4月  



新学期が始まり、私も二年生だ。
二年B組となった私は新しい教室に入り、ベルベットたちと合流する。

「お主もB組のようじゃの」
「やっぱ問題児はB組かぁ」
「ほとんど変わってないわね、B組だけは」

「納得いきません……!」エレノアはB組になったことが不服なようだが、こいつもある意味問題児だからなぁ。

「探偵部で先生たちの秘密嗅ぎ回って、手当たり次第にばらしたりしてるじゃん」
「後ろめたいことがある者たちからしたら立派な問題児じゃのー」
「くっ……!私は、ただ先生たちにも規律を守ってほしくて!」

泣きそうなエレノアをなだめてやる。話題を変えよう。私は担任が誰になるか、という質問を投げた。

「どうせまた期間限定でダイル先生でしょ」
「儂はシグレ先生と予想するぞよ!賭けてもよい」
「アイゼン先生の可能性も十分ありますね」

部活顧問のアイゼン先生が担任だと、気が抜けないので少し困る。でも朝からアイゼン先生と会える。彼に惚れてしまった私は、それはそれでいいかとも思ってしまった。
アイゼン先生のことを考えていると、なんとか進級できたらしいロクロウが朝の挨拶をして、私たちに包装された物を配った。

「ホワイトデーには春休みになってたからなぁ。遅くなって悪かったがお返しだ」
「マジで?ありがとうロクロウ!」
「ロクロウや、儂に配り忘れておるぞ」
「お前は何もくれなかっただろう」

あげてないのにお返しを求めるのは図々しい行為だ。それでもロクロウは何かないか、ごそごそとさぐっている。

「ほら、マギルゥにもお返しだ。貰ってないがな」
「おおー…!て、ポケットティッシュではないか!駅前で配ってるヤツじゃろう!」
「仕方ないだろ、もらった奴の分しか持ってきてないんだから」
「そうよ。それにバレンタインデーはお返しを求める為にあるんじゃないの」

私は彼女たちの面白いやり取りを聞いていたのだが、「名無はアイゼン先生からのお返し、楽しみですね」とエレノアにからかうように話を振られた。

「ん?もう貰ったよ?美味しかった!」
「え……?春休み中は、部活はなかったのでは?」
「うん、だから家に来てくれたんだ」

「家に!!?」私以外の四人は驚く。何故か全員の声が裏返っていた。

「ホワイトデー当日に、わざわざ贈りに出向くなんて……!男子のロクロウ!どう思いますか!?」
「これは本気ですね!間違いない!」

眼鏡をクイッと上げて言うロクロウ。そんなどこぞの弟くんみたいな仕草はしないだろ、お前。

「で、でででなな何をももも貰ったのよ!?」
「ど、どうしたんだよベルベット……?えーと、パルミエと、飴」

「飴!!!」今度はロクロウ以外の女子三人が反応した。……何で飴にだけ?

「アイゼン先生の奴め……これはガチじゃぞ」
「若い嫁さんが本気でほしいんだなぁ」
「本当にいけない空気がしますよ。これ以上は、私たちが踏み込んではいけないのでは……?」
「二人が結ばれたとしても”年上の彼氏”と”年下の彼女”って表現して世間にはばれないようにするわよ」

教室の端で固まってひそひそと話す四人の会話は、私には聞こえなかった。

「なぁ、さっきから何なんだよ」
「………わかってないの?」
「何を?」

何故か四人に、それはもう重いため息をつかれた。

「自分のことに対しては鈍感なのね…」

「はぁ?お前らがはっきり言えばいい―――」私は結論を聞き出そうとするが、チャイムによって邪魔されてしまった。四人は席につき、私も渋々座る。
さぁ、担任の確認だ。私たちの上げた予想は当たるだろうか。豪快に扉を開け、入ってきたのは

「おう、HR始めるぞ!座ってない野郎ども、さっさと席につきやがれ!」

(……あれ?)入って来た人物に注意され、まだ立っていた不良のクラスメイトが謝りながら迅速に座る。クラスがざわつき始めた。

「だ、誰ですか?あの人」
「マフィアのボスみたいな奴がきやがった……」
「学園長め、儂に好きにさせんようにモノホンのカタギじゃない奴を教師にしおったか……」

教師の言うことを聞かないことで有名なB組のみんながうろたえている。いや、マフィアのボスなんかじゃない。私たちの前に立つ人物は、

「今日から俺がこのクラスの担任になった、アイフリードだ。よろしく頼むぜ」

他でもない、私の父親だった。まさかの展開に椅子から転げ落ちる。「どうした名無?目立ちたいのか?可愛い奴だなぁ」「いや………、だっ……ええ?」何で私のクラスの担任に?自分の会社は?教員免許なんて持ってたの?様々な疑問が浮かび上がるが、上手く発言できなかった。

「何?あんたの知り合い?」
「し、知り合いも何も……」

父親、その一言につきる。とりあえず席に座り直した。

「俺は面白えことが好きだ。面白ければ何でも許す!気軽に相談しな」にかっと笑い、厳しい指導はしないと約束する父さんに、みんな安堵の表情を浮かべた。

「……だが、名無に手を出す奴はぶっ殺す」

睨み付ける父さん…もとい、アイフリード先生。何故か男子たちが静まり返る。

「俺の自己紹介はこれくらいにして……それじゃあ転入生の紹介だ。入れ、ベンウィック」
「ベンウィックです!これからよろしくな!」

私はまた椅子から転げ落ちた。

「あっ!お嬢久しぶり!元気してたか?」
「その誤解を招く呼び方やめろ!!」

またざわつき始めるクラス。ほら見ろ極道の娘だと勘違いされたじゃないか!ベンウィックは、父さんの会社にいる社員の一人だ。私とは友人の仲で、昔はよく遊んでもらっていた。

