8月  



カラクリンピックは見事に予選敗退だ。一回戦負けだ。アイゼン先生がくじで対戦相手に全国クラスの学園を引いてきやがったのだ。
力を入れてなかったとはいえ、負けると悔しい。私はさらにカラクリの知識を求めて勉強するのであった。
対戦相手、アビス学園の機械部の男子と友達になったので暇な時にラインで色々と話そう。赤髪の友人いわく、彼は女嫌いらしいからラインだけの付き合いにしよう。ラインもなるべく野郎っぽく振る舞おう。

勿論、世界大会には行けなかったので、化学の単位はなしだ。進級はできるけど。


* * * * *


「ラフィ、フィー。知らない人には絶対について行っちゃ駄目よ」
「流石はリゾート地じゃ〜、遊びがいありそうじゃのう!」
「海も綺麗でした……後で記念撮影しましょうね!」
「どんな魚が釣れるだろうか!楽しみだぜ!」
「素敵な女性ばかりだ……早く声をかけてやらねぇと」

海近くのホテルのエントランス。私も荷物を下ろして目新しい場所に目を輝かせた。

「久々の海外だー」
「名無、一人で遠くに行くなよ」

先月の体育祭で旅行を勝ち取った、騒ぎの主犯のベルベット。彼女一家だけで訪れる予定だったのだがアルトリウス学園長の粋なはからいで、もう一人の主犯マギルゥと私たち共犯者も旅行券を頂いたのだ。
宿泊する部屋に荷物を置いてきた私たちは、アルトリウス学園長の号令に集結した。

「君たちはまだ未成年だ。人気のない場所に行ったり、単独行動はしないように」

その他にも注意することを、つらつら述べられる。…限界だ、欠伸が出そう……。「……ロクロウくん」「何だ?学園長」私はくあ、と欠伸してしまい注意されるかと思ったが、アルトリウス学園長はロクロウを見ていて助かった。彼は私の隣で話を聞かずに釣りの準備をしている。相変わらずマイペースな奴だ。

「私は今、大切な話をしているのだが……」
「未成年への話だろう?俺は成人済みだから問題はない!」
「………。君は進級しないつもりか?何年留年をしてると思っている」
「俺は今年で二十二歳だから……六年だな!」

当たり前のように酒を飲んでるし成人していることは知っていたが、そんなに留年しているとは……生々しい実年齢も聞きたくなかった。教員以外のみんも目を丸くしている。

「お前そんなに留年してたのかよ!」
「応!今年で六浪だ!名は体を表すというし、いいだろう」
「いいわけあるか、それに留年は浪とは数えねぇ」

アイゼン先生が浪人の意味を説明してやるが、こいつはまるで聞いていなかった。釣りの準備を終えたロクロウは近場の海に向かおうとしている。

「ロクロウくん、魚が釣れても逃がしてやるように。キャッチ・アンド・リリースだぞ」
「承知!キャッシュ・ダスト・ルルーシュだな!」
「わかっていないな?」
「何なのよ、その支離滅裂な羅列は……」
「誰だよルルーシュって……」

現金・ゴミ・ルルーシュ、どういう意味だ。釣りのことで頭が一杯なロクロウは、鼻歌混じりにホテルから出て行った……自由な奴だ。ザビーダ先生も女の人をナンパしに街へと繰り出した。
それらがきっかけとなり、私たちも自由行動をしようとはしゃぎ出す。今日は街を見て回ろうと彼女たちと約束していた、海水浴は飛行機の疲れをとった明日だ。

「儂らはショッピングじゃ〜!」
「クラスの奴らへの土産、いいのがあればいいなー」
「時間はあります、いいのを選びましょうね」

ベルベットやセリカさん、ライフィセット二人も街を見て回るそうだ。私たちはさっそく街に「名無!機械部の課外授業だ!俺についてこい!」ええ……。

「こんな南の島に機械要素なんてないっすよー!」首根っこを捕まれた私はなんとか逃げ出そうと足掻くが無意味だった。「……お土産は私たちが責任を持って選ぶので、名無はアイゼン先生に付き合ってあげてください」エレノアたちもホテルをそそくさと後にした。あいつら巻き込まれたくないから逃げたな!
……仕方ない。私は女子同士のショッピングは諦めて、アイゼン先生の課外授業とやらを受けてやることにした。意気揚々と歩くアイゼン先生についていく。

「先生ー、どこに行くんですか。つーか何を見るんですか?」
「自動車だ」
「はぁ?」

そんな物、わざわざ海外で見る必要はないだろう。何か違いでもあるのだろうか、ただの機械オタクな先生の趣味なのでは。

「ここはセレブも来る島。滅多に見られない高級車が並んでるはずだ」
「工場じゃないなら意味ないのではー?外観だけ見てもなぁ」
「何を言う!外車のあの美しいフォルム……カラクリのデザインに役立つだろうが!」

それから車の素晴らしさをペラペラ語るアイゼン先生。先生は車やバイクが好きだからなぁ。暇さえあれば愛車たちの掃除や整備をしているらしいし。
彼は黒塗りのスポーツカー(外車)を持っており、それで通勤している。部活で帰りが遅くなった時に私も乗らせてもらったが、出入りする度に頭をぶつけていた。
確かにかっこいいとは思う。しかし、ドライブスルーとか、駐車場に停める時のカードとか、不便じゃないかという考えが第一に浮かんでしまう。

「扉の開閉の動きもしっかり見ろよ、後は―――」

アイゼン先生の外車トークは止まらない。彼はかっこいいし、一緒にいると面白いとも思うが……未だに独身な理由も十分わかった。彼は多趣味なのだ、車の他にも骨董品マニアだったり、何かとこだわりを持っている。……まだ結婚は無理だな。
将来彼のお嫁さんになる人は苦労するだろうな、その人に同情した。

「つまり、高級カーショップに冷やかしに行くわけですね」
「馬鹿言うな。いい車があれば買うつもりだぞ、俺は」
「マジ!?」

高そうな車とバイクをもう持ってるのに、まだ買うつもりなのか。話を聞くとアイゼン先生は何年も前から金を溜め続けているらしい。

「じゃあ今の車は?」
「五年ほど前だったか。親友の奴が、”娘が乗り降りする度に頭をぶつけやがるからいらねぇ”……というアホな理由でよこしやがった」
「へぇー」

そういえば私も小学生時代に父親の車に乗り降りする際に頭をぶつけて、それを見かねた父親が車を買い換えたことがある。私や私の父親みたいな奴もいるんだなぁ。アイゼン先生の車に初めて乗った気がしなかったのは、昔の車と同じくらいの車高だったからか。

「昔は車を買うほどの余裕はなかった、加えて外車のスポーツカーには簡単に手を出せるものじゃない。何よりあれは昔から目をつけてた車だった。……感謝している、あいつとその娘にはな」
「よかったですね、娘さんが間抜けな奴で」
「本当にな」

何故か急にくしゃみが出た、どこかの誰かが私のことを話している気がする。アイゼン先生の友人の話を聞いていると、その人は私の父親と共通点が多かった。父さんみたいな人は結構いるもんだな。

目的地に辿り着く。自動ドアを通り、カーショップに入った途端にアイゼン先生のテンションがおかしくなった。

「見ろ名無!こいつは―――」饒舌に車の製造年や、うんちくを語り出すアイゼン先生。私は相づちを打つ。少年のように目をキラキラと輝かせて話す彼が可愛くて、つい聞いてしまうのだ。

このスピードを出す為のフォルムはいいな、そう考えていると、店員と話していたアイゼン先生が私を呼んだ。

「名無、助手席に乗れ」
「えっ、私も?」
「当たり前だろ」

アイゼン先生が気になっている車を試乗していく。やはり乗ると感想が変わるらしい、運転席に座っても店員と話し合っている。

「次は向こう側の車を試乗するか。降りるぞ」
「はーい…あだっ!」
「……傷つけるなよ、間抜け名無」

数時間経ってカーショップから出る私とアイゼン先生。「残念でしたね、いい車あったのに黒だけが売ってなくて」「性能に文句はないが……やはり色も譲れん条件だ」

こだわるものに妥協はしない、それがアイゼン先生だ。
彼の新たな愛車が見つからなかったのは残念だか、ようやくこれで買い物ができそうだ。夕食まであまり有余はないが、いくつかは回れるだろう。私は近くの売店に向かって歩き出す「よし、次はバイクだ!」「はっ…?」急に手首を捕まれ、引き止められた。

