細めた目の、その視線に重ねた切っ先に一体どれ程の恋慕が込められているかをこの男は知らない。彼を斬りつける、傷つける、そうして彼を掌握するという歪んだ欲望が自分の皮膚下で渦巻くのを、この男は。

自分に向けられた、あまりにも精巧に光る刃、背中をぞくりと震えさせる張りつめた緊張の心地よさ。頭の奥の方でひたすら警告が鳴っている、この対峙に背を向けろと、危険を察知して全神経がじりじりと焼け付く。無論僕はそんな愚かな真似をしたりはしない、この楽しむべき感触を逃したりはしない。




「去れ、おまえを斬る命は受けていない」

「はは、笑わせますね。去れだって……あなたは人斬りであるべくその色を持ち合わせているんでしょう」


自分の眼はもうこの男を眺めるためだけにある、不穏な赤のよく似合うこの男を見据えるためだけに。なぜだかそんな気がしてならなかった。

どうか歪みきった想いを綺麗なその色で塗り潰して欲しいのだ、自らの、澄んだようにみせかけている水中の色を。それでもその下に隠れている淀みがいつの間にやら浮いてきてやがて彼の赤を覆ってしまうのだろう。ああ美しいあの色をのみこむのはこの歪みきった想い、狂気じみた恋慕。
それでもどうか希う、このからだを真っ赤に染めあげることを。そしてそれはたったあなたの血の色でのみ執り行われる行為。



「なら、しっかり全うしてくれなくちゃ」


氷より冷えた声音、静寂の切っ先、貼りつく笑顔を剥がしたならそれはこの男をころす一振りの合図。この愛はただただ殺意を含んでいる、内に蠢くそれは一見の矛盾を帳消しにするほどの強い感情。



「あなたの意志を残らず摘み取ってゆくのは誰なんです?僕はその人に礼を言いたいな」

「……くだらないお喋りはやめろ」

「ふふ、ねえ、みじめで気高いあなたの息の根をひと思いに止めてやるのはこの僕以外には居ない」




僕は人斬り以蔵という彼の名しか知らない。

僕は捧ぐべき清らかな微笑みを知らない。裸のてのひらに伝わる体温を知らない。交わすやさしい言葉たちを、隣に座して食む甘味の味を、色を一切まとわぬ互いの素肌を、僕は知らない。




「だって、この役どころは誰にもくれてやるつもりはないんですから」



そんなものは全て彼の首をはねることで手に入るのだ。そして口角の下がってゆく、笑みはもう直ぐに絶え、その後には斬首を望むひとすじの閃光。



  淀む欲しがり



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