10月  



学園祭当日。着飾った私たちは舞台袖で立ち回りの最終確認をする。人寄せも成功し客席にはたくさんの人々が私たちを待っていた、後は全てを出しきるだけだ。

「ベルベット、エレノア、名無!儂らの奇術で客を沸き上がらせるんじゃ〜!」
「主役はお前だ、ミスるんじゃねーぞ!」
「準備はできています!」
「………あ……っ…で……ぅ………」
「大丈夫ですかベルベット!?」
「緊張しとる場合か!」
「ほら深呼吸、深呼吸!」

ベルベットがあがり症なことが判明した。体育祭はあんなに軽々と動いてたのに……私たちは必死に彼女の緊張をほぐそうと奮起した。

一時はどうなることかと思ったが、奇術ショーは大好評に終わった。一ヶ月に渡る準備が報われてよかった。
午後の部の為にチラシを持った私たちは再び客寄せに出るのだった。エレノアと別れる前に「あ、エレノア。悪いんだけど写真頼める?」自分のスマートフォンを渡す。

「いいですよ、あのポーズやってください!」

私は意気揚々とマギルゥの生み出したポーズを真似した。「マギンプイ!」シャッター音が鳴る。

「はい、可愛く撮れましたよ」
「ありがとう、エレノアが可愛い衣装作ってくれたし、父さんに見せようと思って」

私には可愛すぎるデザインだとは思うが、着れてよかった。

「ありがとうございます、作った甲斐があります」
「午後も頑張ろうな!」
「はい!」

後でみんなで写真を撮ろうと約束し、私たちはチラシを配る為に今度こそ別れた。

「―――お姉さん!午後に奇術ショー見ていかない?……あっ、そこのお兄さん!どうよ奇術!」

笑顔で配っているだけあって、いいペースでチラシが減っている。あともうひと頑張りだ。

「そこの………あ、アイゼン先生だ」
「名無」

偶然アイゼン先生を見つけた。食べ歩きしてるのか、唐揚げを頬張っている。私も後で買おう。飲み込んだ先生は、奇術ショーの感想を教えてくれた。詳しく話してくれる彼は見かけに反して真面目だよな、と感心する。

「―――以上だな。午後も頑張れよ」
「先生、見に来てくれてありがとう!」

少し待ってろと命令した先生はどこかへと行ってしまう。私はここから動かずチラシを配りながら先生を待ち続けた。

「名無、ほら。食いたいんだろ」
「唐揚げー!」

先生はこれを買う為に駆けたのか、缶ジュースも手渡してくれる。空腹だった私は礼を言って早速食べ始めた。
「あと、その、なんだ」頭を掻きながら何か言おうとしている。唐揚げを食べ終わった私は首を傾げて、彼の言葉を待った。

「その衣装、似合っている。………可愛い」

可愛い。彼の口からは出そうにない単語に驚く。アイゼン先生は照れている、これは本心から言ってくれていることがわかった私の顔に熱が集まった。「ほ……本当に?あ、りが、とう……」理由はわからないが礼の言い方がおかしくなってしまった、他の奴に誉められた時には普通に返せたのに。

「すいません、写真いいですか?」
「はーい、どうぞ!」

午前の部を見てくれたらしい人に写真を頼まれ、共にフレームの中に写る。何回目だろうか、私は手慣れた様にマギンプイのポーズできめた。「午後も見に行きます!ありがとうございます!」「ご贔屓にー!」去って行くお客様に手を振って見届けた。

「写真か……」
「アイゼン先生もどうよー?」

「マギンプイ!」決めポーズを見せた。冗談で言ったのだが、表情とポーズは上手くできてる気がする。すぐさまシャッター音が私の耳に入った。ポーズを解いた私は目を丸くする。

「撮れたぞ」アイゼン先生のスマートフォンを覗き込むと私が写っていた。画面上の私は彼の前だからか、自然に笑えていた。

「可愛いな」
「!!なぁ……!?」

また言った。今度は私を見つめて、微笑みながら。「っあ……!私、チラシ配らなきゃ!」どうしていいか、わからない私は逃げるように走り出した。

* * *

午後の部も大盛況に終わり、クラスみんなでジュースを飲みながら労い合う。一人は酒を飲んでいるが。

「……って!のんびりしてられないわ!名無!!」
「んあ?」


「………」ベルベットの制服を着た私は体育館の舞台裏で固まる。一人で出るからか、心臓の鼓動が速い。緊張してきた……。

「私の制服じゃ駄目なの……?」
「名無の改造制服は可愛さが削がれているので駄目です」

だから番長のくせに制服をいじってないベルベットの制服を着せられたのか。それだけではない、三人に与えられたリボンやフリル付きのニーハイソックスで、普段の私では考えられない格好になっている。

「歌で勝負するんだから、見た目をこんなにしなくてもさー……」
「人は見た目の印象からじゃぞ?」
「優勝したいんでしょ?嫌でも我慢なさい」

嫌ではない、似合っているかが不安なのだ。「ニーハイの長さはこれでいいでしょうか……?」「髪型ちょっといじりたいわね、アイロンない?」「そうかと思って、持ってきたぞい」奇術衣装の三人に囲まれ、最後まで着飾られた。
『綺麗な歌声でしたね、ありがとうございましたー!』司会の声が私たちの耳に入る。次は、私の番だ。

舞台袖に着いた私は生唾を飲み込む。歌を大勢の前で披露するのは初めてだ。『次はエントリーナンバー22番!名無さんです!』「ほら、頑張りなさいよ!」「え?あっ、ちょ……!」背中を押され、変な形でステージに立たされる。

「………ぅ……」

客席は暗くて人々の顔は見えない。アイゼン先生がいないことを願った、彼には伝えていないからだ。
音楽が流れ出す。舞台袖を見るとベルベットたちが手を振ってくれた。彼女たちから勇気を貰い、マイクを両手で握る。あと少しで伴奏が終わる、私は口を開いた。

私が歌い出すと、観客席から声が上がった。自信を持った私は笑顔で歌い続ける。顔が熱い、頬が赤いかもしれない。
―――楽しい、歌うことも、この学園生活も。


* * *


「よくやった!!名無!!」学園祭明けの放課後。アイゼン先生に強く頭を撫でられた。

「いででで……!……いやー、優勝できてよかったよ」

私の願いは”機械部の部費を増やしてもらう”ことだった。部員一人では部費が少ない為、アイゼン先生が自腹で部品などを買ってくれることも多い。私はそれをどうにかしたかったのだ。

「これで先生の手助けできたかな……?」
「勿論だ!」

よほど嬉しいのか、アイゼン先生のテンションが高い。今朝ザビーダ先生にも「しばらくアイゼンの機嫌いいはずだから、いたずらするなら今だせ?」と言われた。

「前から作りたいカラクリがあった、次はそれを作るぜ!名無!」
「はは……、うん!」

それからしばらくの間、テンションが高いアイゼン先生の指導が続く。それは四月当初を思わせ、私は少しだけ後悔した。


 


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