放課後。
一緒に帰ろうと言った高杉を先に帰らせ、桂は約束通り国語科準備室に向かう。

胸が、どきどきした。



先生の悩みとは何だろう。
俺はちゃんと相談に乗れるのだろうか。

いや、それ以前に。

ちゃんと先生の顔を見て、話す事が出来るのだろうか。



いつの間にか、まともに顔を見る事すら出来なくなる位にまで、膨れ上がってしまったこの想い。それを今日、坂田の顔を見て自覚した。



先生、俺はこんなにも、あなたの事が好きなんです。



心の中で呟く。何だかとても恥ずかしくなって、一人赤面した。










自覚した想い










国語科準備室。
要するに国語関係の資料が置いてある部屋なのだが。実際は、坂田専用の喫煙所のようなもの。

「失礼します。」

軽くノックをし、そう言った。返事は無かったが、いつもの事なので、特に気にせず中に入る。

学級委員長という立場上、この部屋にはよく訪れていた。
そこで坂田と二人、少しだけ話をしたり、彼の作業を手伝ったり。

とても幸せな一時を過ごした。





部屋に入ると、坂田の姿は無かった。不思議に思い、部屋の中を歩き回ってみるが、やはり居ない。

少しだけ、ほっとした。

桂は、この部屋にある古いソファーの、いつも坂田が座っている位置に腰を下ろした。



いつも、俺はこの真正面に立って、先生と話して。



坂田には、自分はどう見えていたのだろう。

考えようとして、止めた。



そんなのは、決まっているだろう。



坂田と自分は先生と生徒。それ以外の何者でもないではないか。

考えていたら、何だかとても切なくなって。それを誤魔化したくて、肘掛けを枕に、ごろりと寝転がる。



あぁ、疲れたな。今日は、色々な事を考え過ぎた。










「あらあら。」

坂田が国語科準備室に入ると、ソファーに横になって静かな寝息を立てる桂の姿。
まさかこのクソが付くほど真面目な生徒が、自分を待つ間に寝てしまうとは。
珍しい、そう思いながら桂に近付く。

彼女の前まで来、しゃがみ込んで、その寝顔を眺める。

起きる気配は無い。

そっと、桂の頭に触れる。彼女の髪はさらさらと滑らかで、とても触り心地が良い。

愛おしさが込み上げる。
ただ、綺麗という理由だけでは、片付けられない愛おしさ。

自覚してしまった。

だからこそ今日、彼女をここに呼んだのだが。



頭を撫でていた手を頬に移し、親指で軽く撫でる。彼女は、ん、と小さな声を上げた。
反射的に親指の動きを止めたが、彼女はまた規則正しい寝息を立て始めた。

少しだけ、安堵する。

「ビックリさせんなよ。」

誰に届く訳でもない呟きを、一人口にする。

頬を撫でていた親指を、少しだけ開いた、形の良い桜色の唇に滑らせてみた。予想外の柔らかさに、少し驚く。



「絶対、起きるなよ…」



また一人呟くと、そのまま吸い寄せられる様に、桂の唇に、自分のそれを押し当てた。










「ん…」

いつの間にか眠っていたらしい。目を開けると、窓から夕日が射し込んできて、眩しかった。

「よぉ、起きたか。」

隣から聞こえた声に、体が跳ねる。恐る恐る振り向くと、そこにはソファーに座り、桂を見て微笑む坂田の姿。

寝顔を見られてしまったのだろうか。
恥ずかしくなり、俯いた。



変な顔してなかったかな。

よだれ垂らしてなかったかな。

まさか、白目なんて向いてないよな。



様々な思考が、ぐるぐると桂の脳内を駆け巡る。

「何で…」

「んー?」

「何で、起こしてくれなかったんですか…」

俯いたまま、少しむくれて桂が問う。
その様子が面白くて、坂田は桂に気付かれないように、ふ、と笑う。

「あんな可愛い寝顔見せられたら、起こせる訳無いでしょ?」

その言葉に、桂は勢いよく顔を上げ、顔を真っ赤にして、怒ったように坂田を睨む。
坂田は相変わらず、面白そうに笑ったまま。
その顔を見ると、言葉に詰まる。



やっぱり好きだ。



そう思った。



誰にも渡したくない。
誰にも触れて欲しくない。

その瞳を、他の誰かに向けないで。
その瞳を、俺にだけ向けていて。



「あぁそうそう、悩み事なんだけどね。」

桂ははっとする。

(忘れてた!先生は俺に相談を…)

自分が呼び出された理由を思い出し、桂は焦った。

(どうしよう…俺、こんな時に居眠りなんか…)

自己嫌悪に、泣きたくなった。何だかとても気まずい気がする。



「こーれっ」



それを打ち破ったのは、やる気の無さそうな坂田の声。
坂田は、ソファーの前の低いテーブルの上にある、プリントの山をぱんと叩いた。
何の事だか分からず、桂は不思議そうに坂田を見る。

「いやー、これ今日中に全部冊子にしなきゃなんないんだけど、一人じゃ終わりそうもなくてさー。」

手伝ってよ、と坂田は笑う。
桂はかくっと脱力した。だが、同時に安堵感も込み上げた。

(恋愛の相談じゃなくてよかった…)

なんて事を考えた。

「仕方ないですね。さっさと終わらせましょう。」

勝手に感じていた緊張感から開放されて、桂はふわりと微笑む。
それを見て、目の前の男の胸が高鳴ったのは、この男だけが知っている秘密。

窓から差し込む夕日を浴びながら、二人はプリントの山に手を付けた。





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