(銀桂/村塾)





とても綺麗な髪を持っている奴がいるんだ。
教室の隅っこでいつも眠っているあいつの髪は、太陽の光を浴びて、きらきらと輝いている。

とても、とても綺麗なんだ。

触らせてくれと何度も言うのだけど、心底嫌そうな顔をして、決して触らせてくれない。
どうしてそんなに嫌なのか、俺には全くわからない。
わからないということは勉強が足りないということ。
だから松陽先生のお話を余すところ無く聞くよう努めているのだけれど、それでもやはりわからない。





「先生。銀時はどうして僕に髪を触らせてくれないのでしょうか。」

ある日俺はどうしてもわからないこの疑問を解決すべく、先生のところに質問をしに行った。先生はいつもと変わらぬ優しそうな微笑みを携えて、俺の話を聞いてくださった。

「とても綺麗だから触りたいと何度も言っているのに、とても嫌な顔をしてしまうんです。」

本当に綺麗だと思っているのに、あんな顔をしてほしいわけではないのに、どうしてうまくいかないんだろう。
先生はその微笑みを崩すことなく、俺の頭をポンと撫でて下さった。

「私は銀時ではないから何とも言えません。しかし、こうかな、という理由は何となくですがわかる気がします。」

「そうなのですか!さすが先生です!ぜひ教えていただきたいのですが!」

俺は先生の博識さと偉大さについ興奮してしまった。叫んだ後恥ずかしくなり、先生のお顔を見れなくなってしまった。
それでも先生は呆れることは無く、俺の頭を優しく撫でてくれた。

「私もはっきりそうだとは言えませんからね、銀時に直接聞いてみたらどうでしょうか。」

「銀時に…?」

あんなにも嫌な顔をしていたのに、答えてくれるだろうか。
そんな不安と疑問が頭を過ぎる。

「案外、銀時も待っているかも知れません。ただ、これだけは覚えておいてほしい。」

銀時は君達と何も変わらない。決して特別な子ではないんだよ。

俺には、先生がおっしゃっていることの意味がよくわからなかった。やはり勉強が足りないようだ。





先生の元を後にし、俺は銀時を探した。
奴の指定席である部屋の隅にその姿は見つけられなかったので、俺は塾を出ることにした。
奴が行きそうな場所などはよくわからないが、とりあえず昼寝でも出来そうな場所を手当たり次第行ってみよう。
そう思い、俺は走り出そうとした。

「テメェ、気味悪ぃんだよ。」

俺の足は自然と止まった。声の聞こえた方に目を向けると、俺と同じ年頃、あるいは年上の少年達が数人、そこにいた。
皆で誰かを囲んでいる。その中心には、太陽に反射して光る、綺麗な髪。

「何なんだよその髪の色。ガキのくせに、じじいみたいな色してやがる。」

「お前本当に人間かよ?実は妖怪なんじゃねーの?」

気分の悪い笑い声が聞こえてくる。奴らの隙間から銀時を見ると、いつもと変わらぬ目をし、その手に刀を握っていた。

何故、怒らない?
悔しくないのか?悲しくないのか?あんなことを言われて。

気付いたら俺は、主犯と思われる少年の背中を蹴飛ばしていた。

「ってぇ!誰だ!?」

「桂小太郎だ!」

名乗った後、少年の頬を殴ってやった。少年が反撃しようとし、それに他の少年達も加勢してきた。

「よくも銀時を馬鹿にしたな!許さんぞ!」
「うるせーな!気味が悪い奴に気味が悪いって言って何が悪いんだよ!」

「銀時は気味が悪くなんかない!銀時も銀時だ!こんな奴らに言いたい放題言わせおって!」

ぽかんとしていた銀時が俺を見た、ような気がした。
少年の拳が俺の顔に勢いをつけて向かって来る。ああ、殴られる。

その瞬間だった。

胸倉を捕まれ自由が利かなかったはずの俺の身体が突然解放された。
胸倉を掴んでいたはずの少年は、遥か遠くで腹を押さえてうずくまっていた。
辺りがしんと静まり返る。
騒いでいたはずの少年達が、黙って目を見開いていた。
尻餅をつき、咳込む俺の目の前には、光り輝く銀色の、髪。

「う…うわあああ!化け物だあああ!」

少年達は叫び、逃げるようにその場を走り去った。
俺には何が起こったのか全くわからなかった。が、恐らく目の前にいる少年がしたことなのだろう。
振り返った銀時の瞳は、何処か悲しげな色を帯びていた。





「ついて来ないでくれる?」

あのまま立ち去ろうとした銀時を、慌てて立ち上がり追いかけて、しばらくしてからこう言われた。
銀時は振り返ることなく言い、先程と変わらずに歩みを進めていく。

「嫌だ。俺はお前に聞かなきゃならないことがあるんだ。」

同じく歩みを進めたまま、銀時の背中に向かって言い放つ。
銀時は何も言わず歩みを止め、道脇の草むらに腰を下ろした。
座れと言われたわけではないが、俺は自然と銀時の隣に腰を下ろした。しばし沈黙が続く。

