(銀桂/攘夷)





走る。走る。走る。
さっきまで動かなかった筈の身体は、あいつの為ならこんなにも動く。

あいつとあいつの隊がまだ基地に戻っていないと聞いた時、心臓が止まりそうになった。
まさか、まさか。嫌な考えばかりが頭をよぎる。

そんなに簡単に殺される様な奴ではない事は、十分過ぎるくらいに分かっている。分かっている、のに。何故こんなにも不安なのだろう。

やはり、無理矢理にでも俺と同じ隊にすれば良かった。そうすれば、こんなに不安になる事も無かったのに。あいつを傷付ける事、ましてや殺させるなんて事は、絶対にさせないのに。

走る。走る。走る。
この道が、あいつの元へ繋がっているという確信と共に。










桂は居た。荒れたであろう戦場の跡、そのど真ん中。確かにそこに、桂は居た。

だが、あれは本当に桂なのか?

焦点の合わぬ瞳は日頃の澄み切った輝きを放つ事は無く、濁り切っている。
長い髪の毛は日頃の艶などどこへやら、全体はぱさついているのに、前髪だけが妙に濡れている。

「っ、桂!」

見ていられなくて、桂に駆け寄った。桂は、俺の呼び掛けにぴくりとも反応しない。
向かい合う形でしゃがみ込み、肩を掴んで揺する。桂の身体は為すがまま、力無く揺れた。

「……銀、時…」

やっと焦点が合ったと思ったら、発せられた声は酷く掠れていた。本当にこれは声なのかと、疑ってしまう程に。
何故、前髪だけ濡れているのか、その充血した目を見て知る。拭う間も惜しんで泣いていたのか。こんな声になってしまうまで、叫んでいたのだろうか。

「…皆、居なくなってしまったんだ…」

つまり、桂以外は全滅という事か。そんな事を、俺の頭の中に僅かに残る、冷静な部分で考える。残りの部分は全て、桂が無事だったという安堵により、働く事を放棄していた。
多くの仲間が死んだ事に、今、何の感情も抱けていない俺は、最低だと思った。仲間を殺された怒りを忘れる程に、桂の無事を喜んでいる俺は、余りにも馬鹿だと思った。

桂が俺の肩に頭を預けてくる。俺の手は桂の肩に乗ったまま、動かす事を惑っている。

「…気が、狂ってしまいそうだった…もう、血の臭いも分からぬ…」

そう言った桂の肩が僅かに震える。また、泣いているのだろうか。この状態では、顔を見る事は叶わない。

俺は、もう随分前から血の臭いは分からなくなってしまった。慣れとは恐ろしいものだ。
だけどお前には、まだ分かっていたんだな。

「…何人斬ったのかも、覚えていない…何を斬ったのかすら、覚えていないんだ…」

俺だって覚えてないよ、そんな事。お前は今まで覚えていたの?それこそ、気が狂っちまうよ。

惑っていた腕を桂の背に回す。より近くに引き寄せれば、桂も俺の肩に顔を強く押し付けた。

「…恐い、恐いんだ、銀時…いつか、また、何も、分からなくなってしまったら…」

顔を押し付けられた箇所が湿っぽい。やはり泣いていたんだ。
俺は回した腕に力を込めた。

「俺は、仲間にも、お前にまで、斬りかかってしまうかも知れん…」

桂の手が俺の羽織を掴む。力が入り過ぎて、その手に血が滲んだ。赤い、赤い血が、俺の白い羽織を染めていく。
その様を美しいと思ってしまう俺は、きっともう、狂ってしまっているんだ。
それでもいいと思ってしまうのは、それ程に桂の血が美しい赤を帯びていたからだ。

桂が顔を上げ、輝きを持たぬ瞳で俺を見た。羽織から手を離し、血の滴り落ちる手で俺の頬を撫でた。

「…その時は、銀時、お前が、俺を…」

殺してくれ。

きっとそう言おうとしたんだろう。その前に。

俺は桂に口付けた。

言わせない。その先は。お前の口からは言わせない。

唇を離す。桂は驚いているのか、呆けているのか、何とも言えない表情をその美しい顔に浮かべていた。
その瞳が、少しだけ輝きを取り戻している事に、俺はまた酷く安堵した。
桂の頭を掴み、俺の胸に押し付ける。先刻よりもきつく、きつく抱き締めた。

「っ、ぎ…」

「分かってる、分かってる、から…」

お前は何も言わなくていい。全部、全部、分かってるから。










だから君だけを朽ちさせやしない










朽ちる時は、俺も一緒に。
お前一人を、壊させやしない。





title:夜風にまたがるニルバーナ




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