(♀)
災難
「待ちやがれ高杉ィ!」
「チッ」
運が悪い、と高杉は思う。
想い人に会える、久しぶりの夜だというのに。
いや、だからこそ、自分は浮かれていたのだろうか。
そう思い、苦笑いする。
追いかけてくるのは、真選組副長と一人の隊長格。
土方と、沖田と言ったか。
二人は、真選組の中でも相当の手練と聞く。追い詰められれば、死闘は免れないだろう。
本当に運が悪い。
「ったく、あいつが遅刻なんざしなけりゃ…」
こんな事にはならなかったのに。
走りながら、高杉は舌打ちをする。
待ち人が約束の時に来ていれば、真選組になど、出会す事は無かった。全く、遅刻癖も大概にして欲しいものだ。
「!!」
(行き止まり!?いや…)
曲がり角か。暗くて、遠くからでは判別出来なかっただけだ。
高杉は多少安堵し、左へ曲がる。
だが、曲がった先に見た光景は最悪のもの。
真選組の隊服を着た男達が七、八人。刀を構えて立っていた。
「ご苦労さん。悪いねィ、今日は非番の奴も居たってのに。」
「追い詰めたぜ、高杉。神妙にお縄について貰おうか。」
状況は心底まずい。
動きを鈍らせるため、路地裏に入ったのが仇になったか。自分の背後にある塀も、そう簡単に上れるほど低くはない。
だが、ここで捕まる訳にはいかない。
「は、何言ってんだか。」
見えている右の目で、土方と沖田を見る。土方は新しい煙草に火をつけ、沖田は刀で肩をトントンと叩いていた。
(随分と余裕かましてんなァ。)
もう捕まえた様なものだと思っているのだろう、土方も沖田も余裕のある表情をしていた。
ただ、二人ともスキは無い。
にやりと、高杉は不適に笑う。
殺気を感じ、高杉を囲む者達は皆一斉に刀を構えた。
「久しぶりだなァ…こんな大きな喧嘩はよ。」
辺りがしんとする。
誰かが動けばその瞬間、一斉に斬り合いが始まるだろう。
そんな緊張感。
皆が息を殺し、タイミングを伺う。
高杉は刀に手を掛けようとした。
その時。
「しーーーん!!」
聞き覚えのある、呑気な声。
その場に居た皆の身体から、ずるっと力が抜けた。
「こんな所にいたがかー!探したぜよ!」
「てめっ何でここが…」
現れた男、坂本は、高杉の背にある塀の上にしゃがんで、にこにこと笑い掛ける。
(今の状況…分かってる?)
皆の視線は、塀の上の坂本に釘付けになる。
それに気付いた坂本は、きょとんとした表情をした後、そのもじゃもじゃの頭を掻きながら、
「そんなみんなに見つめられたら照れるぜよ、あっはっは!」
なんてことを言うものだから、皆一気に戦意を削がれる。
明らかに場違いな男に、土方は溜め息をつきながら問う。
「あんた、何者だ?高杉とどういう関係なんだよ?」
答えによっちゃあしょっぴくぞ、と土方は付け足す。
坂本は高杉の隣に降り立った。彼を見上げる高杉は、何も言わない。
(何て答える気だ?こいつ…)
怪訝な顔をした高杉に気付き、坂本は視線を少し下げる。ふ、と微笑むと、また土方を見据えた。
真剣な表情。
何故だか少し安堵して、高杉は目を閉じた。
だがそれは一瞬の事だった。
「恋人じゃ!」
元気に言い放つ坂本に、高杉は閉じた目を見開き、絶句した。
だがすぐに気を取り直し、足に一発蹴りを喰らわす。
坂本は大袈裟に倒れた。
「痛い!痛いぜよ晋!」
「てめぇが馬鹿なこと言うからだろうがぁっ!」
倒れた坂本を、そのまま踏みつける高杉。それを見ながら、真選組の者達は話に付いていけず、ぽかんとしていた。
「ちょっと待てよ…高杉、てめぇ男だろ?」
高杉ははっとして、土方に向き直る。
まずい。
坂本と自分の関係を、知られてはいけない。特に真選組には。
「あぁその通りだ。俺は男。だからこいつの言ってることはデタラメ…」
「おなごじゃよ。」
高杉の言葉を遮り、坂本は言う。ずれた色眼鏡の上から覗く瞳は、酷く真剣だ。
その瞳に、高杉は何も言えなくなる。
「何…言ってやがる?」
困惑した表情で、土方は再度問う。
「おんしが何を言っちょう?そもそも、何で晋を追っかけ回しとる。」
「決まってんだろ。こいつが指名手配犯だからだ。」
「ふ、それが勘違いなんじゃよ。」
言って、坂本は高杉の足を退かして立ち上がり、高杉の前に立つ。
何をする気だ、と眉を寄せた高杉を後目に、坂本は高杉の着物の袷から手を入れた。
「!!!」
ごそごそと手を動かすと、高杉の顔がみるみる紅くなっていく。
(こいつ、まさか…!)
