寄せていると、ノックもなしにドアが開いたので、入室を阻止しようとドアノブを掴んだ。
 
「ちょっと、勝手に開けないでよ!」 
「姉ちゃん!」 
「話聞いてる?」 
「なんか!彼氏って人!来てんだけど!」  
「だからノック……え?」 
 
 彼氏?いや、わたしは二週間前に初彼氏と別れて以降、まだ新しい彼氏なんてできていないですけど。一体誰と間違えているのか。
 あれか、クラスの男子の誰かがなんか用事があって来た感じ?田中くん?それとも根岸くん?あの人たち、そういう冗談言いそうだもんなあ。
 なんて呑気に構えていたのだけれど。
 
「バクゴーってあれじゃん!同中の有名人じゃん!?」 
 
 ぎょ!
 
「名前〜!彼氏くん部屋に上がってもらうわね〜」
 
 ぎょぎょ! 
 
「あ、姉ちゃんの部屋ここです!姉ちゃん、俺、下行っとくから!」 
 
 ぎょぎょぎょ!
 
「じゃ!ごゆっくり!」
 
 弟の手によって、そそくさと扉が閉められる。5.5畳の部屋のなか、わたしは予想だにしなかった人物と対面していた。
 
「ば、ばくごーくん……」  
 
 驚きに目を見開いたわたしと違い、爆豪くんは静かだった。静かすぎて怖かった。
 
「入んぞ」
 
 許可を求めていない入室宣言に、わたしはとにかく首を上下に振った。 
 
 
 
 そもそもなんでここにいんの?家教えたっけ?いや、小学校のとき集団下校してたから知ってるか。けど、わたしたちって別れたんじゃなかったっけ?つーか会うの無理って言ってたじゃん?なに家まで来てるのこの人?
 ポコポコ湧いてくる疑問を口に出すことなんて出来るはずもなく。この部屋の主はわたしのはずなのに、居心地が悪くて仕方がない。
 カーペットの上に正座するわたし。目の前で片膝を立てて座る爆豪くん。その表情からどんなことを考えているかなんてさっぱり読めない。
 というかここはわたしが話を振るべきなのか。「久しぶり!元気?」とか。いやいや、急に訪問されてる側なのにおかしいじゃんそれ。
 
「スマホ出せや」
「えっやだ」

 ようやく口を開いたと思ったら予想できない球が飛んできたのでつい拒否してしまった。すると、爆豪くんは大きく舌打ちをした。ギロ、と睨みつけられ視線を逸らす。なにこの人超怖いんですけど。こんなのと一瞬でも付き合ってたわたしすごくない?ウケる。
    
「……プライバシー、だし」 
   
 言いながら、ベッドに放り投げていたスマホにそろりそろりと手を伸ばして回収しておいた。どういう理由でスマホを要求しているのかわからないけれど、さすがに爆豪くんだって人の手から奪い取るような真似はしないだろう。多分。なんたってあの雄英高校ヒーロー科だし。一応。けどなあ、中学のときすごかったし……悪い意味で。今の彼には良心があると思いたい。
 
「今ここで解除しろ」
「ロック画面の?や、やだよ」
「とぼけんじゃねーぞコラ」
「だってなんのことだか……」  
「だから!ブロック解除しろっつっとるだろーがッ!」
「えっこわ!今言ったよね、それ!?」    
 
 ブロック。解除。当てはまるのは一つしか思い浮かばない。
 
「なんで……?」 
 
 別れたから連絡する必要はないし、解除しなくてもよくない?そもそも、それを言いにわざわざ家まで来たのかこの人?
 
「あ?」
「え、だって、別れた、し。連絡とか、とることさあ……なくない?」 
「別れてねーわ!」 
「わっ別れたよ!?だって送ったもん!」 
 
 間違うはずがない。わたしは確かにあの日あの時、"別れよう"のメッセージを送ったし。爆豪くんの怒りの鬼電は無視したけど。
 だというのに、爆豪くんはカッと目を見開いて眉を釣り上げた。
 
「こっちは認めてねーんだわ!」 
 
 ええ……そんな……。そんなのある?
 
 戸惑いすぎて、思わず心の声が出ていたらしい。「あるわ!」怒鳴り返され、狼狽えてしまう。
 
「えと、仮に、仮にね?爆豪くんが言うように別れてないとしても、これを機に別れたほうがよくない……かな?」 
 
 言葉が詰まりながらも言いたいことを言えた。ちら、と彼の様子を見ると、不貞腐れたように口をへの字にしていた。
 
「ンでそー思うんだよ」 
「だって、遊びに誘っても無理とか言われるし、そもそも返事とかあんまないし……爆豪くん、わたしのこと好きじゃない、じゃん……?」  

 ブロックと共に消し去ったトーク履歴はわたし側からの吹き出しばっかりだった。残当とか、許せるとか、そんなわけがない。メッセージを送るたび、今日は返ってくるかなって不安と僅かな期待で胸が痛くて。だって、好きになった理由は単純だけど、好きだったのは本当だから。
 きゅーと目頭が熱くなって俯いていると、チッと舌打ちされた。めんどくさい元カノでごめんなさい。
 
「……仮免落ちたから補講しとったんだわ」
 
 怒鳴り散らされると思って身構えていたのに、落ちてきた声はさっきまでより幾分もトーンダウンしたものだった。
  
「仮免?」
「……ヒーロー活動すんのに免許いンだろ」
「え、落ちたの?爆豪くんが?」
「そうだっつっとんだろーが!」  
「ごっごめん!」 
 
 正直、驚いた。小中同じのわたしから言わせれば、爆豪くんはなんでもできる天才だ。挫折なんて知りませんオレなんでもできますクラスの王様ですっていう顔をして、わたしみたいに足元で必死こいている平民を足蹴にするようなタイプ。
 改めて考えると、そんな人と少しでも付き合えていたことが不思議でたまらない。友達がウケるのも無理もない話だ。
 
「平日も土日も補講。寮なってから門限もあんだからこっちまで来る時間なんてねーわ」
「う、うん?忙しいんだね」
「……俺は九時には寝てんだよ」

 はっや……赤ちゃんじゃん……。言わないけど。絶対言わないけど。
 
「送ってくんの九時過ぎてばっかだろーが。しかもクソ長ェわりにたいした内容でもねェ」
「う、それは……その、ごめん」
 
 これは、あれなのか。あのとき電話で言おうとしていたダメ出しなのか?そのわりには、なんというか。
 
「返信考えてたらこっちまでクソみてーな内容になってムカつく。返信してねーのに夜にはまた別の話振ってきやがるせいで考えた文が全部パーになって更にムカつく」
 
 意外に考えてくれていたというか。ダメ出しというよりは、むしろ、返事がないことの言い訳みたいに聞こえるのはなんでだろう。
  
「ご、ごめん……?」 

 わたしが悪いのかどうかすらよくわからなくなってきて、とりあえずの謝罪を口にする。が、それは彼の逆鱗に触れてしまったらしい。比較的マシだった怒りのボルテージは一気にがっと引き上げられた。
 
「つーかなあ!そもそもこっちには綿密な計画があったんだわ!それが急に告ってきたと思ったら爆速で別れるとか言い出しやがって!クソ!意味わかんねーんだよッ!」
「ごめんなさいいい!……え、あれ?」
「あ?」
「綿密な計画って……んん?」
 
 一体何の計画が立てられていたというのだろう。
 そんなとき、握りしめたままだったスマホから通知音が鳴った。ピコン。弟からだ。"綿密な計画とか"、"姉ちゃん"、"意外に"、"愛されてんじゃん"、四段に分けて送られてきているメッセージには、ムカつく笑いを浮かべたパンダのスタンプがおまけでついていた。
 続けてお母さんからも、"大事な話をしているようなのでお茶を持っていくの、後にしとくね。追伸、彼氏くんから美味しいお菓子を頂きました。"というメッセージのあと、マドレーヌを食べる弟のムカつくほどいい笑顔の写真が一枚。  
 都合が悪いことに、二人の個性は聴力特化だ。盗み聞きをするために耳を澄ませているだろう二人には、ここでの会話はどうやら筒抜けらしい。
 ふと視線を感じて画面から顔をあげると、爆豪くんは眉間に深くシワを刻みながらわたしを睨みつけていた。
 
「人が話してんのにスマホイジるたァ、いい度胸だな……?」 
「ひょえっ……!ち、ちが!弟とお母さんからで!」
 
 ごとん。その顔が恐ろしくて、肩を上げた拍子に手にしていたスマホが転がり落ちた。わたしが拾うより先に爆豪くんの手がそれを拐う。画面に映っているメッセージに目を通すと、更に眉間が深くなった。お、終わった……。
 
「……ンだこれ」 
「二人とも、耳が良い個性だから盗み聞きしてわたしのことからかってんの……ごめん……」 
 
 きっと一階ではこの展開すらも聞いていて、二人で面白がっているはずだ。最悪。最低。
 爆豪くんはそこからムスッとした顔をしたまま何も話さなくなった。盗み聞きされたことが嫌だったのだろう。そりゃそうだ。わたしだって嫌だ。
 爆豪くんはただ無言でスマホをイジりはじめた。意外にかわいいカバーしているなあ、とぼんやり見ていたけれど、妙に見覚えがある。というか、わたしのスマホじゃないか!
 
「ちょっ!返してっ!?」 
「ん」
 
 ぽい、と投げて寄越されたスマホをなんとか両手でキャッチ。画面には、友だちとして新たに追加された人が一人。爆豪勝己。
 すごいなこの人。勝手に人のスマホ使ってブロック解除しよったぞ。やっぱり王様じゃん。それでいいのか雄英高校ヒーロー科!?
 まじまじと画面を見ていたら、「おい」とさっきまでより小さめに声をかけられたーー余談だけど、その声の大きさでも、実は下の階にはばっちり聞こえている。それを知られたら恐ろしいから、教えないけどーーので、顔を上げた。
 
「来週の土曜なら空いてる」  
「え?」
「……どっか行きてーとこあんだろーが」
「あ、うん。え?」
 
 来週の土曜日。どっか行きたいとこ。 
 
「出掛けるの?わたしと……爆豪くんが?」 
 
 爆豪くんははあーと深く息をついて、「他に誰がいんだよ」とぶっきらぼうに言う。
 
「だって別れ」
「てねーっつったろうが」 
「補講は」
「こないだ受かった」  
「でも、爆豪くんってわたしのこと……あれ?」
 
 遊びに行けないのは、仮免とやらに落ちて補講をしていたからだった。返信がないのは、九時に寝る上、わたしがクソみたいな内容の話しか送らないからで。しかも一応返信も考えていてくれていたらしくて。
 そしてわたしが急に告らなきゃ、綿密な計画ってやつが進められていたらしくて。
 あれ?
 
「ば、ばくっ、爆豪くんって、もしかして、わたしのこと、すっ……好きなの?」
  
 自意識過剰かもしれない。思い上がってんじゃねえよって爆破されるかもしれない。それなのに、わたしの心臓は期待で膨れ上がって破裂しそうになっている。お母さんや弟に聞かれていることなんて、すっかり頭から抜け落ちていた。
 
「……弟のほうが察しいいんじゃねェの。クソ鈍感女」   
 
 爆豪くんが、む、と唇を引き結ぶ。それが照れ隠しのように見えた。あれ、爆豪くんが可愛いぞ!?
 さっき送られてきた弟のメッセージが一文になって頭に浮かぶ。"姉ちゃん意外に愛されてんじゃん"
 カーッと顔に熱が集まった。そうか、わたしたち、両想いだったんだ。え?なんで?いつから?
 途中から声になっていたらしい。「誰が言うかよ」と爆豪くんはハッと鼻で笑ったけれど、それすらも照れ隠しに思えた。ていうか今のわたしのこと好きって認めたってことでいいの?あの爆豪くんが?やっば、心臓破裂するわ。
 さっきからピコンピコンと鳴りまくっている通知音。画面には"若いわ〜"とか照れているムカつくパンダのスタンプだったから全てミュートに切り替えた。盗み聞きしていることについては不問にしてやる。だから、頼むから姉ちゃんの恋路を静かに見守っていてくれ。
 
「わたし、はっ、初デートは映画とか、い、行きたいと、思っているんですが……どうかな」
「……どんなやつ」
「こ、これとか!」 
 
 床に放置していた少女漫画を指差すと、思いっきり顔を歪めた爆豪くんに「却下」と即断された。
 ええ?行きたいとこ付いてきてくれる流れだったじゃん、いま。お母さん、弟、聞いてますよね?姉ちゃん、早速撃沈したよ……。
 
 後日、復縁を報告した友だちに愚痴ると、「爆豪に恋愛映画観させようとするあんたにウケんだけど」と爆笑された。確かに少女漫画の実写化観る爆豪くんはないな、と思ったので初デートは外国のアクション映画にすることにした。
  
 しかし、残念なことに。洋画らしく、際どいシーンが盛り盛りな上に寝取られたヒロインは死亡、ヒーローは誤解されたまま市民に石を投げられるというバッドエンドな結末だった。上映後、わたしと爆豪くんは非常に気まずい顔をしたままカフェでジュースを飲み続け、初デートは幕を下ろしたのでした。ちゃんちゃん。
 
 
2021.10.18

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