(坂銀/攘夷)





雲一つ無く晴れ渡る空の下。待っていた訳でも無いのに、その時は静かに訪れた。
外に足を踏み出すと、眩しさに自然と目が細まった。旅立ち日和というやつか。そういえばお前はいつだって晴れ男だった。

昨晩の問い掛けへの答えは考えるまでも無く決まっていたし、お前も俺の答えを最初から分かっていただろう。
だから本当は言う必要など無いのだけれど、どうしても言わなければ気が済まない。顔を見なければ気が済まない。それが何故なのかは俺しか知らないし、誰かに教えるつもりも毛頭無い。
これは、誰ひとり知る必要の無い、全くもって無意味な感情。





「ほんに、おんしは面白い事を言うのう。」

辰馬はいつもの様にでかい口を開いて呑気に笑う。この笑顔からは戦の時のあの表情(かお)を連想する事は出来ない。怒りと哀しみと憎しみと、そして罪悪の念を孕んだ、あの表情を。
慣れない事をするものではないのだ。殺さなければ生き残れないような世界で幼少期を過ごした俺は、人殺しなどとうの昔に慣れてしまった。罪悪感なんてものは、いつの間にか感じなくなっていた。殺した者に想いを馳せる余裕があれば、腹を満たす事だけを考えていた。

いつだったか、酒が入ったせいでそんな事を漏らしてしまった事がある。しまった、駄目だと思いながら、すっかり緩んだ俺の口は、ぺらぺらと要らない事を喋り続けた。卑屈で不愉快で、それをまるで何でも無い事の様に話す自分が、酷く恨めしかった。
聞いていた辰馬の口元は笑っていたが、その眼が松陽先生のそれと似ていたのはよく覚えている。この眼をした奴は、決まって同じ事を言うのだと思っていたが、辰馬は軽く相槌を打つだけでそれを言わなかった。

(何にも言わないんだ。)

(何にもとは?)

(人殺し、慣れちゃいけないとか。)

(あっはっは。そがな事、わしが言える訳なかろう。)

辰馬はそれきり何も言わず、猪口に入っていた酒を一気に飲み干した。理由は知っていた。だから俺も空になった猪口に酒を注いで一気に口に流し込んだ。
酒は善い。その一杯で全てを忘れさせてくれる。飲み過ぎれば食べた物を吐いて、吐いてしまえばそれは笑い話で片付いてしまう。
そう。嫌な事なんかは全て笑い話に変えてやればいい。
あの日も貴重な酒を浴びる様に飲んだ筈なのだけれど、その後の記憶はもう朧げにも残ってはいない。





この戦は、優しいお前には酷なものだったろう。つい先刻まで笑い合っていた戦友が、次の瞬間には息絶えている。これはそんな戦。
お前はきっと恐ろしかったのだ。仲間が死にゆく事だけではない。敵を殺める事でもない。殺すという行為に慣れていく自分自身が恐ろしかったのだ。
仲間の死は慣れるどころかそのまま憎しみに変換されるのに、自身が敵を斬る事はそれに反比例して何も感じなくなる。
互いが互いに与えるものは全く同じものである筈なのに、それによって憎しみを晴らす事すらも出来ない。
何もかもが矛盾していて、無茶苦茶で、それでいて無意味で。頭がおかしくなりそうだ。俺達は一体何の為に戦っている。

だから、もういいんだ。お前はお前の信じた道を行けばいい。こんな戦場(とこ)、お前なんかには不似合いだ。
頭の悪い俺には、お前の描く未来像なんてよく解らないけれど、きっと皆呑気な顔をして笑っているんだろう。お前の様に。
結構な事だ。早く行ってしまえ。宇宙へでも何処へでも飛んで行って、俺にその未来像を見せてみろ。





笑っていた辰馬が改めて俺に向き直る。何かと思えば、す、と右手を差し出してきた。

「…何?」

「握手でも。」

ああ、止めてくれ。
先とは違う、真摯な微笑。別れを物語るその表情に、身体の真ん中がずくずくと痛む。

「やだよ。安い青春ドラマか。」

「酷いのー。最後なのに。」

最後なんて言うな馬鹿野郎。
言ってやりたいが、言ってはいけない。今これを言えば全てを悟られてしまう気がした。
いっその事全て言ってしまおうか。そっちが最後なんて言うからいけないんだ。
そんな事を頭の中で誰かが言ったけれど、言ったところで辰馬は変わる訳が無い。もちろん俺も変わらない。ほら、やっぱり意味なんて無いのだ。
それでも、最後という言葉がどうしても気に食わなかった。

「何だよ最後って。お前死ぬの?」

「何故?死なんぜよ。」

そんな事は分かってるよ。
右手を差し出す。そしてそれを握ろうとした掌を思いっ切り叩いてやった。皮膚と皮膚がぶつかる音が辺りにぱあんと響く。
辰馬が目を丸くした。何て間抜けな面だ。今この時には余りに不釣り合いなその表情に、何だかとても可笑しくなった。

「なら最後なんて言うんじゃねーよ。ばーか。」

したり顔で笑ってやった。その意味を解したのか、きょとんとした間抜け面も見慣れた笑顔に変わっていた。
これでいい。しんみりとした切なく寂しいお別れなんて、俺達にはとても似合わない。
たとえ表面上であったとしても、俺達はらしく在らねばならないのだ。

「ほんに、おんしには敵わんぜよ。」

鬱陶しい程に晴れ渡る空に、鬱陶しく響き渡る、阿呆みたいな笑い声。余りに耳障りで、だけど何処か心地好くて。

「ではの。」

本当は、ずっと聞いていたかったんだ。

背を向けて去って行く辰馬は、もう振り返る事は無かった。





さよなら。

行かないでなんて言えないから、去り行くお前の姿をこの眼に映すだけ。
そしてその背中に、決して叶う筈の無い事をひたすらに願い続けるのだ。






消えないようにと





(互いの事を知り過ぎている坂銀)
(どちらかというと坂←銀)



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