※映画のキャラです
※がっつりネタバレしています
※映画時のロディが16と考え、その後誕生日を迎えて17になっている設定です
  
 
 
 夢の海外留学に名前の胸は弾んでいた。シェアハウスの同居人と顔合わせも終わり、荷ほどきも早々に済ませるとワクワクした気持ちのまま街へ繰り出した。
 レンガ造りのカラフルな家や道路は、日本生まれ日本育ちの名前から見ればどこもお洒落に見えた。そんなおしゃれな大通りからひっそりと伸びる路地への道は日当たりが悪く、人気が少ない。がらりと変わったその雰囲気は、きっと観光パンフレットとは違うアンニュイで良い写真が撮れるだろう。
 名前が夕日が煌めく大通りから外れた路地に入り込んだ理由は、ただそれだけだった。問題は、路地から路地へとぐんぐん進みすぎたせいで気づいたときには迷子になってしまったことと、怪しい人に捕まってしまったことだ。
 
「こんなとこで何してんだあ?お嬢ちゃん」
「ひぁいっ!」 
 
 落ち着きのない目をした、へらへらと軽薄な笑みを隠そうともしない男が名前の肩を抱き、名前は悲鳴に近い声を上げた。首から下げたカメラを持つ手にぐっと力が入る。
 
「ここらは観光客がくる場所じゃねーよ?それとも一発しに来た?」 

 スラング混じりの英語をなんとか聞き取りつつ、「ち、違いますよお……」と名前は柔らかく否定した。肩に回った腕から手の甲にかけてびっしりと刻まれたタトゥーを横目で見て冷や汗をかく。よく見れば、額や首にもあった。海外ではファッション目的のタトゥーが一般的ではあるが、この男は明らかに一般人ではないだろう。
 
「まあまあそう固くなんなって。それともキメてからやるか?スッキリするぜ。俺も今キメたとこだからサイコーの気分なんだ」 
 
 そうして男は自身のポケットから取り出した白い粉を名前に見せつけた。
 ドラッグ、レイプ、という筆字で書かれた一文がでかでかと頭の中で流れ、血の気が引いていくというのに、名前は明確な拒絶を表せずにいた。逆らったらどうなるかわからない、なんとか事を穏便に済ませよう、と「ノーノーノー」と引きつった笑みを浮かべる。平和ボケした日本人の性だった。
 しかし、それを乗り気だと受け取られたのか、男は「楽しもうぜ」と口笛を吹くと、肩を組んでいるのをいいことに名前を路地の更に奥へと連れて行こうと強引に足を進める。
 誰か助けてくれないだろうか、とあたりを見渡すが、自分から人気のない路地へ入り込んだのだから人なんているはずもなく。ならばヒーローは、と過ぎった願いは「オセオンではヒーローの腐敗が目立ち、日本ほどヒーロー活動は活発ではありません。危険な場所に行かない、見知らぬ人について行かないなど自衛することが大切です。特に女性のひとり歩きはおすすめしません。」という観光パンフレットに書かれていた文章がかき消した。まさに今の状況を表している。
 陽の光が一切はいらないような路地の奥に押し込まれそうなところで名前は自分を守れるのが己しかいないことにようやく気づき、なんとか足に力を入れて踏ん張った。
 
「あっあの!わたし、ほんとに無理でっ……!」 
「ここまで来といてそれはないだろ?な?よくしてやるから」 
「ノー!ノー!だ、誰か助けて!ヘルプ!」  
 
 力づくで引っ張ろうとし始めた男に、名前は力の限り拒否を示すと、男は途端に表情を変えた。その豹変具合に名前はひっと喉の奥で小さな悲鳴をあげると、迫り上がってきた涙の向こうに見える大空に向かって、震える声を張り上げ必死に助けを呼んだ。
 
「ヘッヘルプ!ヘルプミー!」 
「おいこら!喚くんじゃねえ…ッぅわ!痛てッ」
「わ、わっ……!」 
 
 悲鳴に近い声を上げた名前に苛立って拳を振り上げていた男に、ピンク色の鳥が飛び込んできた。振り払おうと手を振る際に男の力が弱まり、名前はすかさず距離をとろうとしたが、男は自身の腕から離れた名前に手を伸ばし、首からかけたカメラの紐を引っ掴む。
 
「クソッ!どこ行く気だ!」
「うぐっ……!」  
 
 名前が首と紐との間になんとか指を入れて息をしようとしていたときだった。
 
「おいおい、そりゃいくらなんでもまずいっしょ」
「ア?」 
 
 聞こえてきた声に反応した男の手が緩み、名前は正しい呼吸を再開した。空から聞こえた気がして、視線を空へ向かわせると、オーニングテントが揺れる。そこからコートを翻し、軽やかに降り立った人物の肩に先程のピンクの羽を持つ小鳥が留まった。
 名前は驚きと、希望に目を瞬かせる。男の行動を非難するような口ぶりから、目の前に立った細身の青年は騒ぎを聞きつけて助けにきてくれたようだ。
 青年は二人の前に立つと、かけていたサングラスを指でつまんでグレーの瞳を覗かせる。名前の持つカメラをじっと見つめたあと、サングラスをかけ直し、オーバーに眉と口端を釣り上げた。
  
「オニーサンさあ、その子のカメラ見てみろよ。こりゃあ、結構な値がするぜ。こんなナリしてっけど金持ってんだろ。しかもどー見たって外国人。なんかあったら国際問題になるんじゃね?」 
 
 青年が言うように、このカメラは大学入学祝いと称して二年前に祖父母から贈られた高価なカメラだ。同意するようにこくこくと肯くと隣から視線を感じ、名前は身を護るかのようにぎゅっとカメラの紐を握り込んだ。
 第三者の登場で冷静を取り戻しつつある男が、まじまじと名前のカメラと名前自身を見て舌を打つ。その音にひっ、と身を縮める名前を、青年が腰を屈めて顔を覗き込む。手袋をつけた手を顎にやる仕草は、まるで品定めをするかのようだった。
 
「そんな危険犯してまでやりたい?俺からすれば随分趣味が悪いけど。あんたロリコンかい?」
 
 両手を広げ、肩をすくめて鼻で笑った青年の肩を男は強く押しのけた。
 
「ケッ!んな趣味ねーよ!勘違いすんなクソガキが!ラリってただけだわ!俺はもう行くからな!」  
 
 男は地面に唾を吐き捨てると、路地の奥へと駆け足で去っていった。なんとか危機を逃れた名前は、ぽかんと口を開けたまま、青年を見た。「力強ェーんだよ、ジャンキーめ」と憎々しげに顔を歪め肩を払っていた青年は名前の視線に気付くと、サングラスを頭にかけた。
 余裕ができた今、じっくり顔を見てみると思っていたよりも若い。名前の目を通すと外国人フィルターがかかってしまうので正確な年齢は見当がつかないが、同じ歳くらいかもしれないと思った。
 
「あんたジャパニーズ?」
「え、あっ、はい。なんで?」
「見るからにアジアンだろ。んな高そうなカメラを首から下げるくらい呑気なのはジャパニーズくらいだ。それに、あんた結構訛りあるぜ」
 
 ヘルプミーってやつ、と声真似をされ、名前は密かにショックを受けた。流暢に話せている自信があったわけではなかったが、日本人だとピタリと当てられるほど訛っていたとは。
 助けるためだとはいえ、趣味が悪いだのロリコンだの言われたことを思い出し、せめて見た目でも、とそっとカメラを首から外し、背負っていたリュックに仕舞う。それを横目で見ていた彼がいいんじゃないかとでも言うように軽く頷き、「ピ!」と小鳥がサムズアップのように羽根を羽ばたかせた。とても賢いペットだ。
 
「ジャパンじゃどうか知らねーが、ここらの路地裏なんて入るようなとこじゃねーよ。俺だっていつもなら通んねえし。さっきみたいなジャンキーに捕まっちまえばすぐにお仲間にされちまうぜ」
「お仲間……」 
「薬物中毒者の仲間入りっつーこと。ま、さっきのヤツはまだそこまでラリってなくて助かったけど」 

 男が見せつけていた白い粉を思い出し、名前は今更ながら震え、顔を青くした。その様子にやれやれとため息をついた青年は「表までなら送ってやるよ」とポケットに手を突っ込みながら男が駆けていった方角とは反対の道を歩き出す。名前は何度もお礼を言って頭を下げながら彼の後ろをついて行った。
 いつもなら通らないと言っていたわりには、勝手知ったる道なのだろう。彼はスルスルと野良猫のように細い路地を迷うことなく進んでいく。やがて一本の通りに辿りついたとき、奥に開けた明るい道が見え、名前はほっと一息ついた。見覚えのある通りだ。
 
「ここまでくりゃ十分だろ。まっすぐ行きゃメインストリートだ」 
「はい!ほんっとうにありがとうございました!」
 
 何から何まで助けてもらいっぱなしではあるが、名前はこうして頭を下げることしかできない。道中、なにかお礼でも、と申し出てみたが、「んじゃ、10万ユール」と手のひらを出されて狼狽えた。「ジョークだっての」と笑われ、結局何も要らないと言われてしまったのだ。
 彼はペコペコと何度もお辞儀をし続ける名前に若干呆れた様子だった。 
 
「じゃあな。観光楽しんでくれよ。大して行くとこないけどな」
 
 そう言って片手を上げ、踵を返して去っていく後ろ姿に、名前はまた頭を下げた。


2021.9.26 

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