小説 | ナノ

塩味チョコレイト

「砂月くん、これ」


手には小さな袋。



味チョコレイト



…何だコイツ。朝から落ち着かないと思ったら。
袋と、目の前の女…春歌を交互に見やると、俯いて俺の胸に袋を押し付けてきた。


「…あァ?」


何だってんだ、意味がわかんねえ。するとそんな俺の様子に気付いたのか、春歌はゆっくりと口を開き、ボソボソと何か呟く。


「…は、……デー……で、……」

「あ?聞こえねーよ」


左手でコイツの頬を撫でてから軽く摘まむ、と、バッと勢いよく顔を上げて目を白黒させる。


「ぃ、いひゃいよぅ…さつひ、ふっ…」


そのバカ面に免じて手を離し、「で、何だ」と急かすように問うと、今度はハッキリと


「も、もうすぐバレンタインデーなので、その、チョコ、を」


と言った。
カレンダーに目をやる。今日は、2月13日。


…へえ、そういうこと。


「こういうのは、那月に直接やった方が良いんじゃねえの?」


コイツと那月が好き合っていることは知っている。那月がコイツの手作りチョコレートを一週間前から楽しみにしていることも、知っている。
知っていて、敢えて。那月の精神状態を案じて。今は奴の意識を無理矢理押さえ付けている。
…だから、奴が回復して此方に戻ってきた時に、幾らでも渡してやれと思ったのだが。


「あ、えっと…これは…、砂月くんの分だよ」

「っ、はァ?」


間抜けな声が出てしまうのを止められなかった。今、コイツは、何て。


「那月くんと同じ位、砂月くんも大好きです。貴方も那月くんの一部、でしょう?次、いつ会えるかわからないから、一日早いけど…」


そう言って、かあっと頬を赤らめ黙ってしまった。


「……わかった」


嗚呼、これは。物凄く、反則だ。




練習が終わり、一人、部屋でくつろぐ。
そういえば、と思い、昼に貰った袋を開けて幾つかある中身の一つを取り出す。
小さなハート型のチョコレート。手作りなのだろう、形が歪だ。

……そういえば、「俺」がチョコレートを貰うのは初めてか。
ベッドに転がり込んで仰向けになり、チョコを照明にかざす。輪郭がぼやけ天井に溶ける。
那月がこれまでに幾度となく大量のチョコレートを貰うのを心の深淵から見たこともあるし、「那月」として、奴の代わりに受け取ってやったこともある。


でもそれは、那月への。
しかしこれは…俺への。


「……くっ」


――心がじわりと暖まるような、それでいて妙にくすぐったいこの感じは一体何だろうか。
疑問が、そして答えが。心の奥底から沸き上がる嬉しさが、心の表面に降り注ぐ哀しみが。止めどなく溢れてくる。
そうか、そうなのか。


「俺は、アイツを……春歌を……こんなにも、」

こんなにも、好きになっていたというのか。

俺は那月の影、そして那月そのもの。那月を守る為に生まれ、那月の為だけに存在するというのに。
いつの間に、アイツに絆されてしまったのか。
俺が那月を苦しめ、悲しませ、苛める以上、近いうちに消えなければならないと決意した矢先に。どうして…どうして、今。気付いてしまったのか。


「畜生……」


自然と声が震える。感情を抑えることができない。
何をどうすれば良いのかわからなくなって、指先の熱で少し溶けたチョコレートを口に放り込む。
春歌の、そして俺の初恋の味……。



「……しょっぱい…………」


最初で最後のチョコレイトは涙の味だった。



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ゲームやったってのに、何だこの捏造…そして季節感は何処かに行きました




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