嫌なことがあったとき、つらいことがあったとき、いつも鬼道は何も言わずマントを貸してくれる。俺はそのマントをかぶってひたすら目を閉じるんだ。そうすれば、不思議と頭の中がすっきりする。鬼道のにおいに包まれたマントはすごく居心地がよくて、ついついかぶったまま眠ってしまうこともあったりするんだけど。俺は鬼道のマントが好きだ。
「鬼道、おれ、鬼道のマント好きだなあ」
みんなが帰ったあとの物静かな部室。部誌を書いていた鬼道は、手をぴたりと止めてマント?、と聞き返した。
「うん。鬼道のマントって、落ち着くんだ。鬼道のにおいがして」
「………円堂、」
「ん?」
鬼道が、持っていたシャーペンを床に落とした。かしゃん、ころころ。それは俺の足元まで転がってきた。「鬼道?」シャーペンを拾い上げて顔を見たら、鬼道の耳が真っ赤になっていた。どうしたんだろう。
机にシャーペンを置こうとしたら、不意に手首を掴まれた。わっ。驚いて思わずシャーペンを落としてしまった。青色のシンプルなシャーペンは、再び床をころころ。
「円堂、それじゃまるで俺のマントが好きというより、俺のにおいが好きみたいに、聞こえる」
ころころこつん。椅子の足にぶつかったシャーペンを見ていた俺は、のろのろと鬼道の顔を見つめ直す。鬼道のにおい。
「うん、好きだ。鬼道のにおい」
「……そうか」
鬼道はパッと手を離すと、ゆっくり椅子に腰掛けた。俺ももう一度座り直す。それと同時に、鬼道が口を開いた。
「俺はにおいだけじゃなくて、おまえごと好きなんだがな」
「え」
「…ふ、書き終わったぞ、円堂」
鬼道は、部誌を開いたままさっさと部室を出て行ってしまった。追いかけようと足を踏み出したところで、鬼道の書いたページが目に入る。○月×日、晴れ。
好きだ、円堂。
「……………っ!」
消した跡が何度もある。そういえば、今日はやけに消しゴムを使っていた。もしかしてずっと、タイミングを窺っていた?
俺は部誌を片手に勢いよく部室を飛び出した。この部誌を、鬼道に突き返してやるために。
○月×日、晴れ。
好きだ、円堂。
おれも!