あやか様リク
生徒銀時×先生♀桂で裏




「せんせ。」

下校の時刻はとうに過ぎ、誰も居なくなった教室。
そこに、ただ一人。窓辺に凭れて立つ男。
癖の強い銀髪が、夕日に照らされて光っていた。

奴は自分を待っていたのだろう。そうであることは知っているし、そうであることを望んでいる自分がいる。なんて恥ずかしいことだろう。

ゆっくりと奴に近付く。こんな気持ちを持ったまま奴に近付くことに、未だ躊躇いを覚える。
教師と生徒。禁断の恋の代表のようなこの関係。自分で言うのも何だが、生真面目な俺はつい最近まで、この想いを認めることすら出来なかった。
だが奴は言った。問題無い、何も心配しなくていい、と。こういう関係のほうが燃えるじゃん?なんて戯れ言も言っていたけれど、それでも奴の目は酷く真剣だった。
まったく、一体どちらが大人なんだか。

「やっと着いたね。」

奴はからかうように笑い、右手で俺の頬に触れる。右手はそのまま流れるように耳に触れ、首筋に触れた。優しいその手つきがくすぐったい。
右手が後頭部に辿り着いたと同時に、左手が俺の腰にまわり、奴のほうへ引き寄せられる。突然の出来事に驚き、反射的に閉じた目をゆっくりと開くと、そこには奴の、紅い瞳。
綺麗だと、ただ、思った。

「可愛い。」

奴が微笑むと堪らない気持ちになる。心臓がきゅうっと締め付けられるように苦しくなる。
後頭部に当てられた手に力が込められる。それに逆らうことなく、されるがままに。
俺は奴と唇を重ねた。





「あっ…ぅ…」

奴の肩と思われる部分を掴んだまま、目を開けることが出来ない。聴覚も嗅覚も味覚も触覚も、既に奴に犯された。これで目を開いてしまえば、五感全てが奴に犯され、どうにかなってしまいそうだ。
互いに座ったままの状態で繋がることは、正直なところ、きつい。俺は奴の足の上にほぼ乗っかってしまっている。足に力が入らないのだから、これはもう、どうしようもない。重くはないのかと思ったが、先程見た奴の表情からは、そのようなことは読み取れなかったので、気にしないことにする。

「どうして、目ェ開けてくんないの?」

緩く揺さぶりながら、奴は尋ねる。瞼に唇の感触。閉じられた瞼から溢れた涙を舐め取られた。

どうして、だと?そんなもの、お前が一番よくわかっているだろう?
俺の五感を快感が襲う。自らの意志でそれを抑えることが出来るのは、視覚だけだ。
それを解放してしまえば、お前の姿を見てしまえば。
俺は、もう。

「なァ、目ェ開けてよ。先生のキレーな黒い目、見たいんだよ。」

優しげな手つきで瞼をなぞり、もう片方の瞼に口付ける。奴が話すたび、睫に掛かる熱い吐息。止めてくれ。お願いだから止めてくれ。

「ん、ぁ…?」

突如、揺さぶりが止まる。与えられ続けた快感を突然奪われ、俺はただ戸惑った。不思議に思い、恐る恐る目を開ける。
怒らせてしまったのだろうか。俺が余りに強情だから。

「…坂、田?」

「…引っかかってやんの。」

目を開けたその刹那、奴の熱に浮かされたような紅い瞳に射抜かれる。汗ばむ首筋とか、上気した頬とか、色気を醸し出すそれらより、まっすぐなその瞳が、俺の視覚を支配していく。
ああもうお前になら、俺の全てを支配されてもいい。犯して、壊して。この、互いの年の差も、立場でさえも。

再び揺さぶられ、俺の快感は頂点に達する。
奴はただ、俺の腰に腕を巻き付け、自分の方に俺を強く引き寄せた。





事後、奴は俺の肩を抱き、俺は奴の肩に頭を預ける。
日は既に落ちた。それでもなお明るいのは、偶然にも今日は満月だからだ。
酷く明るいそれは、俺達が居る教室を照らす。暗いはずなのに、明るい。妙なものだと思う。

「先生は、さ…」

奴が突然口を開く。奴の顔を見れば、その瞳に満月を映していた。

「俺でいいわけ?」

「…は?」

何を言い出すんだこの男は。心配することはない、などと言ったのはお前ではないか。

「…俺は先生好きだけどさ、先生大人だし、綺麗だから、いくらでもイイ男寄ってくんじゃん。」

「………」

「あの時、断ることも出来ただろ?なのに、何で俺なのかなって。」

俺の肩を抱いている手が、僅かに震えている。ああ、やはりまだ子供なのだ。少なくとも、俺より数年分は。
奴は奴なりに不安だったらしい。俺とはまた形の違う不安を抱えて、俺と共に過ごしてきたのだ。
先刻の射抜くような瞳が嘘のようだ。だが、この頼りない姿さえも、俺にだけ見せる、奴の本来の姿だと思えば、とても、とても愛おしい。

俺は奴の頭を抱き寄せた。奴は俺の胸に顔を押しつけ、俺の背に腕を回す。
月明かりに照らされた銀髪を撫でる。ふわふわと柔らかで、幼子の生えたての髪のようだ。

「…お前は誰よりもいい男だ。少なくとも、俺の中では。」

「…先生の中で一番なら、俺はそれで充分…」

強く俺を抱くその腕は、確かに男のそれである。だが、丸まったその背中は、はぐれた母と再会した子供のようで、とても可愛らしい。

妙なところで大人な部分も、頼りない子供のような部分も、全てひっくるめてお前が好きだよ。
いつか言葉にして伝えたいけれど、今の、大人の弱さを持ってしまった俺には、どうやら難しいらしい。
だからもう少しだけ待っていて欲しい。俺が、この弱さに打ち勝つことが出来るその日まで。
いつか胸を張って好きだと言って、お前の不安をかき消してみせるから。

俺の全てを支配した男は、何処か俺より大人で、何処か俺より頼りない、そんなよくわからない男です。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -