3Zの銀♀桂パロでラブラブな二人




たまには外で会おうよ、なんて。我ながら捻りのない誘い文句だ。
その時、抱いていた肩がピクリと震え、桂は俺の顔を見た。

普段俺達が二人きりで会う場所は、国語準備室または俺の部屋。俺は白衣であいつは制服。
お決まりのパターンも悪くはないが、やはり別のシチュエーションでも会ってみたいものではないか。
そんな、好奇心にも似た心情で口にした誘いだった。思い付きで、軽いノリで誘ったつもりだった。

瞳が伏せられ、白衣を軽く掴まれる。
桂が、それってデートのお誘いですか、なんて頬を染めながら言うものだから、好奇心とはまた違う感情が込み上げてくる。

そうだよ、と言って、桂の髪を撫でた。桂は俺の肩に頭を預け、嬉しそうに笑った。





そんなこんなで、俺は待ち合わせ場所で桂を待っているわけだ。
誰かに見つかったら厄介なので、待ち合わせ場所は学校から離れた人気のない駐車場にした。見つからないと保証されているわけではないが、学校近くより幾分かはマシだろう。
現在の時刻、午前九時半。桂との待ち合わせは十時。まさかの三十分前到着だ。
俺らしくない。どちらかと言えば、俺は待ち合わせに三十分程遅刻して、相手を怒らせるタイプではないのか?実際そんな記憶もある。
休日だというのに、起床した時刻は六時半。目覚まし時計が鳴るよりも早く起きてしまった。平日でも、これ程の早起きは滅多にしない。する気にもならない。

俺らしくないことと言えば、もう一つ。服を新調してしまったことだ。
仕事着や家着以外に服を買うなんて、一体いつ以来だろうか。
私服を持っていないわけではないが、仕方がないだろう、いまいちピンとくる服がなかったのだから。
買ったのは、ジーパンとラフなシャツ。あと、ついでに靴も買った。
似たような服は持っているはずなのだが、新しいというだけで妙な安心感がある。
これで当日、服の組み合わせに困ることもないし、過去に付けた醤油のシミなんかが発見されて、慌てることもないだろう。

こんな細かいことまで考えてしまうなんて、やはり俺らしくないだろう?
軽いノリで誘ったはずなのに、どうにもソワソワとして、落ち着かない。
まるで中学生の男子が初めてデートするかのような心境だ。

もちろん俺は中学生ではないし、デートが初めてというわけでもない。
桂のせいで調子が狂ったのだ。あんなに嬉しそうな顔をするから。
ただ、学校でも家でもない場所で会うだけだろう。いつもと違う服を着て。
ただそれだけのことなのに、俺はこんなにも桂のことが待ち遠しい。三十分前に着いたのは自分のくせに、桂が未だ来ないことに苛立ちを感じている。
二十代も半ばを過ぎようとしている男が何をやっているんだ。何だが情けなくなって、溜息を一つ吐く。

「…先生?」

丁度その時、聞き慣れた声が聞こえた。いつの間にか下を向いていた俺は、すぐに顔を上げる。そこには、いつもと雰囲気の違う桂がいた。俺は息を飲む。
ファッションに関する用語に疎い俺には、桂が水色のカーディガンに白いスカートを穿いているという表現しかできないが、一言で言えば、シンプルで、清楚で、桂によく似合った服装だった。
迂闊にも見惚れてしまう。

「あの、僕、時間間違えました…?」

何も言わない俺に、桂が心配そうに尋ねてくる。

「…いや、十時に待ち合わせだったから…合ってんじゃない?」

働かない頭をフルに稼働させて、言葉を絞り出す。
今は十時二十分前。桂はかなり余裕を持って到着している。

「でも、先生がもう来てるなんて…」

遅れて来ると思ってたからびっくりしました。

その一言に軽くショックを受けたが、文句は言わない。いい大人が、張り切りすぎて早く来ちゃいました、なんて恥ずかしくて言えない。知られたくない。

「たまたま道路が空いてたからな、思ったより早く着いちまったんだよ。」

軽く言い訳をして、桂を車に乗るよう促した。





桂は可愛いものが好きということで、動物が放し飼いに近い状態で飼育されている牧場に連れて行くことにしていた。
片道二時間とかなりの遠出だが、ドライブも兼ねるなら、これくらいの距離が丁度良い。

途中、たまたま見つけた道の駅に寄り、軽く昼食をとった。
一際愛想のいい店のおばさんに、デートなんて良いわね、楽しんできてね、と声をかけられ、桂が少し照れながら頷いていた。何だか俺まで照れくさくなった。

たくさんの種類の動物がいる動物園ではなく、種類は少ないが全ての動物と触れ合える牧場を選んだのは、正解だったのか不正解だったのか。
桂は非常に喜んで、満面の笑みで動物たちと戯れている。が、その間俺は放って置かれっぱなしだった。
桂に抱かれ頬摺りされている兎に嫉妬しつつ、一人ぽつんと立っていたら、何故か一匹の山羊に異様なまでに懐かれた。
しばらく追っかけ回されて、やっと奴から逃れた頃には、息も絶え絶えになっていた。
息を整えながら桂の姿を横目で盗み見ると、兎を抱いたままこちらを見、楽しそうに笑っていた。





「今日はありがとうございました。」

まだ帰るには早い時間だった。少しだけ歩こうと車を止め、手を繋いで歩いていた時だった。

「楽しかった?」

「はい、とても。」

ふふ、と桂が笑う。その笑顔に沈みゆく夕日が当たり、美しさをより際立たせていた。

「あのおばさん、僕たちが教師と生徒なんて、気付いてなかったんでしょうね。」

桂は背も高めで大人びているから、制服さえ着ていなければ、社会人にだって見えなくもない。道の駅のおばさんは、俺たちを普通の若いカップルだと思っていたのだろう。だがそれは、休みの日限定だ。

「あの子、先生のことが大好きになったんですね。」

あの子とは、恐らく俺を追っかけ回したあの山羊のことだろう。先刻の出来事を思い出してげんなりとする。

「…僕、あの子のことが少しだけ羨ましかったんです。」

握られた手に力が込められる。楽しそうに笑っていたはずの顔は、笑ってはいるがしかし、少し切なげに歪んでいた。

「…どうして?」

「…だって、大好きな人のこと、堂々と追いかけられるから…」

それは、僕にはできないことだから。

そう続けて、桂は俺に寄り添う。握られた手はそのままに、俺は空いた手で桂を抱き締めた。

誰にも言えないこの関係は、知られれば今の生活を壊すことになるだろう。
わかっていても、この子は望んでいるのだ。
普通の恋人同士のように、学校から一緒に帰ったり、近所のコンビニなんかで寄り道をしたり、何気なく寄った公園でキスをしたり。
だが俺たちは、こんな遠出をしなければ、堂々と手を繋ぐことすらできない。

「…先生…好き、です。」

「…俺も、好きだよ。」

握っていた手を放し、そのまま桂の頬に移動させれば、伏せられていた桂の瞳は俺を捉える。俺が微笑うと桂も微笑い、その瞳を閉じた。

重なる二人の影を見ていたのは、恐らく、沈みゆく夕日だけだ。
だから、きっと大丈夫。
きっと明日も、俺たちはいつもと同じ生活を、送ることができるのだろう。





たまにはいいだろう?
日常に不満があるわけではないけれど。

許してくれるだろう?
日頃と違う君の笑顔を見ることを。

そして、また与えて下さい。
少しの間だけでいい、君を攫ってしまえる時間を。




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