「次は飛び級の生徒の紹介だ」
「ライフィセットです。僕、このクラスの一員として頑張るよ!よろしくお願いします」

今度はベルベット以外のクラスメイト全員が椅子から転げ落ちる。去年からうちのクラスによく遊びにきていた理由がわかった。ベルベットの為に飛び級までしてくるとは……。
驚きこそしたが、ライフィセットの自己紹介でクラスが和んでいい雰囲気でHRは終わった。それとともに、私は二人を引きずって人気のないところまで誘導する。

「なぁ、どういうこと?」
「お前の学園生活が心配でよ、気付いたら教師になっちまってた」
「俺もクラスメイトとして護衛するぜ!」

「そ、そう……」過保護な身内に苦笑いしかでない。別に普通の学園生活なんだけどなぁ。父さんに話したことの中で、何か不安なことでもあったのだろうか。

「仕事は?」
「そこらへんは気にするな。教師はあくまで副業だ」

本職に響かないようにはするらしい。それを聞いて安心した。……社長って、暇なのかな。

「俺も副業!」
「副業が学生なんて聞いたことねーよ!」
「………あの……」

振り返るとエレノアたち五人が立っていた。おそらく私とアイフリード先生たちの関係が気になるんだろうな。父親と言うと、似てない!と返された。まぁ母親似だからなぁ私は。

「教師って海外出張に行くもんなのか?」
「いや、それは本業の方で……」
「アイフリード社長は、造船会社の社長なんだよ」

造船の他にも色々と何かやっているらしいが、私はよく知らない。

「…となると、名無は社長令嬢ということかの?」
「いや、そんな御大層なもんじゃあ……」
「アイフリード造船会社は、ここ十数年であり得ないほどの飛躍を遂げて、今は世界のほとんどの船を造っているんですよ!?立派なお嬢様ですよ!」
「おお、よく知ってるな」

お嬢様、そう呼ばれるのはムズムズするからあまり好きではない。エレノア詳しいな、私は彼女の知識に感心した。すると、唐突にベルベットに手を握られる。

「あんたと!あたしは!親友!」
「今言われても哀愁しか感じねーわ……」
「ご、こめんね、名無……」


*  *  *


放課後になり、私は部活に向かっている。……ベンウィックと一緒に。

「……本当に機械部に入るの?」
「おう!」

つまりアイゼン先生との、二人きりの放課後はなくなったというわけか。部員が増えることは嬉しいが、少し残念にも思った。ベンウィックはアイゼン先生とも知り合いらしい。過去に彼のことを副長と読んで慕っていたとか。

「先生ー、新入部員連れてきたよ」
「副長!…じゃなかった、アイゼン先生、よろしくお願いします!」
「…!お前、ベンウィックか」

久々の再会を喜び、話す二人。私は部室の奥に一人の女子がいることに気付く。見たところ一年生だ。今年から新入生の制服のデザインが変わっていて、それでわかった。彼女は私の目の前に立ち、見上げてきた。

「あなたが名無?」
「あ、ああ……そうだけど」

じっと見てくる彼女に首を傾げる。新入部員で、アイゼン先生から私の話を聞いたのだろうか。思う存分私を観察した彼女が口を開いた。

「……少しアホ面なのがあれだけど、外見は及第点」
「は?」
「こら、エドナ」

彼女の意味のわからない台詞を咎めるアイゼン先生。エドナ、どこかで聞いたような……。この子は誰だと質問をすると、アイゼン先生は彼女の頭の上に手を置いた。

「妹の、エドナだ」

彼女が噂の妹だとわかり、今度は私がよく眺めて観察をする。

「この子が!?へぇー、似てるの色合いだけだな」

私はアイゼン先生がそのまま女になった姿を想像していた為、実際の妹の可愛らしい外見に驚く。兄貴に似なくてよかったな。あ、でも横顔はちょっと似てるかも。

「ここにいるってことは、副長の妹さんも機械部に入るのか?」
「いや、こいつは……」
「入らないわ。ワタシは物好きじゃないもの」

兄が顧問の部活に入ることを、そうもピシャリと却下するとは……見た目に反してキツいことを言う子だ。私とベンウィックはたじろいだ。アイゼン先生が何も言わない、おそらく妹には歯が立たないんだろう。

「ちょっと確認したいことがあったのよ。もう出ていくわ」
「確認?」
「ええ。お兄ちゃんの好きなタイプについて」
「エドナ!」

今度は大きく声をあげたアイゼン先生。しかしエドナは気にせず出口に向かう。最後にアイゼン先生を見て薄く笑い「頑張ってね、お兄ちゃん」と言葉をかけて、行ってしまった。一体何に対しての応援だったのだろうか。それにしてもアイゼン先生、家族の前ではあんな感じなんだな。微笑ましくて笑ってしまう。

「十五歳も離れてるのかー、そりゃあ可愛がるはずだな」

エドナからアイゼン先生視線を写すと、彼は何故か慌てていた。どうしたんだろう。

「……いや…ち、違うぞ名無。好みのタイプというのはだな……」

気まずそうな彼をよそに、私はキョロキョロと机の上や部室全体を眺めるが、普段と同じだった。

「あれ?先生の好みの機械を見に来たんじゃなかったのか」
「………」
「……名無、本当に鈍感だな……」
「えっ」

一日に二度も鈍感と言われたが、自分の何が鈍いのかがわからい。私の新たな悩みの種になった。


 


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -