12月  



「切ねぇー………」私は悲観した。自宅で一人ごろごろしながら呟いた。
十二月二十四日、クリスマスイブ。私は予定もなく、暇している。エレノアは家族と過ごすらしい、ベルベットはもちろん家族にライフィセットとだ。マギルゥも遠縁の師と会う約束があるようだ。

「こんなんだったら適当に告白でも受けるんだったなー……」

この惨めな状況に、そう後悔するしかなかった。私は起き上がる。「ケーキとチキンでも買いに行くか」なるべく切なそうな店員を探して、買ってやろう。防寒着を身にまとって、街へと出掛けた。


活力がなさそうにケーキとチキンを売っている店員がいたので、すぐさま購入してささやかなエールを送った。道行くカップルたちを見ていられない、さっさと家に帰ろう。
「……あ!」「お?」身に覚えのある二人と遭遇した。見慣れない私服だが、目立つ髪色や目付きにに気付かないはずがない。

「アイゼン先生、ザビーダ先生」
「名無?」
「名無、どうした一人で?ナンパ待ちか?」

二人も驚いているようだ。ザビーダ先生のくだらない質問に、私はぶっきらぼうに答える。

「んなわけねーだろ。ケーキとチキン買ったから帰るんだよ」
「家に誰かいるのか?」
「独りだけど」
「「………」」

やめろ、そんな目で私を見るな!「先生たちは何で野郎二人で街をぶらついて……あ」まさか…ホ……ぞわりと鳥肌が立った私は彼らと距離をとる為に後退る。

「待て待て!変な勘違いしてねぇか!?」
「おい離れるな!名無!」

私の態度に察した二人が必死に弁明する。「でもイブに二人でうろついてるなんて……そうとしか」違うから話を聞けと二人に引き止められ、私は渋々耳を傾けた。

「つい哀れな目を向けちまったが……まぁ、お前と同じようなもんだ」
「ふーん……」

ザビーダ先生は、約束していた相手が急に仕事の予定が入ったので暇になったそうだ。「へえ、キープの女が五人くらいいるかと思ってた」「名無は俺を何だと思ってんだ……?」いや、普段の態度からしたら、そうとしか。

「アイゼン先生は?」
「………」

彼の表情は暗い。そのまま「今年は、友人たちと過ごす……」とボソリと呟いた。

「は?」
「溺愛する妹にフラれたんだよ」
「妹?」

アイゼン先生、妹いたんだ。独り暮しだと思っていた私は少し驚く。

「最近、反抗期らしくてな。それもあってかダメージが特にひでぇ」
「あいつが生まれた時から大切に育ててきたというのに……!蝶よ早咲きの花よと育ててきたというのに……!!」
「うわ!街中で寝るなよ!冷えるし目立つだろ!」

その場に寝そべって愚痴を溢す彼を起こそうと奮起する。尋常じゃない落ち込み具合だ、こんなアイゼン先生は初めて見る。「あーあ、またかよ」彼を独りにできないからザビーダ先生はついてやってるんだな……。「元気出せ、そんな年もあるって!」ザビーダ先生と協力して起き上がらせる。

「名無が身体で励ましてくれるってよ!」
「えっ」
「本当か…?名無」
「ええ?いやぁ……」

アイゼン先生の反応に、なんて返せばいいか迷う。いつもならザビーダ先生のふざけた発言を咎める彼だが、今は真に受けている。傷心中の彼をこれ以上傷つけるわけにはいかない。気付けば「な、何をすれば」と口に出してしまっていた。

「よーし!それなら色々買いに行こうぜ!」
「色々……?」

* * *

夜。ケーキとチキンや酒などを買い足した二人は私の家のリビングで好き勝手している。こんなことになるなら外に出るんじゃなかった。

「酌しろー!名無サンタ!はははは!」
「……はいはい」
「名無、お前も食え。なかなか美味いぞ……何だ食わないのか?お前も俺を拒むのか!!エドナのように!!」
「食べる!食べるから!」

今は酔っ払いの相手に追われる。アイゼン先生は元の精神状態が酷いから、非常に悪い酔い方をしていた。彼の背中をさする。

「妹さんは別に拒んだわけじゃないだろ?ほら、友達付き合いもあるんだろうよ。何だかんだ言って兄貴が一番好きだって!」
「名無……」
「今頃ボーイフレンドと……」
「あああああ!!」
「こらああああ!!」

こんなやりとりが何回も続いた。
私は彼らと話しながら、スカートを引っ張ってみるが当然伸びない。

「どうした名無、モジモジして。トイレか?」
「お前らのせいで脚が寒いんだよ!」

私は脚が気になっていた。買い出しの時にミニスカサンタ服をプレゼントされ、着せられているのだ。ちょっと屈んだだけでパンツ見えそうなんだけど。胸元も露出しているし……。

