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「……ん、…うー……」
「名無が起きたようじゃぞ」

夢を見ないほどの深い眠りから目を覚ました名無。アイゼンに体を預けていることに気付く。またしても背負われているのか。高熱でまともに思考はできないが、最初に礼の言葉を呟いた。

「まずい!ライフィセット、隠せ!」
「う、うん!」

名無が起きるや否や、焦るロクロウとライフィセット。「………え?」「カバンの中に入れておこうかな……あっ!な、何でもないよ名無!」ライフィセットが手を背後に回したことが気になったが、深追いはしなかった。

「……?」
「サレトーマの花を回収できたので、今は戻っている最中です」

目を動かして周囲を探る名無に、エレノアが説明をした。ワァーグ樹林はとうに抜け出しており、今はノーグ湿原であると。もうレニードの外観は見えているので、日が暮れるまでには着けそうだ。

「名無、具合はどうですか?」
「ボーッとする……あと、ちょっひ、きもひわるい」

いつも大きな声で、はきはきと喋る名無の呂律が回っていない。そうとう辛そうだ。ベルベットがアイゼンに背負われたままの名無の額に手を当てた。その熱さから、かなりの高熱であることがわかる。「あんただけ先に飲む?」サレトーマの花を差し出すが、名無は眺めているだけだった。

「エレノアは、もう飲んだ……?」
「…儂は?」
「いえ、船の皆と飲もうと思ってます」
「なら、私もそうする…」

エレノアや船員たちを差し置いて、自分だけが先に苦しみから解放されるのは卑怯だ。名無はサレトーマの花は受け取らなかった。

「仕方ないわね」
「大丈夫、足は引っ張らないよ‥アイゼン、もう歩ける」
「お前を降ろしたところで、倒れるのがオチだ。あと少しで着くから寝ていろ」

アイゼンは名無を離さない。名無は唸るが、彼女が自分で歩くことに賛成する者はいなかった。

「名無が頑張ったおかげでサレトーマが手に入ったんだ。遠慮することはない」
「……わかった。アイゼン、あと少し、お願い」
「ああ」

名無はロクロウの言葉に頷き、体をアイゼンに預けることにした。


 レニードを間近にした一行。しかし、木陰に見覚えのある人物が一人。陽気に声をかけてきた彼は、アイゼンにとっては無視できない相手だった。いち早く走り出し、その者の名を叫ぶ。

「ザビーダ!」
「よう〜!元気かい?」

アイゼンの肩に顔を埋めていた名無だが、彼が呼んだ名前を復唱して、前を見た。ザビーダはそんな名無を覗き込む。

「おいおい、名無しさん顔真っ赤じゃねぇか。大丈夫か?早く医者に見せてやれよ」
「ロクロウ、頼む」

ロクロウに名無を抱えさせるアイゼン。これで両手が自由になった。いつでも戦える状態だ。

「おっとケンカの相手はまた今度だ。デートに遅れるわけにはいかないんでな」

ザビーダが、ある道具をアイゼンに向ける。名無は目を丸くした。アイゼンはよりいっそう睨み付ける。

「……”それ”はアイフリードの物だ。何故てめぇが持ってる?」

そう、彼が手に持つ珍しい道具はアイフリードの私物であった。名無も、過去に見せてもらったことがある。

「拾ったんだよ、どっかで」

おどけるような態度の彼に、アイゼンは詰め寄る。とても大事そうにしていたのだ、落とすはずがない。名無も加わりたいが、いかんせん体に力が入らない。アイゼンに任せざるを得なかった。

「茶化すなケンカ屋。力ずくでも話させる」
「はっ!副長さんよ、あんたは殴られたら口割んのか?」
「試されるのはてめぇだ」
「話したけりゃ話す。殴りたきゃ殴る。それを決められるのは、俺の意思だけだ」

ザビーダは、道具を自らの頭部に当てた。「!?」「何を……!?」剣などの武器類いの物なら自殺行為だ。彼は一体、何をするつもりだろうか。

(あれは―――)

ドン、と大きな音が響いた。すると、道具から放たれたオーラがザビーダを包む。

「ちょいと”アゴヒゲ”のカワイコちゃんを待たせてんだよ」

アイゼンと名無は反応する。アゴヒゲとは、彼のことだ。何故自分たちに教えたのかは不明だが。

「終わったら語り合おうぜ……拳でな!」

ザビーダは語らないまま、聖隷術で消えてしまう。「待ちやがれ!」アイゼンは彼を追いかけるつもりだ。当たり前だ、アイフリードにたどり着く為なのだから。

「アイゼン!みんなにサレトーマを渡さないと」
「お前に任せる」
「でも……」

ライフィセットにゆだね、この場を後にしようとしたアイゼンだが、

「アイゼン……」

か細く、彼の名を呼んだ名無によって動きが止まる。前に聖主の御座の検問前で交わした約束があった。”次からは、私も連れていってよ。頑張るから”。あの時の台詞が彼の頭をよぎった。しかし、今の名無は連れていける状態ではない。

「……お前も、ちゃんと治せ」
「…わかった、だから……」

名無は声を捻り出して、新たな約束をとりつける。

「治したら、追いかけるから……それまで無理すんな……!」

アイフリードに会いたい、彼と共に行きたい。でも不可能なことも十分わかっていた。だったらアイフリードを追う彼に、追い付けばいいだけのこと。辛いながらも笑顔を向ける名無に、アイゼンは頷いて駆け出した。

 アイゼンが離脱した。彼らの行方が気がかりな名無たちだが、当初の目的を遂行する為に、再び歩き出した。「ザビーダの使ってた道具……あれ、何だったんだろう」ライフィセットが疑問をポツリと呟く。

「元はアイフリードの持ち物のようでしたね」
「あんな道具も聖隷術も見たことがないわ」

別の大陸からアイフリードが持ち帰った物かもしれないというマギルゥの予想に、名無は弱々しくも頷き、口を開く。

「ジークフリート……」
「知ってるの?」

アイフリードが異大陸から持ち帰ったもの。名無は、そうとだけ答えて目を閉じてしまった。

「異大陸の技術……アイゼンは大丈夫かな?」
「あの聖隷、中々の手練れと見ました。無闇に事を構えない方がよさそうですが……」

名無を抱え直したロクロウが、彼についての疑問を上げた。御座の時といい、今回のことといい、ザビーダの目的は何だと。

「デートなんてウソぶいてましたけど、相手はアゴヒゲのカワイコちゃんって?」
「アイフリードと同じ……ベンウィックが言ってたんだ。アイフリードは”アゴヒゲの人”だって」

