見上げると、建物に囲まれて、区切られてしまった星空が見える。
路地裏ならではの、四角い空だ。
地べたに腰を下ろし、閉じ込められた星達を眺めながら、物思う。
この星空の何処かに、お前は居るのかなー…
四角い星空
「晋。」
どうやら答えは否らしい。だって、お前は目の前に居る。
辰馬はコートのポケットに手を突っ込んだまま、下駄をカラコロと鳴らして、こちらに向かって来た。
「こがな遅くにこがなとこ居たら、風邪引くぜよ。」
「…テメェ、何でここに居る?」
俺の横に立った辰馬を見上げる。
ただでさえ辺りは薄暗いのに、この男は色眼鏡を掛けている。見えにくくないのか、と疑問に思ったが、それよりも。
表情が読めない。
俺には、これが一番気に掛かる。
ただ、口元は弧を描いている。どうやら笑っている様だ。
「何となくじゃ。猫でも居るかと思うてのう。」
そうして来てみたらおんしが居った、と言い、辰馬はしゃがみ込み、俺の身体をやんわりと抱き締める。
猫扱いされたのが少し気に食わないが、それを言った所で呑気に笑い飛ばされるだけなので、気にしない事にした。
ひやいのー、と辰馬が一言。
確かに、俺の身体は冷えていた様だ。
日頃から俺の体温は低く、辰馬は高いのだが、それにしても今は、辰馬の体が異様なまでに温かく感じる。寧ろ熱いくらいだ。
身体がこんなに冷えるまでの長い間、俺はここに座っていたのだろうか。今更になって気が付いた。
俺の身体に布越しに伝えられる、辰馬の体温。
これくらいの熱が、丁度良い。
辰馬の顔が俺の肩口に埋まる。癖の強い黒髪が、頬に触れてくすぐったい。
俺はゆっくりと、目を閉じた。
抵抗はしない。
する必要が無いからだ。
嫌悪は感じない。
抱き締める腕が優しいからだ。
高鳴る鼓動は気にしない。
心の何処かで、気付いて欲しいと思っているからだ。
「ここの空は四角いのう。」
その言葉に目を開けると、辰馬は俺の身体を抱いたまま、空を見上げていた。俺もつられて空に目を向ける。
「星が閉じ込められている様じゃ。」
偶然なのか、それとも心を読まれたのか。辰馬は俺と同じ事を考えていた。
「あぁ。ここなら星を捕まえられそうだろ。」
だってアイツら、逃げ場無いんだぜ?
そう言って、鼻で笑ってやった。
お前が、あの空の中に居たら良かったのに。
そうしたら俺が、この手でお前をとっ捕まえてやったのに。
そして、二度と逃げられない様に、この四角い壁の中に閉じ込めてやったのに。
お前はいつも、ふわふわ、ふわふわ。
俺の手から、いとも簡単にすり抜けて。
お前はいつも、捕まらない。
「のう、晋。」
「何?」
呼ばれて辰馬の方を見る。返事をしたら、軽く口付けられた。
唇はすぐに離れたが、また触れるか触れないかの距離で、見つめ合う。辰馬の瞳が、色眼鏡越しに見えた。
この日初めて見た辰馬の表情は、酷く真剣で、しかし優しいものだった。
「わしな、今日、泊まる所が無いき。」
坂本の息が、俺の唇にかかる。ただそれだけで、妙にぞくぞくとするのは、何故だろう。
「へぇ。なら…」
このまま、夜に溶けちまおうぜ。
言おうとした言葉は、深い口付けの中に消えていった。
閉じ込められた星達に見せ付けてやる。
テメェらなんかに、コイツは渡さない。
たとえ、この星でない何処かへ旅立ってしまっても。
コイツは必ず、俺の元へ帰ってくる。
たとえ、居場所を教えていなくても。
コイツは必ず、俺を見つけ出してしまう。
コイツは、誰にも渡さない。
…あぁ。もしかしたら。
本当に閉じ込められているのは、四角い壁に囲まれた星達ではなくて。
何処に居てもすぐに見つかってしまう、どうしてもお前から逃れる事が叶わない。
俺の方なのかも知れない。