2月  



「………何で?」

私は首を傾げた。たくさんの友チョコに囲まれる形で、真ん中に丁寧にラッピングされた物が置かれている。いや、自分が置いたのだ。気付いたら作ってしまっていた。
本命チョコにしか見えないそれを手に取る。……私に好きな人はいないはずだ。そのはずなのに。黒い小箱にオレンジ色のリボンで飾られたそれ。誰に渡すつもりなのだ、私は。
まるで、”彼”の為みたいだが……。自分のことなのに、他人事のように考えていた。

「……あっ、もうこんな時間」

もう家を出ないと遅刻してしまう。用意していた紙袋に友チョコを突っ込み、先程手にしていた箱は、なんとなく鞄に入れた。




学園に着いた私は教室に向かう途中で、ふと思い出す。昨日部室に工具を忘れたかもしれない、少しだけ寄り道をすることにした。机の上を確認するだけでいい。
部室の鍵を取り出すが、もう開いてることに気付く。誰かいるのだろうか。もしやと思った私は、何故か深呼吸をしてから中に入った。

「あ……アイゼン先生」
「………名無、か……」

私の予想通り、中にアイゼン先生がいた。座っている彼に朝の挨拶を済ませる。彼は「……これ、お前のドライバーだろ」と、机の上にあった物を渡してくれる。

「…自分の使い馴れた工具だろう……忘れるな」
「ごめん、気をつける」

受け取った私は、鞄を開く。すると今朝の箱が目に入った。
……どうしよう。何も考えずに、これをアイゼン先生に渡してしまおうか。……部活の顧問といえど、教師にこれほどまで手の込んだ物を渡していいのだろうか。


渡してしまったら、私がアイゼン先生を好きだということを、認めてしまうんじゃないか?


「………」何故か口が開かない。アイゼン先生が見れない。顔に熱が集まってくる。この感情は、どういうことだ。まさか、本当に―――

「……?」

静寂さに疑問を覚えた私は顔を上げる。そして彼の異変に気付いた。顔が真っ青だ。今にも机に顔を伏せるか、椅子から転げ落ちて倒れそうだ。

「え、先生。顔色悪すぎなんだけど具合悪いの?大丈夫?」
「…だ……大丈夫だ。腹の調子が、悪いだけだ……」
「それって具合悪いってことじゃねーか!帰った方が」
「気合いで……なんとかするから、気にする…な」
「ええ……」

保健室にでも連れて行こうとするが、彼が立ち上がる気配はない。そうこうしていると、チャイムが鳴ってしまった。

「ほら、教室に行け……俺のことは心配するな」
「でも……」
「どうしようもなかったら、ザビーダの奴でも呼ぶ……」
「約束だからな?」

名残惜しいが、ここを立ち去る。私はアイゼン先生のことが心配で、今日の授業内容は全く頭に入らなかった。

昼休みにザビーダ先生がわざわざ顔を出して、体調は随分マシになったと聞き、安堵する。お礼の意味も込めてチョコを渡しておいた。
彼は去り際に「兄貴ってのは苦労するねぇ……」、意味のわからないことを言っており、私は首を傾げた。





部活はないだろうが、一人でカラクリの作成を進めとこうかな、と部室に入る。部室を見た瞬間に、私は声をあげた。

「うわぁ!アイゼン先生まさか死んでないよな!?」
「そんなわけねぇだろ……休んでいるだけだ」

アイゼン先生が、並べた椅子の上に横たわっている。眼鏡くらい取ろうよ……。それに暖房があるとはいえ、このままでは風邪引いてしまいそうだ。

「先生ー、帰んないの?」
「もうひと仮眠したらな……このままでは車に乗れん」
「よく来れたよな……」
「学園に着いた途端にきやがった。時間差攻撃とは……あいつの料理は、進化してやがる」
「はぁ?」

彼の言っている意味がわからない。詳しく聞こうとしたが眠ってしまっていた。毛布でも借りてこよう、私は保健室に走った。

素早く戻った私はアイゼン先生に、そっと毛布をかける。「このまま帰るわけにはいかないよな……」一人にするわけにはいかないだろう、私はアイゼン先生が起きるまで待つことにした。それにしても、並べた椅子の上で横になるなんて、寝苦しくはないのか。

「起きるなよ……よい、しょ」

彼の頭を持ち上げて、その下に座る。そして自分の太ももの上に乗せた。何もないよりかは膝枕の方がマシだろう。眼鏡も取り外してやる。私は彼が起きるまで、物静かに自習でもすることにした。


アイゼン先生が起きるのを待っているが、日が完全に沈んでしまった。門限はないが、そろそろ学園を出ないといけないな、などと考えているとアイゼン先生が身じろぎをした。彼が微かに声を上げたことから、起きたとわかった。

「起きた?アイゼン先生」
「………名無……」

もそりと起き上がったアイゼン先生は、膝枕のことをバツが悪そうに謝ってくる。私はクスッと笑ってしまった。

「何だよ今更。クリスマスに私の下半身を抱き枕にしたくせに」
「それは言うな……!」

私を睨むアイゼン先生の顔色は元に戻っていた。これなら大丈夫だろう。私は筆記用具やノートをまとめ始める。

「今日は帰ろうよ」
「む、もう暗いな……。待ってろ、帰り支度をしてくる」

私の自宅は近所なのだが、今日みたいに外が真っ暗な時はアイゼン先生は車で送ってくれる。礼を言って、彼がはや歩きで部室を出て行くのを見届けた。

「……あ」

筆記用具などをしまうときに、また目に入ってしまった。彼に渡そうか悩んでいるそれ。鞄から取り出して、ラッピングされた箱を見つめた。私は、また悩む。
渡すか、渡さないか。他人の恋愛沙汰は聞いたりするのは好きなのに、いざ自分のこととなると恥ずかしい。考えたくない。
……でも、これほどまでに意識してしまうということは―――

「―――名無、待たせたな。帰るぞ」
「ひゃっ!?」

ガラリと開いた音に肩が跳ねてしまい、とっさに箱を後ろに隠す。「驚かせたか?」「いや、大丈夫……」足音が聞こえないほどに、彼のことを考えてしまっていたのかと私は恥じた。

「………」
「……な、なに?」

上から見下ろすアイゼン先生の眼力。何か言いたそうだが、そのまま背を向けてしまった。チャンスは今しかない。とっさに私は「待って!」と声を上げる。

「名無、どうした?」

振り返って、私の言葉を待ってくれるアイゼン先生。
他の男友達や先生に渡す時には全く何もなかったのに、今は心臓の音がうるさい。この時点で確定だ。
渡そう、受け取ってくれるかわからないが……。

「こ、これ……作ったんだけど、」
「……いいのか?」

後ろに隠していたチョコを前に持ち、彼に渡そうとする。「……うん。先生に、作ったから」いらないと言われたらどうしよう、今更だがとてつもない不安が圧しかかっていた。顔が下を向いてしまう。
アイゼン先生を見られないでいると、頭にのし掛かる何か。頭を撫られていることがわかった。それと、私の手にある小箱がなくなっていた。

「……ありがとうな」

私の目線に合うように屈んで、微笑んでくれるアイゼン先生。ああ……そうか。やっぱり

私は、アイゼン先生のことが好きなんだ。

今は上手く話せない私は深く頷いた。顔が熱い、外に出て夜風にあたろう。私はアイゼン先生に続いて部室を後にした。
思えば学園祭で奇術衣装を可愛いと誉められた時から無意識に好きになっていたのかも。いや、もっと前の可能性もある。この気持ちに気付けたのは、あの三人のせいであり、おかげでもある。



アイゼン先生の愛車に乗せてもらっている最中だが、私はあることに気がついた。「アイゼン先生、どこにもチョコないけど……学園に忘れてない?」彼は女子生徒から人気のある教師の一人だ。沢山もらっていることは簡単に予想できるのだが、それらしき紙袋が一切たりとも見当たらない。

「今年はもらってねぇな」

聞くとアイゼン先生は今日は一日中、部室で横になっていたらしく生徒は私以外とは会ってないようだ。そこまでの腹痛なんて一体何食ったんだよ。

「……妹と、お前だけだ」
「…そ、そっか」

アイゼン先生の言葉に嬉しくなった。私以外の生徒と会ってないとはいえ、家族と私からしか貰ってないなんて、なんだか特別みたいで。
彼と私は教師と生徒だが、希望はあるのだろうか。アイゼン先生に彼女ができないことを祈りつつ、卒業するまでに少しでも好かれるように、頑張ってみよう。誰にも言えない決意が生まれた。


車を自宅の前に停めてもらう。頭を打ちながら車を出た私は、扉を閉める前にアイゼン先生に礼を言った。

「明日の部活は二日分やるぞ」
「はぁ?先生が変な物食ったせいなのに?」
「変な物とか言うな!明日は三日分だ!!」

こいつ理不尽過ぎないか。もう彼に抱いた恋心を否定したくなってきた。でも、明日はもっと一緒にいられるということだからいいだろう。仕方ないなぁと返事をしてたら、彼は何故か私の自宅を眺めていた。

「名無、電気消し忘れてるぞ」
「え?」

私も自宅に視線を注ぐ。不可解なことに、一室の明かりが点いていたのだ。「……何で点いてるんだ……?」「お前は独り暮らしだったな」「うん」あの部屋には、朝の日が昇っている時に入ったっきりで、電気などつけていない。二人で眺めていると、人影が動いた。

「まさか……泥棒?」

サーっと顔から血の気が引いていることがわかる。あの一室だけには、赤の他人……まして泥棒など入れるわけにはいかないのだ。

「あの部屋、母さんの仏壇と遺品があるのに……!」

私が幼い頃に亡くなった母親の思い出の品があるのだ。金では買えない、大事な物を盗まれるわけにはいかない。そんなことになっては父親に会わせる顔がない。警察に通報している暇はないだろう、台所に寄って武器を確保してどうにかするか。恐怖が襲うが、怯えている場合ではない。
急いで自宅に入ろうとすると、腕を掴まれた。

「アイゼン先生?」
「……俺に任せろ」

車から出ていたアイゼン先生が、私を後ろに下げて玄関の扉へと進む。私は大人しく彼に続いた。「……開いてるな」「鍵したよ私……!」二人で静かに入る。私はこの家の住人なのに、おかしなことだ。

「何人いるかわからん。俺から離れるなよ」
「は、はい」

緊張と、アイゼン先生の真剣な眼差しからか、敬語で頷いた。明かりの点いている部屋はどこだという彼の質問に、私は小声で案内をした。

「そこ、そこが部屋の扉」
「………」

アイゼン先生は扉を睨み、足で勢いよくこじ開けた。バァン!と大きな音がする。私はアイゼン先生の背中に密着し、強く目を閉じた。

「誰だ!!この家に盗みに入る奴は!!」
「あ"ぁ!?てめぇこそ誰だ!やんのか!?」

……ん?この声……。私は目を開ける。勢いのまま取っ組み合いを始めるアイゼン先生と、ある人物。待ってと制止をかける前に、アイゼン先生が何かに気付いたようだった。

「お前……アイフリード、か?」
「あ?」

「俺だ、アイゼンだ」眼鏡を取り、髪型を崩した彼に「アイゼン!久々じゃねぇか!目付きを眼鏡で誤魔化してるからわからなかったぜ」とアイゼン先生の向こうに立つ人物の声は嬉しそうだった。先生で見えないが、部屋にいたのは泥棒ではなく……彼の真後ろにいた私は二人の間に入り込む。

「アイゼン先生!ごめん私の勘違い!その人泥棒なんかじゃなくて私の父さん!!」
「先生?」
「父さん?」

「「「……ん?」」」


 


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