ベルベットたちが気付く。そういえば、アイゼンと名無も、アゴヒゲという単語に反応していた。

「樹林で聞いた”手配聖隷”ってのは、ザビーダだな」

名無が寝ている時、ベルベットたちは帰路で対魔士の会話を盗み聞いていた。聖寮はザビーダを手配聖隷として、捜していると。そして彼は”ロウライネ”が狙いだと。

「ザビーダはそのことに気付いてる」

その上で、アイフリードの存在を匂わせてアイゼンが迫ってくるように仕向けた。アイゼンも、それを読んだ上で追ったのだ。

「……ただじゃ済まないかもな、こいつは」
「アイゼンが危ない?」
「だとしても、壊賊病を手当しないと、どうにもならない」

とにかく船へ急ごう。一行は迅速に港へと向かった。

 レニード港に到着する。そこにはベンウィックが一人、船の外で待っていた。一行が告げる結果を心待ちにしているようだ。一行は大量のサレトーマを渡す。

「サレトーマの花、採ってきたわよ」
「助かったよー!……って名無も発病したのか!?大丈夫か?」
「なんとかぁー……」

名無の具合を確認したベンウィック。そして辺りを見渡した。名無はロクロウが抱えており、彼女の近くにいるはずのアイゼンがいない。彼は所在を尋ねる。

「ケンカ屋の聖隷を追いかけてピュ〜っと消えよった」

聞いた途端、彼の表情が一変する。「その聖隷ってザビーダって奴だろ!何で一緒に行かなかったんだ!?」それは怒りに満ちていた。

「壊賊病のあなたたちを放っておけと?」
「そうだよ!副長が危ねぇんだ!」
「聖寮がザビーダを狙ってるから?」
「知ってんじゃねーか!こっちも聖寮に出入りしてる商人から聞き出したんだ」

ロウライネで、メルキオルという対魔士が大掛かりな罠を張っている。一行に新たな情報が明かされる。

「そんなとこに飛び込んだら、副長もただじゃ済まない!」
「メルキオルが動いてる……」

ベルベットも彼が何をしたいのか、引っかかっているようだ。(何故メルキオル様が直接指揮でザビーダを……?)エレノアもそれについて考えていた。

(いえ、それより―――)

ライフィセットと名無しさんを、メルキオルに渡せば聖寮に戻れる。これは彼女にとっての絶好のチャンスだ。

「相手は特等対魔士よ。罠じゃなくても強敵よ」
「クソッ、お前ら全然あてになんねえ!もういい、俺たちが助けに行く!!」
「あなたたちが行ったところで、かないっこありませんよ」

今にも船員たちを呼び、駆け出してしまいそうなベンウィックをとめるエレノア。ベンウィックは、彼女の理に忠実な台詞に異議を唱えた。

「あんたは自分が危なかったら、仲間を見殺しにすんのか?」
「え……!?」
「仲間を助けたいから行く。負けるとわかってたって戦う。やるかどうかを決めるのは自分だ!それが、俺たちの”流儀”なんだよ!」

彼の強い眼差しや意思に言葉を失うエレノア。皆の会話を黙って聞いていた名無は、ゆっくりと目を開けた。ーーーそれは先程とは違い、しっかりと視界に入るものを見据えるものとなっていた。

「……お前たちの意思はわかった」

ロクロウに降ろしてもらった名無。最初はふらつくも、しっかりと地面を踏み締めて立つ。

「でも、私たちにはアイゼンの気持ちだってわかる」
「副長の……?」

ゆっくりと一歩ずつ歩き、ベンウィックの前に立った。

「大事な船員には危険な目に合わせたくない、壊賊病で死なせたくない」

だから別行動をすることに決めて、ライフィセットにサレトーマの花を委ねたのだ。船長と船員、両方を救う為に。名無が彼の、彼らの為にできることは。身を乗り出すようにベンウィックに詰め寄り、力を振り絞って叫んだ。

「私が連れ戻してきてやる!アイゼンも!アイフリードもだ!お前らはさっさと薬飲んで、船の準備してどっしり待ってろ!!」

彼らに薬を服用させ、待機させることが名無の役目だろう。二人が帰ってきたとしても、彼らがいなければ航海なんてもっての他なのだから。ベンウィックは名無の気迫に圧されながら、アイフリードの名を聞き、目を丸くさせる。

「へ……?船長が!?」
「アイゼンが罠に飛び込む理由なんて、アイフリードしかないでしょ」

一行は、はなからサレトーマの花を渡したらアイゼンを追いかけるつもりだったのだ。それがわかった彼は、再び笑顔を見せる。

「はは……!わかった!こっちは任せてくれ!名無もちゃんと飲めよ!」

サレトーマの花を抱え、船に戻るベンウィック。説得に力を使いきった名無は、へなへなとその場に座り込んだ。「ほら、あんたたちも」ベルベットは名無とエレノアにも手渡す。