ぶちっ
何かがちぎれる音がした。と同時に、高杉の胸の辺りがふわっと控えめに膨らむ。
高杉の顔が一気に真っ赤になった。
それを見た真選組の者達は、目を見開き、数秒止まる。
それから、鼻血を吹き出したり、顔を真っ赤にして目を塞いだり、目を血走らせて凝視したりと、実に様々な反応をした。
「何見てんでィ!!土方コノヤロー!!」
「ぐほぉっ!!」
反対側では、沖田が土方にアッパーカットを喰らわした後、彼の上に乗っかり、目を力一杯塞いでいる。
「あっはっは!じゃき言うたじゃろ!こいつは高杉晋助じゃが、おなごやき、指名手配犯の高杉とは全く違う人物!同姓同名のそっくりさんと言うやつぜよ!おんしら勘違いしとったんじゃ!おっちょこちょいじゃのー!」
あっはっは、と再び楽しそうに笑う坂本の隣では、尋常でない殺気を放つ高杉の姿。坂本以外全員の表情が、一気に凍りつく。
ゆらりと近付いてくる高杉に、どうしたんじゃ、と呑気に尋ねる。
「てんめぇぇ何さらしてくれてんだあぁぁ!!!」
「ぐはぁっ!!!」
顔面に高杉の拳がめり込み、坂本は隊士達の横を通り抜け、数メートル程飛ばされた。
「悪かった!悪かったきに!晋のAカップ暴露してしもてグォッ!!」
「そこじゃねえぇ!!!いや、それもちょっとあるけど…あぁぁ何言わせんだ!とにかく死に晒せもじゃもじゃあ!!!」
「ぎゃああぁぁ!!!」
高杉の手によって、坂本は原型を保てないのではないかという位、殴りつけられている。
そんな彼らの様子を、真選組の者達は、ただ呆然と眺めていた。
「帰るか。どけ、総悟。」
土方は、沖田を自分の上から退かし、立ち上がる。
「でも土方さん、あれ、明らかに高杉ですぜィ?」
坂本を一心不乱に殴り続ける高杉を横目に、沖田は言う。
「真実の裏が取れたら、次こそしょっぴくさ。それにあの男…坂本辰馬だ。」
「と、言うと何でィ?」
星空を仰ぎ見て、土方はふーっと煙を吐き出した。
「天人と地球人の仲介役、快援隊敵に回すのは流石にまずいってこった。お上にとってな。」
そう。坂本は快援隊の隊長である。銀河を股に掛けて貿易をするこの重要人物を敵に回すのを、幕府は好まないのだ。
「そうですかィ。なら俺達が奴を今捕まえる理由は、確かにありませんねィ。」
「てめぇら行くぞ。」
へぃ、と言い、隊士達が歩き出す。土方も二人に背を向けて歩き出した。
「あ、土方さん。」
思い出したように、沖田が後ろから呼び止める。
「何だ?総悟…ってうおぉお!?」
土方の頭には、いつの間にかバズーカが突きつけられていた。
「さっき見たもの、忘れなせェ。」
沖田は高杉ほどではないが、殺気立っている。
「え、ちょ、総悟?」
「俺が土方さんの頭から、さっきの記憶をきれいさっぱり取り除いてやりまさァ。」
バズーカがガチャリと音を立てる。
「てめぇエスパーか!?んな器用なこと出来るわきゃねーだろ!!」
「心配いりやせんよ。俺は昔、エスパーというあだ名で呼ばれてたらいいのにな〜。」
「てめっそれただの願望っ…おい、止めろ総悟…総悟おぉぉ!!止めてえぇぇ!!!」
ドーン
爆発による煙が晴れた頃には、その場に真選組の者は一人も居なかった。
「…ったくてめぇは。もっとマシな助け方出来ねェのか?」
真選組が去った後、坂本の上から退きながら、高杉は溜め息混じりに言った。
「ふぃ〜、分かってた割には思う存分殴ってくれたのう。」
腫らした顔をさすりながら、坂本は起き上がる。
「あんなん殴らずにいられるか!てめぇふざけんなよ!」
青筋立てて怒る高杉を見て、あっはっは、と坂本は笑う。
「…何だ?まだ殴られ足りねェか?」
鋭い目で睨みつけ、再び坂本に拳を向ける。
「違う!違うぜよ!晋が無事で良かったなぁと思っただけじゃ。」
「………」
「ほんにやり過ごせて良かったぜよ。奴らに捕まったら何されるか分からんき、晋には絶対捕まって貰いとうない。」
「…なら、もう二度と遅刻すんじゃねぇよ。」
地べたに座ったまま笑う坂本に、寄り添うように座る。肩に頭を乗せると、坂本の大きな手がそれを撫でる。
「了解じゃ。」
坂本はまた笑う。
もう、怒りは収まっていた。
今、確かに隣に居る坂本の温もりだけを、ただ、感じていた。
災難だ。
本当に災難だよ。
お前を待ってると、いつもろくな事が無い。
でも、待っていれば必ず、お前は来てくれるから。
待っている間に何かあれば、お前は助けてくれるから。
来れば必ずこうやって、お前は傍に居てくれるから。
お前となら、災難に巻き込まれるのも悪くない。