しとしとと降る雨に舌打ちをする日々がもう何日も続いていたが、今日はそこまで悪い気分ではなかった。
ソファーの上で寝そべりワイドショーを観る神楽に背を向けて、銀時は灰色の空を眺めていた。
窓枠には彼女が作ったてるてる坊主がぶら下がっており、時折吹く風になびいてゆらゆらと揺れている。雨はまったく止む気配がないというのに、呑気なものだ。
新八が雨だから今日も外に洗濯物を干せないと愚痴をこぼしている。ため息交じりにいつの間にかどこぞのホームセンターで購入していたらしい部屋干し用のハンガーラックを取り出して、そこに洗濯物を干し始めた。何もそこまでしなくてもと思ったが、それを口に出す前に、あんたのとこで働く以上、環境はきちんと整えさせてもらいますからね、と言われた。その口調は彼の姉にそっくりだ。

「雨、止まないですね。今年の梅雨は長引くのかなあ」

主婦向けの番組で見たらしい効率の良い洗濯物の干し方とやらを実践しつつ、新八はてきぱきと大量の洗濯物を干していく。いつ拝めるかもわからない太陽に思いを馳せる表情が、背中越しでも想像できた。

「こうも雨が続かれるとうんざりするもんだが、まァ、止まない雨はないと思って諦めようや」

「そんなこと言って、今日も仕事しないつもりですか」

「仕事しねェも何も、こんな雨の日に仕事依頼しに来る客なんざそういねェだろうよ」

銀時は立ち上がって伸びをすると、散歩、と言い残し部屋を出る。珍しい、という新八の声は聞こえなかったふりをして、愛用のブーツを履いて扉を開けた。

空の色からは、雨の止む気配は微塵も感じられなかった。


***


傘に雨粒の当たる音が耳に響く。ぽつ、ぽつ、と不規則に鳴るその音を数えながら、かぶき町をあてもなくさ迷い歩く。予想通り人通りは少なく、こんな日は皆外に出たくないよな、と一人頷いた。
そんなことを考えてから我が身を省みると、何だか自分が物好きのように思えて可笑しかった。
雨はあまり好きではない。実際昨日までは止まない雨に苛立ちを感じていたし、何より銀時は昔から、よく晴れた暖かい日向で昼寝をするのが好きなのだ。しかし暑すぎてはいけない。布団を干すのにちょうどいいくらいの、暖かな日和が一番良い。
そんな季節はとうに過ぎ去り、今江戸は長雨の季節を迎えている。降り続く雨は止む気配を見せることなく、空を覆う雨雲は我が物顔で居座り続けている。まったく憂鬱で仕方が無い。
そう思っていた矢先にカレンダーの日付を確認して思い出したのは、あの長い髪だった。その瞬間、先程まで感じていた苛立ちがすう、と引いていった。それに気付いた瞬間の気恥ずかしさといったら!頭を抱えたくなった。むしろ苛々したままの方が良かった。
そんな思いを抱いたまま窓の外を見ていると、外出をせずにはいられなくなった。行くあてなんてなかった。歩いていればそのうち嫌でも出会すだろうと思っていた。

近い未来にこうなるだろうと考えていたことがいざ実現してしまうと、一瞬、どうしたら良いかわからなくなる。そんなことは誰しも経験したことがあるだろう。今の銀時も正にそんな状態であった。
偶然にも御用達の駄菓子屋で雨宿りをしていた桂の手には傘はなく、髪やら着物やらが濡れている。連日降り続く雨。それにも関わらず傘を持たない桂に対し、疑問を抱くのは至極自然なことだろう。そう自分に言い訳をして、銀時は駄菓子屋に足を向けた。

「お兄さん。傘も持たずになにやってんの」

そう声を掛けると、桂は目を見開いて、銀時の名を呼んだ。

「お前がこの雨の中外に出るなんて、珍しいな」

「俺ってそんなに出不精に見えるの。新八にも同じこと言われたんだけど」

頭をボリボリと掻いて、駄菓子屋の屋根の下に入り、桂の隣に立つ。傘を閉じて再び空を眺めたが、やはり雨が止む気配はない。

「土産を買って万事屋に行こうと思っていたのだが、運悪く雨に降られてな」

「お前馬鹿なの?ここんとこずっと雨降ってんのに、傘持たずに歩く奴がどこにいるよ」

「ふふ、それもそうだな」

どうやら桂は機嫌が良いらしく、濡れた髪に軽く触れて、微かに笑っている。雨に降られて笑うなんておかしな奴だと思ったが、今日ばかりは銀時も同じようなものだった。
互いに何かおかしいのが雨のせいではないことを、きっと桂も知っている。

特に会話を交わすことなく、ただひたすらに空を見上げている。大の男が二人、駄菓子屋の屋根で雨宿りをしていたら営業妨害になるのではないかと思ったが、この雨だ、客はそうそう来ないようだ。店の主人も外に出るのが億劫なのか、肘をついてぼんやりと外を眺めている。
無言が苦にならないのは、共に過ごした時間によるものだろう。そんな考えが過ぎった瞬間、銀時はまたしても気恥ずかしさに頭を抱えたくなった。まったく、今日はそんなことばかりを繰り返している。誤魔化すように頭を強く掻いたら、禿げるぞ、と桂に笑われた。

「ヅラくんには言われたくありませーん」

「ヅラじゃない、桂だ」

お決まりのやりとりに内心ほっとしつつ再び空を見上げると、雲の隙間から青空が顔を覗かせていた。
雨粒も次第に小さくなっていく。横目に見た桂の表情が微かに明るくなって、銀時も無意識に微笑っていた。
青空とともに現れた太陽。道行く人々が傘を閉じ始めた。

「ほら、止まない雨なんてないんだよ。行くぞ」

空の下に歩みを進めた銀時の後を、少し遅れて桂がついて来る。並んで歩く二人の正面には、虹が綺麗な弧を描いていた。

長雨の季節はもうすぐ終わる。毎年この日を迎える頃はちょうど、それを感じさせるのだ。





その日、雨の終わりを見た





(桂さん、お誕生日おめでとうございます。)




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