paradosso!
(銀桂/大学生パロ)
「意味が分からねェ。」
全ての講義を受け終えて桂のアパートに転がり込んだ銀時は、与えられたレポート課題を眺めながら、怠そうにそう呟いた。
「もーやだ。ヅラーこれやっといて。」
カップが二つ並ぶテーブルの上にプリントを投げ出して、ごろりと床に寝転がる。
「ヅラじゃない桂だ。貴様何を言っている。学部が違う俺に分かるわけがなかろう。」
溜息を一つ吐いて、桂は投げ出されたプリントを眺めてみる。そこには自分が所属する学部では絶対に登場しないような言葉ばかりが並んでいた。
「お前なら頭いーから、出来るよ。」
寝転がってしまい姿が見えなくなった銀時が言う。どうも眠くなってしまったらしい。声に力が入っていない。
「こら。寝ている場合ではないぞ、銀時。この課題、提出日が明後日ではないか。」
「んーいーよー、明日頑張るからー…」
既に半分夢の中に吸い込まれてしまった銀時に、桂はまた溜息を一つ。こんなやる気のない男に付き合ってはいられないので、自分の課題に再び集中することにした。
一日の講義が終われば、銀時はすぐさま桂の部屋に転がり込んで、深夜までだらだらと過ごすのが日課となっている。桂はと言えば、そんな銀時の存在を特に気にするでもなく、自分のすべきことを計画的に済ませていく。
他人が部屋に居ることによる独特の緊張感なんかは、今でこそ全くと言っていいほど感じなくなったが、初めて銀時を部屋に招いた日は、酷く緊張したものだ。
変なものがないか部屋を余すところなく見回したし、掃除だって、誰が見ても完璧と言われるくらいにまで徹底的に行った。日頃から掃除をさぼるような性格ではなかったし、部屋に物が多いわけでもなかったが、少しでも怠惰な自分を、銀時には見せたくなかった。
いつの間にか、そこまでのことはしなくなった。銀時は余りにも頻繁にやって来るし、いつも当たり前のように居座る。何より、桂自身が銀時の存在がそこに在ることに慣れてしまった。
銀時の存在は、まるで空気のように、この部屋に在るのが当たり前なのだ。
「ヅラー。起きろ。」
声が聞こえて目を開ける。いつの間にか眠っていたらしい。ヅラじゃない、と言いながら、ゆるゆると起き上がれば、銀時の顔が思った以上に近くにあって、少し驚いた。
「さぼってんじゃねーよ、優等生。」
「貴様に言われたくない。」
銀時は嫌味を言ってにやりと笑う。軽く受け流して目を擦っていたら欠伸が出た。でかい口な、と銀時が言った。特に反応せずに時計を見ると、既に23時を回っていた。銀時が立ち上がる。
「帰るのか?」
「おー。明日一限あるし。」
「レポートは?」
「お前が寝てる間に終わった。」
要領のいい男だ、と桂は思う。何だかんだ言いながら、銀時はいつだって課題の締め切りは必ず守る。講義は頻繁にさぼっているようだが、テストの点数は悪くはない。
真面目に生きてきた桂には、それが少し妬ましかった。
「相変わらず、要領だけはいいのだな。」
口に出してから、しまった、と桂は思った。語気に棘があった。口を押さえて恐る恐る銀時を見ると、その顔に浮かんでいたのは、少し悲しげな苦笑い。
「…じゃ、俺帰るわ。」
「あっ、銀時!」
そのまま部屋を去ろうとした銀時の腕を慌てて掴む。振り向いた銀時の顔は、既にいつもの眠たそうなそれに戻っていた。
「どした?」
聞かれて言葉に詰まった。何を言えばいいだろう。謝ればいいのだろうか。ぐるぐると様々な思考が駆け巡る。
「あ、明日もうちに来るか?」
やっと思い付いたのは謝罪ではなく確認の言葉だった。またしても口に出してから、しまった、と思う。ここは謝るべきところであった気がした。
だが銀時はどこか嬉しそうに笑って、桂の頭を撫でた。
「ん。明日も来るよ。」
その言葉に、桂はなぜか酷く安堵した。ふう、と息を吐いて、銀時の肩に額をくっつけた。このまま明日から銀時が来なくなるなど、考えただけでぞっとする。
銀時の手が桂の頭を小突く。はっとして、桂は慌てて銀時から離れた。顔が熱い。銀時がまた苦笑いを浮かべた。
「じゃ、また明日な。」
玄関の扉が静かに閉まるのを見届けた。物が少ないこの部屋に、残ったのは自分だけ。
テーブルの上には使用済みのカップが二つ。先程までそこに在った存在を尊重するそれ。そして、その存在が去って行ってしまったことを物語るそれ。
胸がぎゅうっと締め付けられた。
おかしいだろう?
ここに居るのが当たり前で。まるで空気のように当たり前で。居るか居ないかも分からなくなるくらい当たり前なのに。
いざ存在しなくなってしまえば、こんなにも、こんなにも。
ああ、そこに居て当たり前の存在が、こんなにも特別で愛しいなんて。
桂はそんな思考を掻き消そうと頭を振って、明日も使うであろうその二つのカップを、台所で丁寧に洗った。
title:せなさま