「なぁ、下にレギンス履いちゃ駄目?」
「駄目に決まってんだろうが、男心わかってねぇなぁ」
「はぁ……?」
「膝枕しろ〜〜〜」
「やめろぉ!」

ザビーダ先生のセクハラに耐え、アイゼン先生の愚痴を聞き、励ます。こんな感じでクリスマスイブの夜を過ごしていた。

「二人とも、ワインでも飲む?色々あるけど」
「そういえば、この家には貯蔵室があったな」
「マジかよ!お嬢様だな名無」
「えー、そんなことないと思うけど。普通普通」
「独り暮らしの為に、こんな立派な新築の一軒家を貰うような奴が普通なわけねぇだろ」



気付けばもう夜も遅い。認めたくはないが楽しいかもしれない。このままでは三人雑魚寝コースだな、と思いながらトイレから戻ると、ザビーダ先生が身支度を整えていた。

「あれ?帰るの?」
「連絡きたから会いに行く。名無、寂しい思いさせるが許してくれ」
「いや、さっさとどっか行ってほしい」

水を手渡して「ほら、酔い醒ましてさっさと女と寝に行けよ」「……逆セクハラされるとは思わなかったぜ」二人の相手に疲れて眠い。私は早く追い出そうとする。

「じゃあアイゼンの介抱頼むぜ!」
「はぁ!?連れて行ってくれるんじゃないのかよ!」

じゃ!と自宅を後にする彼を止めようとするが「行くなぁあエドナに名無!!」「うぐっ!」アイゼン先生にタックルされて一緒に倒れ込む。

「いったぁ…!もう!何だよ急に!!」
「………」
「ま、まさか」

私の腰に腕を回したまま動かない彼の様子を窺った。ね、寝ている……。

「私の下半身を抱き枕にするな!おい、先生!!」

声をかけても起きる気配がない。早く寝落ちさせようとキツそうなワインを飲ませたのが仇になったようだ。身をよじってもがっちり腰に固められた腕は動かなかった。
彼の鼻先と吐息が際どい部分を撫でる。へ、変な声が出てしまいそうだ。「う、この体勢は……なかなかヤバい」遠慮なく暴れれば抜け出せるだろう。しかし彼の意外にも可愛い寝顔を見てしまい、抵抗する気が失せてしまった。

「……今回だけだよ」

念の為に用意しておいた毛布に手を伸ばす。「うぐ、もうちょい……!」なんとか指先で毛布を手繰り寄せ、アイゼン先生にかけた。今ならバレない、そっと彼の頭を撫でてみた。
今年はありがとう。おやすみ、来年もよろしく。と呟いてから目を閉じた。


* * *


「………ん……」目を開けると景色が明るい。朝になっていた。私はソファーに横になっており体には毛布がかけられていた。あれ、おかしいなと声を出す。床に寝転がり、毛布はアイゼン先生にかけていたはずだが。

「起きたか」
「あ、先生」

キッチンからアイゼン先生が顔を覗かせた。彼の手には食器とふきんがある。それを見た私は散らかっていた部屋が綺麗になっていることに気付き、彼が後片付けをしてくれたのだと納得した。そのことに礼を言おうとするが、いち早く昨日の事を謝罪された。

「別にいいよ。昨日は暇だったし、ある意味先生が面白かったし。それよりも部屋片付けてくれてありがとう」
「それを謝ってるんじゃねぇ……!」

首を傾げると、アイゼン先生は頭を抱えた。食器を片付け私に近寄り「お前を抱きしめたまま、寝ただろ……」ボソリと、口に出した。

「ああ、そっち」
「何故振りほどかなかった……!ああいう時は殴ってでも抵抗するもんだ」

そこから始まるアイゼン先生の説教。いいか男は狼なんだぞ、とよく聞く台詞も聞かされた。

「そりゃ見ず知らずの奴やザビちゃん相手なら蹴飛ばすけど……アイゼン先生だからいいかなって。先生は変なことなんてしないだろ?」
「……………」

彼は私の言葉に目を丸くして黙る。―――え、まさか……「嘘!?もしかして変なことした!?」血の気が引いた私は確かめようとスカートに手をかけるが「してねぇ!勘違いするな!!」ガッと手首を握られ中断された。

「……お前が俺をそこまで信用してくれたことに驚いただけだ」

彼の手が離れる。少し名残惜しそうだったのは気のせいだろう。

「そりゃ信じるよ、当たり前だろ」
「……そうか」

アイゼン先生は微笑んだが、直後に顔を歪めて頭を押さえた。あれだけ飲んだのだ、二日酔いをしないはずがない。

「先生、頭痛いんじゃないの?ちょっと待ってて、薬があったような……」
「悪いな……頼む」
「朝も何か作ろうか。いい物ないけど」
「ああ、名無のまずまずな飯を食わせてくれ」
「追い出されてぇのか!」

それから昼まで二人で過ごした。突然のことで仕方ないことだが、アイゼン先生と会うならクリスマスプレゼントでも用意すればよかったなと思った。


 


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -