「銀ちゃん。コイツ何アルカ?」
神楽が突然立ち止まり、俺に話し掛けてくる。指さした先には、カマキリが一匹。独特の形をした前足を構え、こちらを睨み付けていた。
「あぁ。カマキリだよ、カマキリ。触んじゃねェぞ?引っ掻かれるから。」
カマキリの方に伸ばそうとした神楽の手を掴み、そう忠告する。
幼い頃、カマキリに手を引っ掻かれた事がある。
あれは、そう。アイツと草むらで遊んでいた時だった。
「銀時。何だコイツは。」
俺の着物の袖をちょいちょいと引っ張って、アイツが指さした先にはカマキリが一匹。独特の形をした前足を構え、こちらを睨み付けていた。
「あ?カマキリじゃね、カマキリ。」
二人、近くに寄って、その奇妙な昆虫を観察する。
カマキリは動かない。ただ、俺達を睨み付けるその大きな目は、鋭さを失う事は無かった。
きっと、いや間違い無く、俺達の事を敵だと思っているのだろう。いつ攻撃してきてもおかしくない。こういう奴には、触らないのが一番だ。
「…何かすごいな、コイツ。」
だが何を思ったか、アイツはその小さな手を、カマキリに近付けた。
その瞬間、カマキリが動く。
「危ねェ!」
俺はアイツの手を払った。その時、カマキリの前足は俺の手に傷を残した。
皮膚が切れたのを感じ、引っ掻かれた箇所を見る。それは単なるかすり傷で、それ程痛みは感じなかったが、血だけは妙に大袈裟に出ていた。
「銀時!大丈夫か!?」
アイツが慌てて俺の手を掴む。少しドキッとした。
「大丈夫だよ、こんなもん。」
「でも…」
あ、泣きそう。
俺は焦った。どうもアイツの涙には弱かった。
本当に大した事は無いのに、泣かれては困る。
「いや、大丈夫だから。何でお前、そんな顔すんの。」
「…だって、痛そうだ。」
ごめんな、ごめんな銀時。
そう言って、アイツは俺の手をぎゅっと握る。何だか妙に照れくさくて、俺はアイツの顔をまともに見る事が出来なかった。
ふと思い出して、先程カマキリが居た草を見てみる。カマキリは、既に姿を消していた。あんななりして、妙に素早い奴だと思った。
今度は、アイツに握られた手を見てみる。大袈裟に流れ続けた血は、アイツの手を赤く汚していた。
「いい加減離せよ。手、汚れてる。」
「ごめんな…銀時。」
先程からそれしか言わないアイツの瞳からは、ぽろぽろと涙が零れていた。握った俺の手を離そうとはせず、寧ろさらに強く握ってくる。
俺はもう何も言わなかった。
手に傷を負って、目の前で好きな子が泣いて。
それなのに、こんなにも幸せを感じてしまうのは何故だろう。
顔が緩みそうになる。必死で堪えて、アイツの手を振り払い、今度は俺がアイツの手を握った。
きっと驚いているだろう、アイツの顔は見ない様にして。ぐいぐいと引っ張って、無理矢理アイツを家まで送っていった。
「コイツめっちゃ強そうアル!定春28号の仇、討てるアルカ!?」
俺の忠告を全く聞く気が無いのか、神楽は嬉しそうに尋ねてくる。
「止めとけって。それより早くカブトムシ探すぞ。」
神楽の首根っこを捕まえて、いつの間にか先に行ってしまった新八を追って、森の中へ進んで行く。
途中、振り返ってみる。思った通り、カマキリは忽然と姿を消していた。