「まったく、海賊は理不尽ですね」
「理屈じゃなく守りたいものがあるのよ」
「理解に苦しみます」

「………ん?」名無は疑問に思う。エレノアの持つ物より、明らかに自分の方が多い。

「……何か量多くない?」
「アイゼンが言ってたんだけど、発病後は花汁を飲む量が倍になるらしいよ」
「うぁー……マジか」

教えてくれたライフィセットを睨んでも仕方ない、名無は絞り汁に視線を戻した。ラズベリーのようないい香りがする。美味そうな匂いだが、それにつられたが最後。花汁が舌の中で変質し、おぞましい味になるらしい。

「エレノア、せーので飲もう」
「はい……いつでもいけます」

「よし………っ、せーの!」二人は一気に飲み干す。量の差がある為、名無よりエレノアの方が先に飲み干した。尋常でない苦味と、刺激が二人の舌を襲う。

「あぐうっ!!」
「あ"ぁあ〜!!ま"、不味いー!!!」

濃厚な肉の味がしたかと思いきや、爽やかなハーブの味が突き刺さる。決して合うことのない二つの味が口の中で刺激し合いながら暴れ、壮絶な苦味となり襲ってくる。全身が痺れる錯覚に襲われ、二人は耐えられずに倒れ混んだ。そして彼女たちの苦しみの呻きの直後に、ビエンフーの悲鳴がレニード港にこだました。



 皆は名無の体調を確認する。休んでいたら随分良くなったようだ。まだ微熱はあるが、じきに治るだろう。彼女はむしろ口内の方が気持ち悪いと訴えていた。
ロウライネへと向かう前にその場所についてのことをエレノアから聞く必要がある。聖寮の施設だ、ベルベットたちは詳しい説明を求めた。

「樹林で対魔士が言ってたロウライネって何なの?」
「ウエストガンド領の北方にある、対魔士たちの訓練を行う塔です」
「ベンウィックの情報とも整合する。そこね」

「きっと対魔士がたくさんいる。アイゼン……」下を向いて憂い顔を浮かべるライフィセット。

「そんじょそこらの対魔士にやれれるような奴じゃないさ」
「死神を相手にする方も気の毒じゃて」

ロクロウとマギルゥの言葉に同意する。二人のおかげで表情が少し明るくなった彼は、名無が普段と同じ表情をしていることを疑問に思いそれを尋ねた。

「名無は心配じゃないの?」
「心配するより早くアイゼンに追いつくことの方が、あいつの為になる」

彼は自分の無理をしないで、という願いに頷いてくれたのだのだ。「何より、信じてるから」「名無……」そう言う彼女は、真っ直ぐな眼差しをしていた。

「お主はすーぐ信じるのう。そんなんだと足元をすくわれるぞ」
「うるせーな!私がいいんだから、いいんだよ!行くぞ!」
「うん、追いかけて合流だね」

「もう動ける!ロウライネへ向かおう」一行は、再びレニードの村を出て、ノーグ湿原へと足を進める。

 ロウライネの搭はブルナーク台地の先だ。ワァーグ樹林とは違う方向に進み、まずはブルナーク台地に向かう。目的地までは遠く、あっという間に日が沈んでしまった。一行は昨日に引き続きキャンプを貼り、夜を凌ぐこととなる。

「どうしたのですか、ライフィセット」
「うん……アイゼンもザビーダも、どうして一緒にアイフリードを捜せないのかなって」

焚き火を眺めながら悩む彼から発せられた疑問。マギルゥは「いい年こいた独身男はメンツだの何だのが多くて面倒な生き物なんじゃよ〜」と、どこか呆れていた。

「そうなのかな……?」
「確かに否定しづらいな」

首をかしげるライフィセットに、目を伏せながら腕を組んだロクロウ。すると、思うところがあるらしいエレノアが口を開いた。

「女だって……いえ、皆同じかもしれません」

人は、抱えている思いをわかり合わなければ、誰かと一緒には歩けない。

「もし、わかり合えなかったら……?」
「それは……」
「ザビーダの言う通り、拳で語り合うんだろうさ」

ロクロウの言う通りだろう。あの二人は、今後何度も拳を交えることになりそうだ。ライフィセットはさらに悩む。

「難しいな……」
「…私は単純だと思うけどな」

名無は下を向いたままで、淡々と述べていく。

「あいつらは”自分の抱く流儀が正反対”なんだよ。だから戦うんだ」
「流儀が……反対?」

ザビーダの流儀は、聖主の御座の検問前で既に判明している。アイゼンだけではない、自分たちとも違うものを持つ彼とは、決してわかりあえない。名無はそれに気付いていた。ザビーダの流儀が未だわからないライフィセットたちが名無に詳細を求めようとするが、彼女はそれよりも先に横になって目を閉じてしまった。



 早朝から歩き続けた一行は、ブルナーク台地に到達する。しかし未だにアイゼンと合流するにはいたらなかった。ならば変わらずロウライネを目指すまでだ。
上方に水蒸気や熱湯を噴出する、間欠泉が遠くに見える。そこには鮮やかな虹がかかっており、幻想的な景色であった。名無はそれを眺めながら足を進める。以前にブルナーク台地に降り立った時は北部の海沿いを進んだので、中心部にあるこの光景を見ることは不可能だった。

 しばらく進むと検問所らしき場所へ到達する。対魔士が警備をしているかと思いきや、誰かにやられたのだろう。数人の対魔士が倒れている。その先に、一行が探していた者の後ろ姿が。「ーーーあ!いた!!」名無は見るなり声を上げた。

「やっと追いついたー!」
「アイゼン!」

二人の声に気付いたアイゼンは振り返る。彼の名前を呼んだライフィセットが一番に駆け寄った。

「船の連中にサレトーマは飲ませたか?」
「うん」
「そうか。礼を言う」

アイゼンは次に、歩きながら近寄ってくる名無をじっと見つめた。

「その様子だと、お前も完治したようだな」
「うん!ばっちり元気になったぜ!」

明るい笑顔を向けられる。別れた時に見た笑顔は高熱の辛さに耐えながらのものだった。彼女本来の表情が見れ、アイゼンは内心安堵した。

「最初はベンウィックたち、サレトーマを飲まずにアイゼンを追いかけようとしてたんだけど…名無が説得してくれたんだよ」
「…何?」
「あぁ〜ライフィセット、そのことはいいから!」

どこか照れくさそうな名無はライフィセットの言葉を遮り、無理やり中断させた。そんなことより、この状況はどういうことだと転換する。エレノアが倒れている対魔士の様子を確認しており、ロクロウも屈んで彼らを見た。死んではいない、息がある。

「この兵士は、お前がやったのか?」
「俺が来た時にはこうなってた。ザビーダの野郎だろう」

対魔士たちは、誰一人とも命を落としていない。「一人も殺さない流儀……か」ベルベットは昨夜の名無の台詞を思い出す。確かに、自分たちとは相容れない流儀だ。

「聖寮は、よほどザビーダを捕まえたいらしいな」
「だが、あいつも罠だとわかっている。わからんのは、俺を巻き込んだ理由だ」

手を組む気がないなら、アイフリードの存在をほのめかす必要はない。

「罠と知ってて、何故行くのですか?」
「確かめる為だ」

エレノアからの質問に答えたアイゼンは少し歩き、遠くの景色を見渡す。ここからは見えないが、海を眺めているようであった。

「アイフリードは、死神の呪いを解く方法を見つけようと躍起になっていた俺に言った」

無駄なことはやめろ。呪いの力を持って生まれたなら、呪いごとお前だろう。自分の意思で舵を切れば、死神だって立派な生きる流儀になるはずだ、と。

「だから、俺はバンエルティアに乗った」

「生きる流儀……」拳を握り、彼の言葉に聞き入るライフィセット。アイフリードなら言いそうだ。そう思った名無は、過去に似たようなことを伝えられたことがある。謳術という特殊な力を持って生まれた自分。一時この能力に劣等感を抱いていたが、彼のおかげでそのような感情は消え去っていた。詩と共に生きる覚悟が芽生えたのだ。

「例え、アイフリードが殺されたとしても、それがあいつの意思の―――流儀の果てならそれでいい」

名無もアイゼンと同じ考えだ。アイフリードが自由に、最後まで彼らしくあることを願っている。

「だが、あいつの流儀を踏みにじったとしたら、誰だろうが絶対に許さん」

アイゼンが話し終わると同時に、ベルベットがある気配に気付く。後ろを振り向き、誰だと声を上げて睨みつけた。すると物陰から一人の男が出てきていた。

「立ち聞きとは行儀が悪いな」
「内緒話なら、お家でやんなって」

現れた者はザビーダであった。相対し、睨み合う二人にライフィセットが提案をする。

「ザビーダ、アイゼン。一緒に行くことはできないの?」

ケジメをつけなきゃ、手は組めない。語尾に多少の違いがあったが、それ以外は全く同じように返答を発した二人。

「そういうとこは似てるんだな」

名無は素直な感想を言った。一致した思考であったことに加え、今の名無の言葉。舌打ちをするアイゼン。ザビーダを眉を潜めていた。

「ま、そういうこった」

彼はそのまま去って行ってしまう。一行はますます彼の思考がわからなくなった。

「わざわざ出てこんでもいいのに、訳のわからん奴じゃのー」
「まったくね」
(………)

そして、アイゼンを加えた一行も再び歩き出した。


 ロウライネに向かいながら、昨日ベンウィックやエレノアから聞いた情報をアイゼンにも共有させる。彼は話を聞き終わり、少し考えると確かめるように口を開いた。

「ロウライネの城砦は、対魔士の訓練施設だと言ったな」
「はい、古代遺跡を利用した巨大な塔です」

ベルベットがライフィセットに、テレサと契約した時に行ったのではないかと問うが、彼はやはり記憶に残っていないようだった。訓練の内容が気になるロクロウはエレノアに詳細を尋ねる。

「対魔士の適性試験と、霊力に応じた聖霊の付与。並びに、聖隷術の修練と規律を教授する施設です」
「下級の対魔士たちが聖隷術の特訓をして、上級を目指す為の道場なんだな」
「いいえ。対魔士の霊力は訓練で強化する類のものではありません」

自分たちは生まれ持った才能に応じた聖隷を与えられ、自らに適した技術を学ぶだけ。つまり、二等対魔士は、一生二等対魔士ということだ。「そんなんじゃ張り合いがないだろう。強くなりたいとか、出世とか思わないのか?」競争性のないことに疑問を持ったロクロウの質問。

「出世に意味などないですし、等級の上下は使役する聖隷の種類や数といった”適性の違い”に過ぎません」

名無も口をへの字にし、つまらなさそうにしていた。

「なんだよ面白くないとこだなぁ」
「名無…聖寮は面白さを求めている組織ではありませんから…」

人々を業魔から守り、この世界を救うという想い、ただその為に聖寮の門を叩く。エレノアの言葉を聞いたベルベットたちは眉間にしわを寄せていた。

「そこまで献身的で、禁欲的な生き方をするのか」
「まこと穢れなき誇り高き志じゃのー」
「あんたたちも、聖隷と同じように意志を抑え込まれてるんじゃないの?」
「正しい志を持たないあなたたちには決してわからないことでしょうね」

ともかく城砦ロウライネには、そういう対魔士たちが待ち受けているはずだ。エレノアは改めて忠告する。「応、手荒い歓迎を期待するぜ」ロクロウは不敵に笑っていた。


 着々とロウライネへ近付いている。「アイゼン……ザビーダが持ってた道具のこと、聞いてもいい?」タイミングは今だと意を決したライフィセットが尋ねる。一向皆がそのことについて気になっていた。アイゼンは彼らの問いを無下にするつもりはない。

「聖寮の書庫で武具に関する資料を読みましたが、あんな不思議なものは、初めて見ました」
「……あれは異大陸へ行った時に手に入れたものだ。大昔に滅んだ古代文明の遺物らしい」

未だに謎の多い大陸のから持ち帰った物だ。さぞ希少であるはず。

「俺もそうだが、アイフリードもお宝に目がなくてな。中でも”アレ”はヤツのお気に入りだった」
「どういうものなの?」

アイゼンは首を振る。

「わからん。武器なのだろうが、アイフリードは勿体ぶって触らせてくれなかったからな。独りで試した後、次に俺と戦う時の切り札ができたと楽しそうに笑ってやがったが……」

そのまま名無の方を見る。お前なら触らせてもらったことがあるんじゃないのか、という彼の目での訴えに名無も残念そうに首を振った。

「危ないからって触らせてもらえなかったな…私も詳しくはわからない」
「そうか……お前ならばと思ったが」

しかし二人の話から、武器の類なことは間違いないだろう。

「未知の古代兵器……なのでしょうか?」

あれは自分たちの想像を上回る代物なのかもしれない。「まぁ、アイフリード本人に聞くしかないな」今は予想の話しかできない、この話は名無が締めくくった。そしてエレノアから次の疑問が上がる。

「でも、何故ザビーダはアイフリードを捜しているのでしょう?盗んだお詫びをしようとしてるとか?」
「そんな殊勝なヤツには見えんがな」

「本当に奪ったのかな……?」と、ライフィセットが一言呟く。

「何?」
「何となくだけど……ザビーダは人の大事なものを奪うような聖隷じゃない気がするんだ」
「拾ったと言ってましたし、アイフリードにアレを返そうとしているのかもしれませんね」
「……どうだかな……」

彼の真意もわからず仕舞いだ。名無も顔色ひとつ変えずに黙ったままだ。きっと進んだ先にしか答えはないだろう。一行は引き続き歩みを進めた。


 アイゼンが名無の隣に歩み寄る。名無は何事だろうと彼を見上げた。

「さっきライフィセットが言ってたことだが…」

サレトーマを飲まずにアイゼンを追いかけようとしたベンウィックたちを、名無が説得して止めたということ。名無は外見は全く似つかないが、信念や纏う雰囲気がどこかアイフリードに似ている。彼女と行動を共にして徐々に判明したことだ。船員たちは彼女の剣幕がアイフリードと重なり、頷いてしまったのかもしれない。

「俺からも礼を言わねばならん」
「いや、いらないいらない!私は思ったことを言っただけだから」

少し俯き、はにかみながら言う名無。アイゼンからの礼は、何故か他の人物より気恥ずかしかった。

「私もアイゼンや船員のみんなには世話になってるし……お互い様だよ」
「……そうだな」

そして二人でほんの少しだけ笑い合う。これは彼と出会い、打ち解けた頃からの談笑などによくあること。名無はこの短い時間が、どうしてだかわからないが好きだった。



 一行が行きつく先に、塔が高くそびえている。これが対魔士の搭、ロウライネ。下から見上げるだけでは頂上が見えないほどに高い。外に警備はおらず、堂々と正面の扉から進入するが、内部も閑散としていた。先のエレノアの説明通りなら、対魔士たちが訓練を行っているはずだ。「誰もいない……」名無が呟く。

「警備もおらぬとは、罠まる出しじゃな」
「こっちが罠を警戒するのは織り込み済みなんでしょ。その上でどんな手を打ってくるか……」

辺りを見渡し、上へと続く階段に差し掛かる。罠を警戒することを怠らずに。

(アイフリード……)

彼との思い出。彼を捜し始めてからの出来事を思い出す名無。再会したいという願いは、果たして叶うのだろうか。


 


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