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After Halloween

ドンドンと盛大に戸を叩く音がして、何事かと扉を開けると、悪魔と狼男……もとい一十木と一ノ瀬が立っていた。そう、どこからどう見ても正真正銘悪魔と狼男の格好で、手に菓子の入った袋とマジックペンを持って。そして、それはもう爽やかな笑顔でこう言った。

「マサっ!」
「聖川さん、」
「トリックオアトリート!」

――お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、と。

「あー、疲れた……」

言葉通り心底疲れたような様子でソファに寝転がる『吸血鬼』。神宮寺、着替えないと衣装にシワが残るぞ、と周囲に散乱する菓子の包装を片付けつつ注意するが、気怠そうにはいはいと答えるだけで動こうとしない。それだけ疲労が溜まっている理由は自分も目の当たりにしていたからよく分かっているのだが。

「菓子を持ちあわせていなかったお前が悪い」
「丁度切らしてたんだよ。それに、この年になってまさかやるとは思わなかった」
「まあ……俺もすっかり忘れていたのだがな」

カレンダーに目を向ける。11月1日。そして時計の針は二つとも天井を指している。つまり数分前は10月31日、ハロウィンだったのだ。
偶然にも部屋には買い溜めしていた駄菓子の類いがあったため、それらと引き換えに二人の悪戯を免れた。その後「聖川真斗の部屋にはお菓子がある」という情報が流れたらしく四ノ宮と来栖、果ては先輩方まで押し寄せてきたため、その場の流れで自室にてハロウィンパーティーを開くことになったのである。
しかし神宮寺は菓子を何一つ持ち合わせていなかったらしく――最後に登場した彼の顔にはでかでかと落書きが施されていた。

「額に『肉』とはどういう意味だ?」
「お前は知らなくていいよ……。まったく、落とすのに苦労させられたよ。水性でほんとよかった」
「油性だと仕事に影響するからだろう。……しかし容赦なく悪戯するものなのだな」

四ノ宮と来栖からは全身擽りの刑。寿先輩と黒崎先輩、更にカミュ先輩までもが(カミュ先輩は甘党でいらっしゃるから恐らく善意の行動なのだろうが)神宮寺の口一杯にチョコレートを詰め込んでいた。愛島は皆の様子に慌てふためき、美風先輩は始終、哀れなものを見るような眼差しを向けていた。
神宮寺は普段は嬉々として悪戯を仕掛ける側に回る人間だが、昨日ばかりは菓子を持たないものにその権利など無い。それをちゃんと弁えていた神宮寺は無駄な抵抗もしなかったようだ。皆の日頃の憂さ晴らしを兼ねているかのような悪戯責めはなかなか面白かった。

「なあ、神宮寺」

片付けする手を一旦止め、呼び掛けたが返事がない。閉じられた瞳、ゆっくりと規則正しい呼吸に合わせて上下する体に、神宮寺が寝ていることがわかった。何も掛けないまま寝るのは体に悪い、といつもならすぐに叱って起こすのだが、何故か起こす気にはなれなかった。

「本当にそっくりだ」

傍らに座り、顔を覗き込んだ。元々端正な顔立ちをしているのもあり、寝顔もなかなか綺麗なものである。そっと目元を親指でなぞる。吸血鬼をイメージしたメイクなのか、朱く縁取られたそこは普段の特徴的な垂れ目を吊り目に錯覚させていた。容貌の変化は中々に侮り難く、昔話に出てくる吸血鬼さながらの雰囲気を醸し出していた。――今にも目を醒まして、本能のまま首筋に鋭い牙を立て、体中の血を吸い尽くされてしまうのでは無いかと錯覚し、首元がじわりと熱くなるほどに。
俺は、神宮寺の寝顔に魅せられていた。
見詰めたまま、どれくらいの時間が経過しただろうか。神宮寺がぴくりと動いたことでこちらもはっきりと意識が戻ってきた。程なくして神宮寺の瞼が重そうに開かれる。

「……あ、れ。もしかしてオレ、着替えないで寝てた?」
「ああ。疲れていたようだったから何も言わなかったが……まだ起こさない方が良かったか?」
「いや、このままだったら多分朝まで起きれなかったから、ありがとう」

ふあぁ……と欠伸をして、俺に対しては珍しく素直に謝辞を述べ、未だ眠たそうに目を擦る。
そしてこちらを見た瞬間、カッと目を見開いて飛び起きた。

「っ……ていうかさ、もしかして、襲ってる最中?」
「は……?」
「は、って。この体勢で寝込みを襲おうとしている以外に何があるのさ」

顔を、耳まで真っ赤にした神宮寺に取り敢えず顔近いから離れろ、と肩を押される。そう言われてみれば、覗き込んでいたが故に確かに顔は近かったかも知れないが。しかし俺自信に襲うなどという気は全く無かった。では何故神宮寺はそう受け取った?
思考を高速で張り巡らす。
要するに。

「ふむ。神宮寺、お前はまだ悪戯をされ足りなかった、ということか」
「何でそういう発想になるんだ!」
「そうではないのか? では何故襲うなどという不埒な考えに至った。俺はお前の身を案じていただけなのに」
「……っ!! それは」
「ふっ。良いではないか」

自分でも少々無理のある理由だと思ったのだが、どうやら思い当たる節があったようだ。神宮寺は本能的に危険を察知したのか、この場から逃げようと後ずさる。しかし不運なことに、ここは二人掛けのソファの上。寝起き直後のまだ身体が覚醒していない状況では無駄な足掻きだ。すぐに捕まえることが出来る。

「ちょ、ホントに、やめっ」

抵抗といった抵抗をされないのをいいことに押し倒す。耳を軽く擽ると、びくりと大げさに体を震わせた。ふうっと息を吹きかけるとより甘く高い声を出す。先程までの凛々しく美しい吸血鬼の威厳はどこへ行ったのか、今の姿はまるで小刻みに震える小動物のようだ。これっぽっちの悪戯でも毎回いい反応をするから、こいつで遊ぶのはいつも飽きない。
本当に、愛おしい存在だ。

「止めん。思い返せば俺だけ悪戯していなかったのだ。不公平だろう」
「やっ、そん、な……。不公平も何も、ハロウィンは終わったのに……っ! 」

余計なことを言わなければよかったとばかりに睨みをきかせ、舌打ちをする神宮寺。それはせめてもの反抗の意思表示なのだろうが、実際は俺を燃え立たせるだけである。まあ、さらに気分を害してしまうだろうからそれは言わないでおこう。さて、次は何をして遊んでやろうか。ハロウィンを口実に、何をしても許されるであろう今この時を有効に使ってやりたい。

楽しい楽しい『後夜祭』はまだ、始まったばかりだ。




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