9.風間蒼也と私と温もり。
今日は、風間が遠征任務でいなかったため、大学の講義全て一人で受けた。
そのため、周りの声がいつもよりたくさん聞こえた。
その中で私が聞いてはならないことを聞いてしまった。
「ねぇ、風間ってさ強いのかな。」
「さぁ。ボーダー隊員だからよくいないけど。どうなんだろうね。」
「だってあんなちっちゃいんだよ?うける。無理っしょ。」
「たしかに〜。てかよくボーダーに入れたな。」
みょうじは全ての細胞が震えたつのを感じた。
全身に熱がこもり、今にでも怒鳴りそうな勢いになる。
体が怒りで震え、下唇を噛んだ。
あんなやつらと一緒の空気を吸いたくない、と思い、
教室から出て行き、4限は受けずにボーダーに向かった。
それでも怒りは収まらなかった。
みょうじは、あの場面であの集団を殴らなかった自分を褒めて欲しい、と誰かに責めた。
行き場のない怒りがこみ上げてくる。
みょうじは研究室に着いてからも誰一人と話すことなく、黙々と研究を続けた。
今何かを発したら、全ての思いがこぼれそうになる。
頑張って口を紡ぎ、ふたをした。
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「あぁ、風間さん。お疲れ様です。」
「あぁ。」
任務を終えると、会議室に太刀川がいた。
「なんでお前がここにいるんだ。」
「いや、ちょっと聞きたいことがあって。」
「なんだ。」
「ねぇ、なんで今日みょうじさんあんなに機嫌が悪いんですか?もうすげえ怖いんだけど。」
「…知らないな。」
「え、まじ?風間さんなら何か知ってるのかと。だって廊下で会ったら話しかけるなオーラがやばかったですよ。」
「みょうじは今どこにいる。」
「研究室にいるんじゃないですか……って行くの早っ。」
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風間は急いで研究室に向かった。
みょうじがそこまで怒るのには何かワケがある。
オーラを出すほど怒るなんてそうそうない。
一度風間は見たことがあるが、もうそれきりだった。
早くみょうじに会いに行かないと。
そう思うばかりで駆け足でみょうじを探した。
「!」
みょうじは現在は使われていない会議室にいた。
「…はぁ…。探したぞ。」
ソファに座りうつむいているみょうじに近づいた。
「風間…?」
「お前…。」
顔を上げたみょうじは、目が真っ赤になっており、声に覇気がなかった。
「どうしたんだ、お前。」
「……風間…。」
みょうじの隣に風間が座ると、みょうじは風間の服の裾を掴んだ。
「何があった。ゆっくりでいいから話せ。」
「…。」
「お前の言うことは全て信じるし、全部受け止めてやる。俺に言えないことか?」
「……言い、にくい。」
「お前が言いたいときに言え。」
「……………今日は、一人でいたくない。」
「……俺の家、来るか?」
「…。」
みょうじは風間の言葉に力なく応えた。
「……分かった。帰る準備するから、お前は落ち着いて入り口で待ってろ。ここで待っててもいい。またどこにいるのか連絡しろ。分かったか?」
「…。」
ゆっくりとうなずき風間の服から手を離した。
その壊れてしまいそうな手を風間は優しく握ってから会議室から出た。
風間の脳内では色々な思いが混ざっていた。
何があったのだろうか。もしかして痴漢とかに遭ったのか、何かを盗まれたのか。
あんなに怒り、悲しむみょうじはいつもよりすぐに壊れてしまいそうで、風間は少し恐ろしくなった。
痴漢にあったとすれば、自分は感情を押さえきれないかもしれない。
風間は急いで準備をし、報告書は明日やる、と勝手に決めてみょうじの元に向かった。
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みょうじは、家に向かう途中でも、一言も話すことはなかった。
風間はみょうじに対して「そこ、気をつけろ。」「寒くないか?」とただただ何も言わないみょうじを気遣うしかなかった。
「…そこのソファにでも座っていろ。今コーヒーいれる。」
「…うん。」
ようやく喋った。それだけでも風間はほっとした。
みょうじはアウターを脱ぎ、静かにソファに座った。
少し落ち着いたのか、出したコーヒーにも手を出し、泣いた分の水分を取り戻すかのようにたくさん飲んだ。
「…今日、大学で聞いちゃったの。」
「あぁ。」
みょうじはカップをテーブルに置きながらポツリと話し始めた。
風間はどういう話なのか内心ドキドキしながら話に耳をかたむけた。
「風間のこと。ある集団が「あいつなんかチビだし強くないだろ。」って。」
