夕方、虚しい気持ちを抱えたまま、両手に買い物袋を持ち、帰路に着く。

金はもう一銭も残っていない。
普段なら、いざという時の為に取っておく所なのだが、どうもそんな気分にはなれなかった。

昨夜の出来事の証拠を、残したくなかった。

途中、先程投げつけたままだった、あの財布が道に落ちていた。
それを見た瞬間、また忌々しい記憶が脳裏をよぎる。

先程買ったマッチに火を付け、財布に向かって放り投げた。
火が財布に燃え移り、大きくなっていく様子を、ただ眺める。
焦げた臭いと共に、財布は形を失い、そのまま灰になっていった。










【五】










隠れ家に着き、玄関に入る。そこには見慣れない大きな下駄が、幾つか転がっていた。
不思議に思ったが、殺気は全く感じず、寧ろ笑い声が聞こえるため、特に気にする事は無いだろう。
俺は、邪魔になっていた下駄を一つ蹴飛ばして、中に入っていった。





「ヅラぁ。」

桂の部屋の襖を開けると、そこには正座をする桂と、寝転がって鼻をほじる銀時と、もう一人。見慣れない男が胡座をかいて座っていた。

「ヅラじゃない桂だ。おかえり、晋助。」

買い物袋を桂に手渡す。ご苦労様、と桂は微笑んだ。

「誰?コイツ。」

見知らぬ男を横目で見て、桂に問う。男は、にこにこと笑っていた。

「初めて会う者にコイツは無いだろう。彼は坂本辰馬。土佐からこちらに援軍に来てくれたのだ。」

「ふーん。」

もう一度、坂本という名の男の方に目を向ける。やはり、にこにこと笑っていた。
随分と体格の良い男だ。座っていても分かる程に。それにしてもこの男の黒い髪。笑える程に無造作に散っている。銀時よりもクセは強そうだ、と思った。

「のう桂殿。ここにはおんし以外にもおなごが居るんじゃね。」

しかもまた別嬪じゃのー、と坂本は笑う。
俺は驚き、反射的に桂を見た。

俺と桂は昔から、様々な事情により、自分達の性別を男と偽って暮らしてきた。それは今も同じ事。
この様な男所帯で、本来の性別に気付かれれば、何が起こるかは想像に難くない。たとえ、信頼している仲間達でもだ。
俺達が女だと知っているのは、幼少からの馴染みである銀時だけだった。

「テメェ何言ってやがる。俺達は男…」

「晋助、無駄だよ。」

俺の言おうとした言葉を、桂が遮る。

「何だ、どういう事だよ。」

「坂本殿の洞察眼は普通ではなくてな。彼が連れて来た者達は皆、俺を男と信じて疑わなかったのに、坂本殿だけはどうしても騙せなかった。」

ふぅ、と小さな溜め息を吐くと、坂本が笑い出した。

「そんなに褒められたら照れるぜよ、あっはっは!」

その呑気な笑い声に、俺の全身から力が抜ける。
何だか、色々な事がどうでも良くなった。

「ヅラよォ。洞察眼なんてそんな大層なもんじゃねーだろ。コイツの場合、多分ただの女好き。」

今まで黙っていた銀時が、寝転がったまま言う。

「ヅラじゃない桂だ。銀時まで坂本殿をコイツ呼ばわりか。」

すかさず桂が突っ込む。

「確かにおなごは好きじゃがのー。」

坂本は笑ったまま、恥ずかしげも無く言い放つ。銀時が気色悪い笑みを浮かべた。

「ほれ見ろ。ただのスケベだよ、コイツ。」

「だから今日初めて会った者に…」

「十分だろ。だってさっきから話してたらよ、コイツ馬鹿じゃん。」

「あっはっはっは!泣いていい?」

何だ、このスムーズなやり取りは。お前ら、今日会ったばかりの筈だろう。
自分一人、置いて行かれている様に感じるのは気のせいか?
自分が居なかった僅かな時間に、一体どんな事を話せばこんなに打ち解けられるのか。
俺は心底不思議だった。

「まー安心せい。誰にも言わんきに。」

笑いを止めて、真っ直ぐな瞳で俺を見て、坂本が言う。
その瞳に、何故か俺は言葉に詰まってしまった。

「あ、当たり前だ!誰かに言ったら斬るぞテメェ!」

言いながら睨み付けると、坂本は、怖い、と言ってまた笑い出した。
その笑い声に何だか物凄くムカついて、俺はその部屋をドタドタと足音を立てながら去った。

廊下に出た後も、坂本の呑気な笑い声は、俺の頭に響き渡っていた。





この時、俺は久しぶりに感情らしきものを露わにした気がする。戦以外で大きな声を出したのも、凄く久しぶりだった。
一瞬だが、前日の感じた嫌悪感も、この日に感じた虚しさも、俺は確かに忘れていた。

辰馬。お前はきっと知らないだろう。

今思えば、俺はこの時から、お前に惹かれていたんだ。
認めたくはないが、俺はお前の事が気になって仕方が無かったんだ。

ただこの時、俺は自分の気持ちに、全く気が付いていなかった。





続。




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