「…何が聞きたいの?」

意外にも先に口を開いたのは銀時だった。
隣から聞こえた声に驚いた俺は、つい銀時の顔を凝視してしまった。
すると銀時は罰が悪そうに、早くしろよ、と呟いた。

「…あ、そうだな。すまない。つい驚いてしまったのでな。」

「俺が喋っちゃいけないわけ。」

「何故だ?そんなこと言ってないだろう。」

銀時は拗ねたように俺の顔から視線を外してしまった。どうにも気難しい奴だ。

「銀時、何故俺に髪を触らせてくれないんだ?」

「…また髪の話なの。」

銀時は呆れたように溜息を吐いた。いつも見せる嫌そうな顔と、先程見せた悲しげな瞳とがその横顔に現れる。
違う、そんな顔をしてほしいわけじゃない。

「結局お前もおんなじなんじゃねーの。どいつもこいつも、俺の見てくれがそんなに珍しいかよ。」

「確かに珍しいとは思うが、綺麗だからいいではないか。」

俺がそう言うと銀時は、普段は眠たそうに半開きの目を丸くして、俺の方を見た。

「…は?お前本気で言ってんの?」

「俺はいつだって本気だ。」

だって、当たり前じゃないか。俺はこんなに綺麗な髪を持つ人間を見たことがないんだ。

なぜ皆はわからないのだろうか。銀時の髪はこんなに綺麗な色をしているのに。

銀時は知らないのだろうか。自分の髪がどれだけ綺麗な輝きを帯びているということを。

「…お前、頭いいけどばかだよな。」

「何!?それは聞き捨てならんぞ銀時!!」

ばかとは何だばかとは!本当のことを言っただけなのに!

そう文句を言おうとした俺の口は、銀時の顔を見た瞬間に動きを止めた。

「ふっ…だってそうだろ、俺の髪が綺麗だなんて。」

そんなこと、誰も言わないよ。

呟いた銀時は、おかしそうに笑っていた。肩を揺らして、堪えるように笑っていた。

俺の思考は停止していた。
しばらくして心に生まれたのは、喜びの感情だった。

俺にはわからなかった。自分のことをばかだと言われ、笑われているのに、なぜこんなにも嬉しくなるのだろうか。

「…う、うるさい!笑うな!俺はばかじゃない!」

何だか気恥ずかしくなり、銀時の肩をぽかぽかと叩いた。いてっ、と笑いを含む声が聞こえた。ああ、彼は今笑っているのだ。
夢中で銀時の肩を叩いていると、髪をくい、と引っ張られた。
驚いて、反射的に銀時の顔を見ると、先程までの笑顔とは違う、複雑な苦笑い。

「俺は、お前みたいなのがよかったよ。真っ直ぐで真っ黒で、みんなとおんなじで。」

羨ましいよ。

銀時は、小さくそう付け足した。

講義の中で、先生はおっしゃった。
人間は他人を羨む生き物だと。他人と自分を比べて、一喜一憂するものだと。
他人が自分に勝ると嫉妬し、他人が自分に劣ると蔑みたがることもある、と。
これは正に先程、銀時をいじめていた奴らのことだ。

では、銀時は?

今正に、羨ましいと言ったではないか。
先生の言葉を思い出す。
銀時は俺達と何も変わらない。決して特別な子ではないだ。
この言葉の意味を、やっと理解できた気がした。
驚いてしまった俺は、銀時を普通の子と思っていなかったのだろうか。
ああ、確かにそうかもしれない。
だって、こんなに綺麗な色をした髪を見たことが無いんだ。
こんなに綺麗な髪を持っているのだから、銀時はきっと特別な子だと、たぶん俺は、そう思っていたのだ。

それが、銀時を傷付けていたのだろうか。

全く悪気は無かったとは言え、自分の日頃の行いが恥ずかしくなった。

ああ、でもやはり―…

「おーい。何黙ってんの?」

声が聞こえて、我に帰る。目に入った銀時の顔は、何だか気まずそうな、照れたような、そんな表情を浮かべていた。

「あそこで黙られると、恥ずかしーんですけど。」

「ああ、すまない…」

そっぽを向いた銀時の横顔。やはり俺と同じ、子供の顔だった。

「…銀時。」

「んー?」

俺の髪で遊ぶ銀時の手を気にしつつ、俺も銀時の髪を撫でた。

「銀時は普通の子だ。それはわかっているつもりだ。でもやっぱり、俺にとっては特別なんだ。」

「…意味がわかんねーんだけど。」

銀時が不機嫌そうな顔をする。その手から俺の髪を放してしまった。
構わずに続ける。まだ一番大切なことを言っていないのだ。

「銀時、俺はお前と仲良くなりたい。友達になりたいんだ。」

不機嫌そうだった銀時の表情が、この言葉を発した瞬間みるみるうちに変わっていった。
視線に気付いたのか、銀時は俺に背を向けてしまった。

「…俺はお前なんかと友達になりたくねーよ。」

ああ、やはりこれまでの失言の数々が祟ったか。仕方ないよな。
目頭が少し熱くなったが、侍たるもの、こんなところで泣くわけには―…

「でも、お前がどーしてもって言うなら、友達になってやってもいーけど…」

ああ、泣くわけには―…

「え!?ちょ、お前なんで泣いてんの!?」

振り向いた銀時が驚きあたふたする姿を、俺はすっかりぼやけてしまった視界で眺めていた。
勝手に溢れて勝手に出てくるのだから、これは泣いたうちに入らないよな。それに、悲しくて、悔しくて出てくる涙じゃないんだ。
銀時が不器用に俺の頭を撫でる。なんて優しい奴だと、思った。





あいつは今日も、教室の隅っこで眠っている。
あいつの考えていることは、相変わらずよくわからない。
友達になった今でも、よくわからないままだ。
わからないということは勉強が足りないということ。
だから、俺は今日も、松陽先生のお話を、余すところ無く聞くよう努めているのだ。

ただ、ひとつだけわかっていることがある。

それは、あいつの髪が、今日も太陽の光を浴びて、きらきらと輝いていること。





title:カカリア





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