「お邪魔してまーす」
 
 7月中旬、夏真っ盛り。
 暑さにうんざりしながら帰ってきたのだろう。扉の向こうから現れた幼馴染は、首筋に垂らした汗を手で拭いながら舌を打った。
 
「人様の部屋でなに寛いでんだコラ」 
「家のクーラー壊れたから緊急避難してきた」 
「ここは避難所じゃねェんだわ。とっとと出てけ。つーか制服のままベッド乗んな汚ねェんだよ!」 
「はいもう勝己のベッドに寝転んで一時間は経ってますー今日はこの汚いベッドで寝てくださーい」
「死ね」  
 
 違う高校に通う幼馴染との二週間ぶりの再会だったけれど、まあそうなるとは思っていた。セーラー服のまま我が物顔でベッドを陣取っていた名前は起き上がると、うんと伸びをする。それから、渋々といった様子でベッドから降りた。  
 勝己とご近所さんな名前が住むのは築六十年になる古びたアパートだ。1LDKの小さな部屋に母と二人で暮らしている。もちろん、自分の部屋なんかない。クーラーは寝室にしかないから、ダイニングキッチンとの境にある襖を開け、二台ある扇風機をフル稼働して毎夏乗り切っていた。そのクーラーが壊れた。この暑い夏に。
 夏にクーラーは必需品。それはどの家庭でも同じようで、修理業者には「この先三日は予定が詰まっているため今すぐにはちょっと……無理ですね」と言われてしまった。嘆く母が助けを求めたのは爆豪家と緑谷家だった。「あら、そんなことなってるの?大変、うちにいらっしゃいな。いーのよぉ、昔からの仲じゃない」「まあ大変!うちで良ければ、ぜひ。出久も喜びますし」なんて電話越しから聞こえる声に、見えていないというのに母は何度も頭を下げてお礼を言っていた。
 
「家にいたら熱中症なるじゃん。お母さんは職場に泊まるから、わたしはここに泊めてくれるって、光己さんが。聞いてないみたいだね」 
「あんのクソババア……つーかテメーも他の部屋行けや!空いてんだろうが!」 
「勝己帰ってくるまでに部屋を涼しくしてあげようと思って。あと、なるべく一つの部屋にいたほうが節約なるし」
「そりゃ余計なお世話っつーんだわ!」  
「え〜そう?」 
 
 幼馴染みとして十年以上付き合いのある勝己の怒鳴り声に今更恐れるわけもなく。名前はのらりくらりと会話の舵をきる。苛立ちをこれ以上ぶつけても疲れるだけだと悟った勝己はため息をつくと「あーうぜェ」とぼやいた。
 さして興味のない彼の筋トレグッズを使ってーー勝己には「触んな」と言われたが取り上げられもしなかったので名前は気にしないことにしたーー握力を鍛えていると、勝己は引き出しから無地の黒Tシャツと短パンを取り出した。なんとなしにその動作を眺めていると、彼はカッターシャツのボタンに手をかける。
 
「ちょっと。女子いるんですが?」 
 
 勝己はわざと周りを見渡して、名前に視線を寄越すとハッと鼻で笑う。
 
「どこにいんだよ」 
「ここ!」
 
 ぴしっと挙手をした名前だったが、勝己はそんなもの気にしてないとばかりに着替え始めた。
 ちらりと覗いた腹筋に、さすがヒーロー科と感心しつつも、マナーとして視線を手元に落とす。今更幼馴染みの着替えを見たところでなにか芽生えるわけでもないが。

