(♀/学パロ)





空が青い。
痛む下腹部を抱えながら、晴れ晴れとした青空をぼんやりと眺める。
太陽の光があまりにも眩しくて、不快だった。だけどそれでも、教室でだるい授業を聞いているよりはましだと思った。
保健室にも行く気になれなかった。少しは寝かせてくれるかもしれないが、事情が事情なだけに、薬を飲んで教室に戻りなさい、とか、そんなに具合が悪いなら家に帰りなさい、とか、いらない世話を焼かれ、追い出されるに違いない。
教室で授業を受けるには、今の体調は辛すぎる。薬は過去に飲み過ぎて効かなくなってしまった。だからと言って、家には帰りたくない。どんな顔をされるか、わかりきっているから。

結局、今の俺に居場所は、ここしかないのだ。

女は面倒くさい。どうして月に一度、こんなにも苦しまなくてはならないのか。
柵に凭れていた身体をずるずると倒す。頬に当たるコンクリートがひんやりと冷たい。太陽の光が更に眩しくなった。
昼を過ぎたあたりの時間だというのに、何だか少し肌寒い。冬に足を突っ込んでいるこの季節、服装にやたらと気を使う。最近のちょっとした悩みだ。

考えていたら、下腹部がまた痛み出した。どうも波があるらしい。
倒した身体を丸めて、下腹部を温める。そうすれば、痛みが少しは和らぐような気がした。

遠くで、入り口が開く音がした。続いて、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。
遂に耳までおかしくなったか。今は授業中。誰かがここに来るはずがない。だからこそここを選んだのだ。ましてや俺を呼ぶなんて、有り得ない。
そんな幻の声なんて相手にしていられない。そう思って、目を閉じた。ああ、やはり少し肌寒い。

「何で返事してくれないんじゃー?」

幻の声が間近に響く。重い瞼を少し上げれば、眼鏡が刺さった黒い雲が俺の顔を覗き込んでいる。

「雨雲に用はありません。」

「何じゃ雨雲って!?雨降るんか!?」

辰馬は慌てて空を見上げる。まるで見当違いの答えに、少し笑えてきた。

「こんなに晴れてんのに雨なんか降るかよ。」

「じゃってー晋ちゃん雨雲言うたぜよ?」

「お前の頭がもじゃもじゃで雨雲みたいだったから。」

「あっはっはっは、泣いていい?」

雨雲のようなもじゃもじゃ頭が視界から消える。そして俺の頭側に、柵に凭れて腰を下ろす音がした。俺はのろのろと起き上がる。

「また痛いんか?」

「じゃなかったらここにいない。」

「女の子やき、しょうがないぜよ。」

「女って面倒くさい。」

あっはっは、と朗らかな笑い声が青空に響く。
辰馬は昔からそうだ。俺を女扱いする。確かに俺は女だが、言葉遣いとか、一人称とか、女のそれとはほど遠い。
しかも、片目がない。もう片方は、自分でも呆れるほど目つきが悪い。
それでも辰馬は、俺のことを可愛いと言う。好きだと、言う。
本当、趣味が悪いよ。

「何でここにいるんだ?」

「わしのクラスな、数学の先生休んだき、今の時間自習なんじゃ。」

「真面目に勉強しろよ。」

ふん、と鼻で笑ってやれば、怒られてしもたー、と気の抜けた声が聞こえた。
視線を少し上げると、暢気に笑う辰馬の横顔。

「自習があんまり暇でのー、晋ちゃんのクラス覗いたんじゃ。そしたら晋ちゃん居らんくてのー。」

こちらを向いて、辰馬がひらひらと手招きする。誘われるままに身体を辰馬の側に寄せ、頭を肩に乗せた。肌寒さが緩和する。

「そういえば晋ちゃんそろそろ生理だったの思い出しての、多分ここじゃろーと思って。」

普通男子高校生って生理っていう言葉使うの躊躇わないか?お前いったい何歳だ。
そう言ってやりたいが、口には出さない。そんなにたくさんの言葉を言うのは、今は億劫だった。
大きな手が俺の頭を撫でる。猫にでもなったような気分だ。

「何で俺の生理の時期知ってんだよ。気持ち悪い。」

「大事なことぜよ。晋ちゃんのことじゃもん。」

きっと、辰馬は今嬉しそうに笑っているんだろう。そんな声色だ。
何だか胸のあたりがくすぐったい。何でそんな恥ずかしいことを堂々と言えるのか。
辰馬の膝に手を置くと、大きな手が重ねられた。温かい、というよりは熱かった。

そして、また痛み出す下腹部。自然と身体を丸めてしまう。腹を抱いていた手でセーターを握り締めた。
すると、下腹部に別な違和感。

「おい、どこ触ってんだスケベ男。」

辰馬の手が俺の腕の下に潜り込み、下腹部をさすっていた。

「こういうのって、温めると痛みが収まるんじゃろ?」
わしの手温いじゃろー、と、さも誇らしげに言うので、最早何も言う気になれなかった。
俺の下腹部をさすったり、たまにぽんぽんと叩いたりする辰馬の手。端から見れば、セクハラ以外の何物でもない。
でも、嫌だとは思わない。むしろ、温かいから気持ちがいい。湯たんぽでも当てているようだ。

「女の子はの、身体ちゃんと温かくして、大事にせんといけんよ。」

「お前母親かよ。何でお前、俺の身体そんなに心配する訳?」

「だって晋ちゃん、将来わしの子供産んでくれるじゃろ?」

「………はあ?」

自然と出た間の抜けた声。驚いた。これはさすがに驚いた。今の発言はプロポーズを通り越している。

「え!?産んでくれないがか!?」

見上げると、小さな目を大きく見開く辰馬がいた。心底驚いたという顔をしていて、自然、笑いがこみ上げてくる。

「…気が向いたらな。」

それを承諾ととったのか、辰馬が満足げに笑う。寝ていいぜよー、と暢気な声が降ってきた。
俺は目を閉じる。睡魔はすぐに訪れた。
意識が遠のいていくその間、温かいその手を放すことなく抱いていた。




空に埋もれる夢を見た





(晋ちゃん生理痛ひどそう
セクハラ辰馬さん、さらりとプロポーズ)





title:カカリア




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