「…は?」
思いも寄らない言葉だった。
「風間のこと、何にも知らないくせに。弱い、とか。よくボーダー入れたな、とか。めちゃくちゃ言ってて。私、腹が立って。でも殴ったり怒鳴ったりするわけにはいかなくて。どうしようもなくて。怒りだけがこみ上げてきて。悔しくて。悔しくて。」
みょうじは自分が何かされて怒っていたわけではなかった。
自分のために怒ってくれていたのだ。
風間はみょうじが何かをされたわけではなかったことを知り、安心した。
「もうほんと、あいつら殴ってやろうかと思った。許さない。悔しい。むかつく。
……って。何で風間笑ってるの!」
「いや……お前、最高だなって思って。」
「何が。」
愛おしくてたまらない、そう、言いたい。
その涙を我慢するような潤んだ瞳を、独り占めしたい。
「俺はてっきりお前が何かされたのかと思った。けど俺のために怒ってくれたんだなって思って。安心した。」
「安心しないでよ!だってあんなひどい悪口言われたんだよ!?風間はむかつかないの!?」
「まぁ、腹は立つと思うが怒りはこみ上げてこないな。誰かさんが俺の変わりに悔しがってくれたから。」
「………だって。むかつくんだもん。」
「あぁ。ありがとう。」
ソファの上で体操座りをするみょうじの頭をぽんぽん叩いた。
「明日土曜日だろ。何か用事でもあるか?」
風間はみょうじの肩を軽く自分のほうへ抱き寄せた。
「……ないけど。」
「じゃあ気分転換にどこかでかけよう。お前の好きな場所でいい。」
「分かった。」
「今日はもう遅いから泊まっていけ。近くに生活用品も少し売っているスーパーがあるからそこで下着でも買ってこい。服は俺の着ろ。」
「…うん。」
「じゃあさっさと行って、飯でも作ってやる。」
「風間料理できるの?」
「当たり前だろう。」
「…なんか負けた気がする。」
「何を言ってるんだ。ほら、行くぞ。」
「うん。」
「お風呂、入ったよ。風間も入れば?」
「あぁ。」
「……あの、つかぬことを伺いますが、私の寝床はどこでしょう。」
「俺のベッドで寝ろ。俺は布団敷いて寝る。」
「あ、布団あるのね。よかった。」
「諏訪たちがたまに泊まりに来ることがあるからな。用意してある。」
「なるほど。」
風間は布団なかったらみょうじは一緒に寝たのだろうか、と思ったが、そんなことをするわけにはいかない、と思い、何がなんとしてでも別々に寝ただろう、と思った。
みょうじは、風間の優しく笑い、自分を抱き寄せた温かさと香りが忘れられなかった。
優しくも、強くてしっかりしている風間の手は私の肩を抱き、風間のほうへ吸い寄せられた。
肩から伝わる熱がたまらなく恋しい。風間がお風呂に入っている間、寂しい気持ちが沸いた。
いつからこんなに風間を必要としている自分がいるのだろう。
風間がいないとどうかなってしまうのではないか。
怒りを押さえているときも、風間の声がすると肩の力が抜けていった。
優しく握ってくれた手の感覚も、今でも忘れられない。
今着ている服も風間がいつも着ているのだと考えると嬉しくてたまらない。
少し香る洗剤の匂いが、風間の匂いと重なった。
もう!あの子ちっちゃいから服のサイズわりとピッタリじゃん!
そう心の中で叫んだ。
さっきまでの怒りは無くなっていた。
何かあったっけ?
そう思ってしまうほどに。
風間は凄いなぁ、とみょうじは思った。
明日、風間とおでかけするんだ。
そう思うだけで胸が高鳴る。初めて好きな人とデートしたときのような気分だ。
浮かれて浮かれて、どうしようもなく幸せな気持ち。
例え予定があったとしても必ず風間との約束を優先させるだろう、と思った。
風間がお風呂を出るまでににやけた顔をなんとかしないと。
みょうじは自分の頬をつねったり揉んだりして必死だった。
「明日、朝起きたら朝食って帰れ。何時に待ち合わせするか?」
「うーん。9時に起きるとするでしょ。」
「遅いな。」
「いいでしょ!ちょっとでもゆっくりしようよ。で、ご飯食べて家帰って11時ぐらい。じゃあ…13時かな。」
「分かった。13時にお前の家まで迎えに行く。」
「え、別に駅で待ち合わせれば……」
「俺が行きたいから行く。」
「……へーい。」
駄目だ、にやける。
「じゃあもう寝ようかな。一日イライラしてたら疲れた。」
「もういつも通りだな。」
「うん。風間のおかげ。ありがと。」
「そうか。じゃあ明日は楽しませてもらうぞ。」
「おっけ。任せて!」
深夜の少し静かで楽しい会話をして、二人は眠りに落ちた。
意外にもすぐに寝ることができた。
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