心残りがあるとすれば、最後に会ったあの日、君に触れることができなかったことだろうか。


***


夕日が差し込む廃墟の中で静かに座っているそれは、確かにあの男の脱け殻だった。
かつての敵に扮し、全身をぐるぐると包帯で包んだその姿は、何人たりとも自分に触れることを許さぬと言っているようで、それがとてももの悲しい。
その髪の色は、かつて輝きを放った銀色ではなく、生気を失った白色であった。肌に刻まれた文字は男の命の尽きた今も克明に残されていて、まるでこの呪いからは逃れられぬのだと男を嘲笑っているようだ。
憎たらしかった。白髪も肌の上の文字も、男を蝕んだナノマシンウイルスも。

何も語らず消えていった、この男自身も。

あの時から何も変わらないこの男。この町に来て少しは変わったかと思っていたのに、根っこの部分は何一つ変わっていなかったのだ。結局は同じことを繰り返して、結局はのたれ死んでいったのだ。
全く、どうしようもない馬鹿な男だ。

だけど、それに気付けなかった俺自身は、もっと馬鹿だ。

包帯で覆われた手に触れる。死んでからまだ間もないというのに、酷く冷たい。
顔を覗き込んでみる。土気色をしたその顔は穏やかな表情で、まるで眠っているかのようだ。

呑気な男だ。こっちがどんな想いでいたかも知らないで。

男の身体を抱き締める。冷たくなっていくその身体は、以前より随分と痩せこけていた。
何時気付いたのだろうか。自らの身体が蝕まれていることに。
どんな想いでいたのだろうか。自らが世界の崩壊へと導いていると知ってから。
抱き締める腕に力を込める。脇腹に触れていた誰かの刀から男の血液が滴り、俺の着物を汚していく。
髪に息がかからない。心臓の音も聴こえない。
その腕が、俺の背に回ることもない。

ああ、男は死んだのだ。その穏やかな表情から、きっと何か希望を遺して逝ったのは解っている。
そういう男なのだ。美しい最期を演出するほど聡明ではないし、誰かを道連れにするほど穢れてはいない。
ただ一人、呪いに屈して死んでいくほど、潔いわけでもない。
そんなことは、よく解っているのだ。

だけど、そんなことはどうだってよかった。
どう転んだところで、この男は死んでしまったのだ。

銀時はもう、戻っては来ないのだ。

声をあげて泣いた。冷たくなった男を強く抱き、子供のように泣いた。
何故何も言わなかった。何故俺にも戦わせなかった。相手はかつて共に戦った敵ではないか。たとえ姿形を変えようとも、お前の身体の中に住まおうとも、お前だけの敵ではなかった筈だろう。
お前はどうしていつだって、一人で行ってしまうのだ。

外から光が差し込む。それは夕日とはまた違う、人工的な光だった。誰かの叫び声が聞こえる。この声は、あの二人だろうか。

「これがお前の希望の光か。銀時」

物言わぬ筈の屍が、少しだけ笑った気がした。

「大丈夫だ、銀時。お前一人を、消えさせはしないよ」

動かぬ男に口付けたその瞬間、視界が光で覆われた。最後に目に入った男の表情(かお)は、やはり微笑っているようだった。


***


もう消えかけていた意識の中で、君の声が聞こえたよ。
大丈夫だと笑った君はらしくなく鼻を啜っていて、僕はそれがとても悲しかった。
君に泣いてほしいわけじゃなかったんだ。

だから信じてみようと思うんだ。

君の言葉が本当なら、僕は君の笑顔にまた会えるのだから。

再び君に、触れることができるのだから。





光の向こうで会いましょう





(五年後の桂にとっての銀時は、死んでしまった五年後の銀時ただ一人なのだろうなと)




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