(三晋)





穴が開くのではないかと思うくらいに、その背中に視線を送り続けて小一時間。彼が振り向く気配はない。大きな背を丸めて、忙しそうに手を動かしている。
機械(からくり)に関しては無知であり、特に興味も持っていない自分には、一体何がそんなに魅力的なのか到底理解できない。だけど、彼には、彼の世界には、機械は無くてはならない存在であり、自分の腰に差している刀(これ)と同等のものなのだろう。それだけは解る。理解している。
ガチャガチャと音を立てて、彼の目の前にある鉄の固まりは、彼の手によって細かく分解されていく。自分には全く違いがわからないような数々の部品たちを細かく仕分けていく彼の手の動きの速さは、それこそ機械のように速く規則的だ。

背中しか見えない。だけど、彼は今すごく満ち足りた顔をしているのだろう。そうに決まっている。
今汗を拭った左腕は、埃だか油だかよくわからないもので真っ黒だ。ああ、今のできっと顔に付いただろうな。汚れた彼の顔を想像して笑いが込み上げた。
ふふ、と少しだけ声が出て、しまった、と思った。しかし彼は振り返ることは無く、変わらず忙しそうに手を動かしていた。それだけ夢中なのだろう。楽しくて仕方がないのだろう。

高杉さん、こんななりしちゃいるが、機械にだって心はあるんですよ。
愛情込めて手入れしてやりゃあ、ちゃんと応えてくれるんだ。
全く、かわいい奴等でしょう。

親父の受け売りだろうか。彼はそんなことを言っていた。あれらの言葉が本物だということは、彼の背中が、手が、正に今証明している。
彼の手はあんなに無骨でお世辞にも器用そうには見えないのに、あの手が、あの太い指が、あんなにも緻密で訳のわからないものを、大切に大切に作り上げるのだから驚きである。
ほら、今だって。先程解体したはずの機械がいつの間にか元通りになっている。彼は満足げに、ふう、と息を吐く。声を掛けるなら今か。そう思った矢先に、彼は隣にあった別の機械に手を伸ばした。
ああもうこの機械馬鹿が。そう思いながらも、何故か苛立ちは感じない。気の済むまでやらせてやりたかった。
しかしさすがに立ったまま待っているのは疲れたので、すぐ傍らに転がっていた壊れた機械を背凭れに、腰を下ろした。


***



「高杉さん、高杉さん」

呼ばれて目を覚ます。ああ、結局寝ていたのか。座ってしまったのがいけなかった。
身体がぶるりと震える。布も何も掛けずに寝ていたのだから、当り前か。

「何してるんです。こんなところで寝てたら風邪引きますよ」

うるさいお前を待ってたんだ。そう悪態づいてやろうとして彼の顔を見る。見てから、しまった、と思った。忘れていた。だって今、彼の顔には。
何かを言おうとして口を開いたまま動きを止めた自分に、彼も目を丸くした。ああ、だめだ、そんな顔をしては。

「…………ふっ」

自分でも驚くほどに笑った。声を上げて笑ったのは久しぶりだ。涙を流して笑った。
突然大笑いし始めた自分に、彼は呆気に取られている。訳がわからないとでも言い出しそうな彼の顔には、まるで落書きでもされたかのような絶妙な位置にばかり黒い斑点。

「ふ、はは、お前なんだそれ、ちょび髭か!パンダか!」

「ええ?そんなに付いてます?」

彼はまた顔を汚れたままの手で拭おうとする。

「待て、待て拭うな。その手で拭うな。また付く。ひどくなるって馬鹿。ほら、言わんこっちゃない……ふはっ」

目の前にいる機械馬鹿のせいで、今日はもう笑いが止まりそうにない。彼は困ったように、照れたように、指で頬を掻きながら笑う。その顔に、少しだけ冷静になった自分がいた。だけど、今はその感情が何なのかは気付いてはいけない気がしたので、放っておくことにした。

「ああ、笑った。腹減ったな。飯にしよう、三郎」

そう言って彼に向かって手を伸ばす。元々昼食に誘おうと思っていたのに、既に日は傾いていた。
待たせてすみません、そう言った彼に掴まれた手に、黒い汚れが移る。彼は更に、すみません、と慌てたが、自分にはそれがなんだか嬉しかった。






魔法の手は無骨で繊細





(ツイッター診断より芳井たんあんよさんリクエスト)
(初書き三晋)




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -