その男は突然やって来た。
攘夷戦争の真っ只中。
突然、俺の前に現れて。
笑っていたかと思ったら。
突然、俺の前から消えて。
俺の心をかっ攫ったままに。
あぁ、お前は余りにも―…
狡い男
【一】
酷い臭いだ。
己の刀によって斬りつけられた、天人であったものから発せられる、血の臭い。転がるそれを眺めながら、天人の血も赤いのだなと、ぼんやり考えた。
天人にさんざん抱かれた身体は、もう嫌だと悲鳴を上げている。肌の上をねっとりと這う、天人の手の感触を思い出すだけで、酷い嫌悪感を覚える。身体の奥底からの拒絶反応に、何度嘔吐したか知れない。
だけど、止める事はしない。
自分のこの行為によってもたらされる、僅かな金と情報。それが、時に敵を打ち破る為のものとなり、時に仲間の命を救う為のものとなる。
それならば。
己の身体を売る事に、何の抵抗も無かった。
元々、セックスというこの行為に、意味など感じた事は無い。
初めて自分を抱いたのは、見た事も無い数人の男達。俗に言う、強姦というやつだ。無論、愛を見出す事など、出来る筈も無く。
感じたのは、痛みと拒否と、酷い嫌悪感のみ。
だが、たとえ嫌悪を感じても、己の身体が滅ぶ訳では無い。それは、その時に学んだ事。
戦争は、仲間を滅ぼす。一人、また一人と、仲間が死んでいくのを、何度目の当たりにした事だろう。
仲間を失うのは、余りに辛い。少しでも失わずに済むのなら。
この行為に、幾らでも頼ってやる。
どうせ、幼くして汚された身体。こんなものでも役に立つのなら、幾らでも使ってやろうと、そう思っていた。
屍の懐から財布を取り出す。中には何枚かの一万円札と、千円札と。チャラチャラと音を立てる小銭が幾らか入っていた。
今宵は運がいい。
日頃より多くの収入に、自然と口角が上がる。
朝になったら何か買いに行こうか。薬、食料、酒、服…。これだけあれば、幾らか足りない物を補える。
もう一度、天人の屍を見る。目も口も開いたまま、何とも滑稽な顔をしていた。
これが、先刻まで自分を抱いていたのかと思うと、何だか笑いが込み上げてくる。
「良かったなァ。気持ちィ思いした直後に死ねて。」
答える事の無いその屍に言い残し、俺はその場を後にした。
身体に残る、嫌悪感をそのままに。
次項