「もうちょっと恥じらってくんない?」  
「テメー相手に誰が恥じらうってんだ。俺はクソナードじゃねーんだよ」 
 
 クソナード、と言われて思い浮かぶのは一人しかいない。もう一人の幼馴染。
 
「言っとくけどそういうとこは出久の感覚のが普通だからね?」
 
 勝己の鍛え上げられた肉体を前にしても名前の女としての感情は何一つ動かないし、逆もそうであろう。
 しかし、もう一人の幼馴染みならば話は別だ。
 出久なら勝己みたいに女子の目の前で遠慮なく服を脱ぐなんてことはしない。というか、出来ない。
 学年が上がるにつれ男女の性差を意識しだしたのか、女子と話すと彼は挙動不審になる。それは幼馴染みの名前に対してもそうだった。
 中学時代はそれはもう露骨だった。挨拶をしようと目を合わせようものならギュッと目をつむって顔を逸らされ、教科書を借りに行った際に手が触れれば教科書を落とされ、回覧板を持っていこうものなら扉から少しだけ覗いた顔を真っ赤にされ。一度指摘してみたら、「その、僕、普段女子と喋ったりしないから、どうしていいか、わかんないんだ……」と視線を泳がせながら言われてしまった。
 中学を卒業してからはそういった態度はマシにはなってはいたが、たまにコンビニで会ったときは声が上擦ったり、顔を赤くしたり、ひたすら頷いたりしている。幼馴染としてしか見ていない名前としては、女子として意識されまくるのはどうにも微妙な気分だった。
 
「明日は出久んちなんだよねえ」
 
 そんなわけで、名前は出久の家に泊まるのは乗り気ではなかった。コンビニから家までならまだしも、家に泊まるのはどうなんだ。仮にも年頃の男子がいる家に娘を頼む親がいるか?と名前は今更なことを思った。親にとっては、全裸でプールに入っていた頃と同じ感覚なのだろう。関係は同じでも、こっちとあっちでは繋ぐ糸の太さが違うのに。
 ただ、昔から知った仲と言えど、二日も爆豪家にお世話になるのは気が引けた。なにより、「名前ちゃん大変だね。うちで良ければいつでもいらっしゃい」と電話越しに優しく声をかけてくれた引子の好意を無駄にしたくなかった。
 名前は早くも飽きてきたハンドクリップを適当に床へ置いた。今度はベッド下にあるダンベルを引っ張り出す。部屋着に着替え終わった勝己が「片付けろ」「ヤメロ」「触んな」と文句をつけるが当たり前のようにスルーした。
 
「話のネタとかない?出久と盛り上がりそうなやつ」
「知るか。はよ片せ」 
「だって同じ高校じゃーん。やっぱヒーローネタかなあ」 
 
 緑谷家にお邪魔したのは小学四年生あたりが最後だ。その頃には既に立派なヒーローオタクとなっていた彼の部屋やうんちくを思い出した。
 中学三年生になるまで無個性でひょろひょろ。いつも怯えていて、女子とはまともに会話ができない。目の前にいるこの暴君には虐められる。それが今じゃ、暴君と同じ雄英高校ヒーロー科にいるのだから、人生はわからないものだ。
 今の出久なら、これくらいのダンベルも持ち上げられるのだろうか。もし、彼にできるなら自分でもできるかもしれない。なんて甘い考えは、えい、といきみながら両手で持ち上げた瞬間に砕けて消えた。苗字名前は、ヒーロー志望でも肉体強化系個性でもない、ただの女子高生。このダンベルは重すぎる。
 あまりの重さに腕がプルプルと震え、思わず手を離すと、ドンと鈍い音が部屋に響いた。慌ててフローリングを見て、傷がついていないことにホッとする。
 流石にまずいと思い、「ごめん」と口にした名前を勝己は睨みつけた。
  
「人の部屋壊すために来たんか?ア?今すぐ出てけやクソ女が」 
「ごめんって!こんなに重いなんて思わなくて……てかこれほんと重いね。いつもこれ持ってんの?勝己君ってばすご〜い。さっすが雄英!体育祭一位!かっこいー!惚れちゃーう」 
「それで煽ててるつもりかよ。下手くそ」
 
 名前の小芝居に親指を下に向け、おまけに舌まで出した勝己は、ダンベルを軽々しく持ち上げ元の位置に戻した。
 こんなに重いのに、すごい。さすが雄英。さすが体育祭一位。今度は本当にそう思ったが、目を釣り上げられるのがわかっていたので言葉に出さないようにした。
 
「デクなんて無視しとけ。母親とだけ喋っときゃいーだろ」
「無視って。別に出久のこと、嫌いじゃないし」
 
 話しが盛り上がらない幼馴染みの家に泊まるという点では気まずいことに変わりないが、出久のことを嫌いなわけじゃない。
 女子に慣れていない態度に面倒くさいと思うときはある。けれど、勝己との仲を取り持つのを早々に諦めた名前との糸を切ろうとはしない出久が嫌いじゃない。
 夜にコンビニで会うときは車道側を歩いてくれたり、家まで送ってくれたりする。話を一生懸命聞いてくれたり、こちらからの問いかけに早口ながら答えてくれたり。昔から良い子なのは知っている。
 そんなお人好しが、名前は嫌いじゃないのだ。
 それに、ヒーローを目指して頑張っている。
 
「どう?ヒーロー科。楽しい?」
「う、うん!みんな凄いんだ!だから僕も頑張らなくちゃっていつも思ってて……オールマイトみたいなヒーローになって、皆を救けたいんだ」  
 
 コンビニ帰り。夜道を歩きながらした、よくある会話のなかで。憧れを追い求めて先を見る瞳が眩しかった。
 
「ふうん。ま、頑張れ。応援してるよ」
「うっ、うん!ありがとうっ!」  
 
 中学のときよりも格段に逞しくなったはずの身体が、傷だらけになっていくのをたまにしか会わないからこそ名前は気付いていた。
 下を向いてばかりいた幼馴染が顔を上げて歩き出した道を応援したいと思った。

「クソデクの話を俺にすんな。気分悪ィーんだよ」  
「わたしは勝己のそういう態度に気分悪ィーんだよ」
「オイコラそりゃ誰の真似してるつもりだ?ア?」  
「言っとくけどヒーローの顔じゃないからね?それ」 

 およそヒーローを目指す少年とは思えない凶悪な顔をした勝己をからかいながら、名前はベッドを背もたれにあぐらを組む。すると、勝己は嫌悪たっぷりに顔を歪めて舌を打ち、ドスドスと足音を立てながら引き出しに向かうと、すかさず何かを取り出して名前に向かって勢いよく投げた。
 
「ぶわっ!なに、八つ当たり?」 
「ちげーわ!さっきから見苦しいんだよ!」
 
 投げられたものが短パンだと気付く。思わずスカートの裾を伸ばした。
 
「……見えた?」
「んなお子ちゃまパンツ見ても興奮しねーから安心しろや」 
「見てんじゃん!サイッテー!」
  
 恥ずかしそうに頬を膨らませながらも、名前は投げ渡された短パンを素直に履くことにした。 
 女として見ていない、けれどこういう区切りはちゃんとしている勝己と過ごす時間は楽だ。けれどこれがもう一人の幼馴染だったらこうはいかない。きっと真っ赤になって固まってしまうだろう。
 さて、明日はどうしたものかな。とりあえず制服の下に短パンは履いておこう。大した悩みでもないが、息を吐いた。ベッド脇に腰を下ろした勝己がそれを鼻で笑う。
  
「クソナードの趣味はクソだからな。明日はせいぜい気ィ張っとけや」

 
 
 名前の心配をよそに、緑谷家での会話はスムーズに行われた。
 
「名前ちゃんがお泊りなんて、何年ぶりかしら。三人分の食事を作るのって楽しいねえ」
 
 昔よりふくよかになった出久の母が振る舞う料理に箸を休める暇がなかった。三人で食卓を囲むうちに慣れてきたのか、料理が胃に入っていくごとに出久の口数も増えていった。
 コンビニから家まで。時々ある、短時間での会話の中では知り得なかったクラスメイトの話題が、多弁となった出久からたくさん出てきた。「麗日さんって子がいて、最初のボール投げでは……」「轟くんは二つ個性を持っててね……」「耳郎さんの索敵能力は……」「オールマイトがコスチュームを……」ーーそのほとんどがヒーローオタクとしての視点だったということにはこの際目を瞑ろう。女子慣れしていないと思っていた幼馴染が思っていたよりも女子と関われていることや友人と上手くやっていることを知り、密かに彼がクラス内で浮いていないか心配だった名前はほっとした。
 
 一番風呂に入らせてもらった後、今夜泊まる部屋で一息つくと、名前は明日の宿題に取りかかることにした。教科書を広げること、五分。シャーペンを持つ手は全く動かない。
 ここが爆豪家だったら、今すぐにでも誰かさんに教え殺してもらいに行くのだが。
 
「どうしよっかな……」 
 
 壁と教科書を交互に見合う。壁の向こうの部屋には、あの雄英高校に通うもうひとりの幼馴染がいる。地元校に通う名前よりは勉強ができるだろう。
 名前の後に風呂に向かった出久だったが、教科書を用意しだした頃に隣の部屋のドアが閉まる音がしていたため、もう部屋にはいるはずだ。
 しかし、部屋に行くのはどうだろう。あの出久のことだ。女子が部屋に、などと考えるのではないか。
 