「ここに来る途中に看板が見えた。行くぞ名無!」
「うぇえー……」

引きずられて、私の目的の売店はみるみる小さくなって行った。


「―――結局、車とバイクを見て終わったんですね……」
「流石は二十代のうちに結婚できなかった独身ね」
「乙女心がわかっとらんのー」

就寝前に雑談をする。本人がいないからか鋭い物言いの三人に苦笑いした。私は買い物はできなかったが、それはそれでちゃんと楽しめたと彼女たちに伝える。

「生徒相手だからな。彼女相手にはちゃんとムードある場所に誘うんじゃね?」
「そうかしら……?」
「そうかのぅ……?」
「そうでしょうか……?」

三人は渋い顔をする、酷い奴らだな……。アイゼン先生が独身なのは、多趣味なせいで彼女をつくる時間がないだけで、女心がちんぷんかんぷんな訳ではないはずだ……多分。

明日は私が一番楽しみにしている海だ。雑談は早々に切り上げ、眠りについた。

* * *

翌日、飛び起きた私は鼻歌を歌いながら準備をしてみんなと海に躍り出た。準備体操も終えて、いつでも泳ぐことができる。

「ロクロウは今日も釣り?」
「応!昨日知り合った地元の釣り人から聞いた穴場に行こうと思ってな。大物を釣ってやるぞ!」

意気揚々と岩場の方へ歩いて行くロクロウ。釣ってもちゃんとルルーシュではなくリリースをするんだぞ。ベルベットたちはビーチバレーをするらしい。人数も足りているようだし、私は私でやりたいことがある。朝一でレンタルしたサーフボードを持ち直し、海を眺めた。

「名無、お前サーフィンできんのか?」
「うん。ザビちゃんもどう?」
「そんな格好の名無に誘われちまったら―――」

そんな格好と彼は言うが、私の水着はマギルゥのように露出の高いものではない。「健康的な色気もいいな」と呟き私を見るザビーダ先生。……いつも以上に体を、見られている気がする。サーフボードの後ろに隠れて体を隠した。

「やっぱ一人で泳ぐ」
「待て待て、女子を一人にはできねぇ。アイゼン誘えよ!あいつがいれば野郎に軟派はされねぇし……なにより面白いものが見られるぜ?」

「面白いもの?」私はビーチパラソルの下にいるアイゼン先生を見る。詳細を尋ねようとするが、ザビーダ先生は通りがかりの女性に惹かれるように話しかけに行ってしまう。アイゼン先生は荷物番をしているようだが……私は駄目元で彼を海水浴に誘うことにした。

「アイゼン先生ー!やっぱ荷物番?一緒に泳ぎませんか?」
「………」
「……?」

屈んだ私は座っている彼に声をかけたが、彼は黙ったまま返事をしてくれなかった。彼の視線がおかしい、具合でも悪いのだろうか。
やはり駄目かと一人で海に向かおうと決めた時に、アルトリウス学園長とセリカさんがビーチパラソルの元に帰ってきた。

「私たちがここにいるから、アイゼン先生は心置きなく遊んでください」
「ビーチバレーをしているベルベットたちを見てないとですから、荷物番はついでです。お気になさらずに」

こうなってしまうと、逆にここにいれば夫婦の邪魔になってしまうだろう。アイゼン先生は二人と少しの会話を交わし、会釈をして立ち上がった。私に付き合ってくれるようだ。

「サーフィンするのか?」
「んー……まずはちょっと海を泳ぎたいです。サーフィン好きだけど普通に泳ぐのも好きなんですよね」

サーフボードをビーチパラソルの近くに置いて、セリカさんたちに預かってもらう。

「なら一緒に遠泳記録を更新するか」
「ちょっとって言ったんですけど」

それに言葉と持ち物が合ってない、彼はいつの間にか黄色いペンギンらしきデザインのフロートを持っていた。えっ、この可愛いの、アイゼン先生のだったの……。彼は海にザブザブと入り、フロートに跨がった。

「まずは肩慣らしだ!あの岩場を沿った先の小島まで泳ぐぞ!」
「………」

スポーツできそうな水着姿にフロート、確かに面白い絵面だ。「い、いいですよ……!」笑いをこらえながら私も海に入った。あのくらいの距離なら大丈夫だろう。私とアイゼン先生は泳ぎだす。
泳ぐ距離を伸ばすほどに、徐々に人が少なくなり、岩場に差し掛かる頃には私とアイゼン先生だけだ。順調だ、すぐに着くなと思った瞬間に、前を泳いでいたアイゼン先生がフロートから落下した。

「ぐああーーーっ!!」
「先生ーーーっ!!」

突然フロートが空に飛んで行った。何故そんな不思議なことが!?「うおおっ!黄色いペンギンが釣れたーっ!!」……なるほど、飛んで行ったのではなく釣り糸に引かれたのか。そうか、ロクロウが聞いた穴場はここだったんだな。

「あれ……?アイゼン先生?」

崖の上に立つロクロウを見上げていた私は、先生が消えたことに気付く。「あ!!まさか!!」慌てて海に潜った。

「―――っ、ぜぇっ…、…はぁ……は………」沈んでいたアイゼン先生を引き上げた。「だ、大丈夫ですか?」危うく死人が出るところだった。潔く沈んで行くな、足掻いて水飛沫くらいは上げてくれ。

「ロクロウの奴め……後で覚えてろよ………」
「フロート、駄目になってるでしょうね」

釣り針が食い込んでいたし、今頃は可哀想な姿になってるだろう。崖の上を見上げるが、ロクロウはいなかった。私たちの誰かの所有物が流されたと判断し、届けに戻ってくれたんだろうな。ロクロウ視点だと私たちは岩場の影になって見えなかったはずだし。

「いやー……先生、見事なカナヅチっぷりでしたね」
「うるせぇ」

アイゼン先生は昔からどうしても水に浮けないので練習しようがない、と悔しそうに話す。そんな馬鹿な。

「いやいや人間なら浮けるはずなんですけど」
「ウケる話ではあるが、事実だ」
「ふっ……!おもしろいこと言っても駄目です」

ウケた私は確認しようと海に入り、彼を導こうとする。「ちょっと見せてくださいよ、もしかしたら教える人が悪かったのかも」「………」渋々、海に入って来るアイゼン先生。もう少しで足がつかなくなるが………

「「………」」

底に仁王立ちする形となり、浮かなかった。立ち泳ぎしている私がおかしいのか、と錯覚するほどにアイゼン先生は浮く様子がなかったのだ。髪だけ揺らめいている。彼の息が続かなくなる前に、浅瀬に連れて行った。

「信じたか?」
「先生人間ですよね?」

機械オタクが悪い方に進行して、自分の体を改造してないだろうか。彼の体をぺたぺた触ってみる。確かに固いが、これは筋肉の固さだ。

「んー……おかしいなぁー………」
「名無!さ、触るな、やめろ!」

念の為に胸板に耳を当て、心臓の音もするか確認した。先程死にかかったせいからか、鼓動が速い。「体を機械に改造してるわけじゃないか」「当たり前だろう!」私の肩を掴んで引き剥がしたアイゼン先生は、何故か焦っていた。

「よし!私が先生を泳げるようにします!」
「お前が?」
「はい、今度は私が教える番です!先生にはいつも教わってばかりだから」

これが恩返しになればいいなと思う。そのことを伝えると、目を丸くしていたアイゼン先生は「よろしく頼む、名無先生」優しく微笑んだ。彼に先生と呼ばれるとむず痒いが、私は元気よく返事をした。

「じゃあまずは私の手を握ってください。それで―――」
「名無、俺に敬語は使わなくていい」

「え……?」突然どうしたんだ、今度は私が目を丸くする番でもあった。

「ザビーダの奴にはタメ口で、顧問の俺には敬語な理由がわからん」
「あれは馴れ馴れしいザビちゃんにやり返した結果だから……」
「それなら俺にも馴れ馴れしくしろ」
「えぇ……」

尊敬の意を込めての敬語なのだが、アイゼン先生は気に入らないようだ。
よく考えればベルベットたちも敬語を使ってなかったし、頑固な彼は譲る気がないらしい。それなら私もやめようか。

「え…と、アイゼン先生、私の両手を握って。そのまま、徐々に深いとこに進んで行こう」
「ああ」

ぎゅっと握るアイゼン先生。人気のない岩場に二人きりで手を繋ぐ……泳ぎを教えることとはいえ、この状況に顔が熱くなった。
まぁ、その顔はすぐさま青ざめることになるのだが。


* * *


「数日頑張ったけど、アイゼン先生は泳げないままかー」
「泳ぐことはできるから問題はない、フロートさえあればな」
「新調しないとな……」

結局あれは釣り針に穴を空けられお陀仏だ。ロクロウは私の持ち物だと思っていたようで、アイゼン先生の物と知った時は驚いていた。だよなー。
帰りの飛行機で、隣に座るアイゼン先生と話し込む。そういえば、海外でも彼より目付きの悪い奴は見つからなかったな、世界クラスかよ。

「うーん……次までには何かいい方法を……」私は彼に泳ぎを習得させることができずに悔やんだ。

「お前、諦めてないのか?」
「勿論、私の指導は終わってないからな!」
「……そうだな。次に海水浴に行く機会があれば、また指導を頼むか」
「任せとけー!」


 


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