「ま、今日いい感じに話せてるし。いけるでしょ」 
 
 食事時の和気あいあいとした雰囲気を思い出し、名前は宿題プリントと筆箱、スマホを持って隣の部屋に向かった。もし仮に向こうがぎこちなくなったとしても、勉強となれば会話が弾む必要もないだろう。今はこの宿題を片付けるほうが大事だ。
 懐かしのオールマイトモチーフのドアプレートが掛けられたドアを二回ノックすると、「お母さん?」と落ち着いた声が返ってきた。
 
「名前だけど。勉強教えて欲しくって。入っていいー?」
 
 ドタン、バタン。わかりやすいほど部屋のなかで暴れる音と、「ちょ、ちょっと待って!」と甲高い声。
 スマホを持った指先をリズミカルに打ってしばらく待っていると、真っ赤な顔をした出久がドア越しに顔を出した。
 
「あ、あのさ。リビングでいいかな……?ほら、さすがに部屋で二人ってのはその〜あの〜、良くないっていうか!えっと……」 
「ふはっ、わたしは教えてくれるならどこでもいーよ」 

 予想通りの反応に思わず笑いを漏らせば、出久は「笑わないでよ……」と恥ずかしそうに頬をかいた。
 
「お母さん、名前ちゃんと勉強したいからこっち使うね」 
 
 キッチンのテーブルを指差す出久に、ソファの上でクッキーとリモコンをそれぞれの手で握った引子が「いいよ」と振り返り、そのままテレビを消した。
 
「引子さん、テレビ見てて。気を遣わないでよ、むしろわたしがお邪魔なのに」
「いいのいいの、止められなくて困ってたの。お風呂に入りたかったからちょうど良かった」 
 
 ついつい続きが気になって見続けちゃうのよね、とぷっくりした頬を照れくさそうに押さえて眉を下げて笑う。出久とそっくりだ。椅子を引いて座ろうとする出久を見れば、名前の視線に気付いた彼は「お母さん、最近ドラマにハマってるみたいなんだけど、夜ふかししすぎてるみたい」と柔らかく笑った。
 
 出久を講師に迎えた勉強会はサクサクと進められた。隙間なく埋められた解答欄。まさか全部解けるとは思っていなかった名前は、宿題プリントを持ち上げてまじまじと見つめた。お疲れさま、と向かいに座る出久がはにかんだ。
 
「は〜完璧だわ……わかりやすかった!ありがと」
「ほ、ほんと?役に立てて良かった……!」  
「雄英ヒーロー科の時点ですごいのに、勝己も出久も勉強もできるんだもんなあ。すごいね」
「全然!全然そんなことないんだ、ほんとに、たまたま今回のところこないだの授業でやってたから覚えていただけで……!」
「そんな謙遜しなくてもいーじゃん。勝己なんて褒めてもドヤるか馬鹿にするかしかしないよ」   
「はは……かっちゃんらしいね」
 
 苦笑いを浮かべて、出久は席を立った。冷蔵庫を開けた出久が、「名前ちゃん。オレンジでいい?」と尋ねたので頷く。
 散らした筆記用具を片付けていると、パラパラと消しカスが落ちた。「やば。これ勝己の借りたままだった」消しカスを乗せた短パンの持ち主が自分ではなかったことに気付いてポツリと呟けば、すぐ近くのキッチンカウンターから「わあっ」と情けない声が聞こえた。
 
「大丈夫ー?」 
「ご、ごめん……入れ過ぎちゃった」 
  
 戻ってきた出久が大事そうに持ったガラスコップには、オレンジジュースがなみなみと注がれていた。申し訳無さそうに眉を下げる出久に名前は吹き出す。
 
「ぶはっ、やっちまったね?」
「う、やっちまいました……僕が飲もうと思ったんだけど、これで最後で……」
「いーよ。オレンジ、好きだし。あ、ちょっと待って。そのままストップね!」
「え?」
 
 名前はスマホを手に取ると、画面を見ずとも覚えている指先でカメラアプリを起動し、レンズを出久に向ける。「ちょ、まっ!」と抗議の声をあげようとしたその瞬間をぱしゃり。
 
「ぷっ、見てよこの顔!」
「も、もう!名前ちゃん、恥ずかしいって……待って、今それ誰かに送ってなかった!?」
「勝己」   
「それ僕の写真を送る相手の中で一番ダメな選択肢だからね!?取り消して!おわっ」
 
 咄嗟に名前に手を伸ばしてしまった出久の足元が濡れる。溢れたオレンジジュースを指差して、名前は意地悪く笑った。
 
「……やっちまったね?」
「うう……やっちまいました……」 
 
 コップをテーブルに置き、出久はティッシュを手に取るとしゃがみこんで床を拭いた。
 名前は画像を送ったばかりのトーク画面を見る。すぐについた既読のあと届いた”死ね”のメッセージが予想通りすぎて笑いつつ、”意外に仲良くやれてる!”と打ってスタンプと一緒に送信した。
 簡単にジュースを拭き取ったあとも床に座ったままの出久が、遠慮がちに視線を寄越して、また床に視線を落とす。
 
「その、名前ちゃんとかっちゃんてさ」
「んー?」 
「つっ付き合ってるの……?かなあって」
 
 何を聞いてくるかと思えば。名前はまた吹き出した。

「いやいやいや、ないでしょ!」 
「えっそ、そうなの……?でも、かっちゃんカッコいいし、その、すっ好き、だったり、とか……?」 
「うへえ、やめてよ。家族みたいなもんなのに」 

 一瞬、脳裏に彼氏として隣に立つ勝己のイメージ映像が流れ、名前は唇を引きつらせる。無理だ。 
 
「出久とだってそうじゃん。今更そういうふうには見れないでしょ?ま、女子ってことでなんか引っかるんだろけどさ、クラスの子ほど緊張しないでしょ?わたしごときで意識してたら一生彼女なんてできないよ〜」
 
 出久の口から付き合うだなんて話が出たものだから、名前はお節介は承知の上で彼の今までの態度を突っついてみた。
 きっと声を詰まらせて恥ずかしそうにしているはずだ。
 
「それは、違うよ」 
 
 そう思っていたのに、ゆっくり立ち上がった出久はぎゅっと眉を寄せていた。少しからかいすぎたかもしれないと名前が何か言おうとして、唇を動かして、止める。
 出久とこんなにしっかり目が合うことなんて、今まであっただろうか。
 
「確かに、女子と話すのは慣れないし、緊張するけど。でも、僕が一番緊張するのは名前ちゃん、だから。僕はずっと、名前ちゃんをそうとしか見てないんだけど……」
 
 名前はぽかんと口を開けたまま出久を見ていた。
 今なんて言った?どういう意味?
 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、少し迷った末に疑問を口にした。
 
「そうって?え?」  
「だから、その……待って。僕、いま、すごいこと言ってない……?」 
「は?もしかして出久ってわたしのこと好」
「わあああああ!待って!言わないで!」 
 
 林檎もびっくりなほど真っ赤になった出久が、名前から飛び出してきそうな言葉を慌てて遮った。 
 
「まだ言うつもりなかったていうか、かっちゃんと付き合ってると思ってたし、フラれるのわかってたから!かっちゃんより強くなってからとか、ヒーローになれてからとか色々タイミングを考えてる途中というか、だから今のは違うんだ!いや、違わないけど!とにかく今じゃないんだ!その、ううう……ごめん!お願いだから忘れてっ!」
 
 次々飛び出してくる言葉が先程の疑問の答えだということをわかっているのだろうか。名前はじわじわと染まっていく頬を隠すように、すっかり温くなったオレンジジュースを口にする。
 今までの態度も、あれもこれも全部。女子だから、ではなく。自分に好意を持っていたからこそのものだったとしたら。
 
「あーもう……ほんっと僕って、かっこ悪い……」 
 
 いつも以上に真っ赤な顔の出久には、固く引き結んだ唇はオレンジジュースの酸味のせいだと思ってほしい。
 
「あのさ」
「な、なんでしょうっ!?」
 
 予想を超えてきた幼馴染への対応がわからない。目の前で背筋を伸ばして立つ幼馴染の裏返った声に笑う余裕がない。
 助けを求めてスマホに手を伸ばす。既読のつかないトーク画面。右上の時刻表は21時39分。もうひとりの幼馴染は早寝早起きが基本だ。もう寝ようとしているのかもしれない。それでも、まだ起きていることに賭けたい。 
 
「とりあえず勝己に電話していい?」
 
 無料電話をタップしようとする名前の指を真っ青な顔をした出久が掴んで、叫んだ。
 
「絶ッ対ダメ!!!!」
 
 
2021.9.9

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